もくじ
第1回入りづらい台所 2017-05-16-Tue
第2回にんじんのグラッセ 2017-05-16-Tue
第3回ポテトドフィーヌ 2017-05-16-Tue
第4回ハンバーグ 2017-05-16-Tue
第5回母の情熱 2017-05-16-Tue

食品メーカーを経て出版社勤務。繰り返し観てしまう映画は「四月物語」と「グッドウィルハンティング」。最近観て好きだったのは「オーバー・フェンス」と「ラ・ラ・ランド」。

料理をめぐる</br>娘の挑戦、母の情熱

担当・はまお

第5回 母の情熱

3品ができあがり、全部をひと皿に盛り付けてみました。

‥‥できたけれど、うーん、なんかおさまりが悪いような。
こんな時こそ母の出番だ!

盛り付け、やってみてー。
あ、お弁当箱に入れるっていうのはどうかな?
ええー?

長年つくってもらったお弁当ですが、
大人になってからはなかなか食べる機会がないもの。
われながらいいアイディアではないでしょうか?

すると、お弁当箱を出してきて、母は考えはじめます。

ごはんはどうする?

娘は、ふつうにごはんを入れてふりかけでもかければ、
と思っていたのですが‥‥。

ここで母のスイッチが入りました。

市松模様ののり弁、する?
おお!

学生当時のお弁当でも時々してくれたのり弁。
のりを小さめの正方形に切って、ごはんの上に。
かつおぶしを醤油に浸したものをのりと互い違いに。
見た目もきれいなのり弁です。

空豆も入れていいかな。
いいんじゃない‥‥?
山椒も‥‥
(寝転がって本を読んでいた父をつかまえて、)
ねえ、ベランダから山椒取ってきて!
(このお弁当、どこまでいくのだ‥‥?)

父も動員して、お弁当にいろどりが加わります。

(箸で木の芽の位置を調整しながら)
どう? ここでいいかな?
うーん、いいんじゃない?(わからない)
ううん、だめだ。なんか変。
わかった!
山椒の葉っぱをもうちょっと小さくしたらいいんだ。
お、おお‥‥

さっきまで掛けていなかった眼鏡も掛けて、
盛り付け用に細いお箸に持ち替えて、
急に、ぎらぎら、‥‥いや、きらきらしはじめた母。
そんな自分に気づいて、母も笑い出しました。

やっぱり、好きなのかも、こういうのが。
うん。そうみたいだね‥‥!

こだわりだしたら止まらない。
期待される以上に時間をかけて
真剣に、熱く、お弁当をつくっている母。

どうして母の料理が美味しいのか、
見た目もきれいなのか、
そして、
どうしてわたしはちょっぴり実家の台所に居づらいのか。

なんだかわかったような気がしました。

ひと手間のこだわり。
丁寧さ。
好きな気持ち。

料理であれ、ほかのなんであれ、
そのパワーってすごい。
続けているとそれは目に見える違いになるんだな。
そんなことを思っているうちに、
特製弁当、完成です!

このあと、父・母・私で
つくった3品を試食しました。
にんじんのグラッセとポテトドフィーヌは大成功。
ハンバーグはお肉がちょっと固かったかな。
焼き方かなあ、練り方かなあ、
お肉自体の問題かなあ‥‥
と反省会をしつつも、完食!

当初イメージしていた
「ひとりでつくって料理をふるまう」
とはちょっと違ってしまった気がするけれど、
いままで聞いたことのなかった母の話を聞けました。
なにより、
前からわかってはいたけれど、
料理に気合いスイッチが入った母のすごさを
目の当たりにしたこと。
この企画をやってみてよかったなあと思います。

一度料理ができたからといって、
これから実家でわたしもばんばん料理をするようになる、
かどうかは何とも言えませんが。
ちょっと大げさにいえば、
「生きていくうえで大切な指針」を
得られたような気がしています。

わたしが好きな料理はだいたい茶色いのですが、
そういう料理には
かならずなにかいろどりの緑を添えるとか。

買ってきたパックのままでは絶対食卓に出さないとか。
(納豆をパックのまま置くことはわが家では許されません!)

その美意識は、きっと食卓に限ったことではなく、
「自分のありたい姿」とつながっているのだと思います。

そういうちょっとした美意識を持つことで
大きな差がつくのだということを、
思えばずっと母から学んできました。

もうすっかり大人になって
独り立ちしたつもりになっているいま、
あらためてそのことに気づけてよかった、と
しみじみと思いました。

(おわります。読んでいただきありがとうございました。)