もくじ
第1回入りづらい台所 2017-05-16-Tue
第2回にんじんのグラッセ 2017-05-16-Tue
第3回ポテトドフィーヌ 2017-05-16-Tue
第4回ハンバーグ 2017-05-16-Tue
第5回母の情熱 2017-05-16-Tue

食品メーカーを経て出版社勤務。繰り返し観てしまう映画は「四月物語」と「グッドウィルハンティング」。最近観て好きだったのは「オーバー・フェンス」と「ラ・ラ・ランド」。

料理をめぐる</br>娘の挑戦、母の情熱

担当・はまお

第2回 にんじんのグラッセ

材料
にんじん、バター、塩、こしょう、砂糖

1品目は、にんじんのグラッセ。
まず、にんじんを輪切りにします。
火の通りを考えて、5ミリ幅ぐらい。
つけあわせのにんじんといえば、
少し細長くて大きく面取りをしてある
「シャトー切り」が有名ですが、
うちでは輪切りが定番。
にんじんを切るわたしの横で、母が見ています。

うわあ、かわいくできてるね。
え、そう!? いつものと違う?
(褒めて育てようとしている‥‥?)
うん、切り方にはそれぞれの個性が出ると思う。
パパが切る時もわたしと全然違って、
なんていうか繊細なんだよね。
へえー。再現しようとしても違ってくるんだ、不思議。
親子でも似ないってことは遺伝というわけでもないか‥‥。
前に考えてみたことがあるんだけど、
字を書く時の個性とかに近いのかなって思う。
ああっ、なるほど。そんなこと考えたこともなかった。
そもそもにんじんのグラッセって、かわいいよね。
かわいい? 形が?
うん。シャトー切りもそうだけど、
面取りしてあるこの形が。
だから手間だけど必ず面取りはするんだー。
たしかに、大根の煮物もいつも面取りしてるよね‥‥。
かぼちゃもちょっと皮をむいて中の黄色を見せるとかね。
こだわりだねえ。
洋服もそうじゃない? シンプルな服でも
ちょっと手仕事みたいなひと手間かかってるところがあると
素敵に見える。

お湯に塩と砂糖を少し入れて、切ったにんじんを茹でます。
にんじんそのものの甘みを生かしたいので、
お砂糖はほんの気持ちだけ。

にんじんは、その時々で、
すぐに柔らかくなったり、いつまでも硬かったり、
ばらつきのある野菜です。
思った以上に時間がかかることもあるので、
ほかのメニューより先に、前もって茹でておくのがいいよ、
と母からアドバイスをもらいました。

竹串を刺したりして様子を見て、
柔らかくなったら、お湯を捨てて、味付け。
まず、バターを全体にからめます。
わたしは、ただ鍋をゆすったり、
ヘラで大まかに混ぜればよいと思っていたのですが
母のチェックが入りました。

ここ、大事だよ!
1枚1枚にバターが行き渡るようにしてね。

母は、何枚かが積み重なっていたり
くっついていたりするにんじんを、
お箸で丁寧にはがして分けて、
それぞれの表面がしっかり
バターでコーティングされるようにしていきます。

ひええ。そんな細かいことするんだ‥‥知らなかった。

バターがまんべんなく行き渡ったら、
塩・こしょうで味を調えます。
少し味が薄いかな、甘みが足りないかな、
と思っても、冷めると少し味は変わるので
それをなんとなく想像しながら味を決めて、完成。

にんじんのグラッセ
 
かなり大人になるまで、
わたしはほとんどの野菜を食べることができませんでした。
まったく食べたいと思わないし、
食べると気持ち悪くなってしまうほどなので
他に食べるものがないとしても、
頑として食べませんでした。

母は、そんなわたしのために
手間をかけて細かく刻んで
入っているのが気にならないようにしたり、
少しでも野菜を食べられるように
いろいろな工夫をしてくれました。

野菜嫌いの子どもは肩身が狭いものですが、
その親である母も、
「家で甘やかしているから、わがままで、
偏食が直らないんだろう」とか、
母の努力を知らない他人から言われて
つらい思いをすることも多かったと思います。
(その原因のわたしが言うのもおかしいですが‥‥)

食べないとわかっていても、しつこく野菜のおかずを出され、
食べるように厳しく言われることも時にはありましたが、
偏食を直すことを無理強いされず
それよりも、
食卓を楽しい場とすることを大切に考えてくれた両親に
感謝しています。

そんなわたしにも、20歳を過ぎたころになって
急に野菜を食べたいという気持ちが自然に出てきて
なんとそれからは食べられるようになりました。
いまでは好きな野菜もたくさんあり、
自分で野菜を買って料理もしますが、
両親の前でサラダをむしゃむしゃ食べていると
いまだに「野菜食べてる‥‥!」
と感動されるほど、本当に以前は食べられませんでした。

そんなわたしが、子どものころから
唯一食べられた野菜らしい野菜の料理が
にんじんのグラッセ。
グラッセならば、にんじんまるまる1本分だって
余裕で食べられます。

栄養を摂れる、
お弁当のいろどりになる、
わたしにだって食べられる野菜があるんだというよりどころ、
‥‥いろいろな意味で、にんじんのグラッセは
思い出深く、特別なメニューです。

(つづきます。)

第3回 ポテトドフィーヌ