もくじ
第1回行き場のない想いを抱え、直島へ 2017-05-16-Tue
第2回お願いだから、もう一度 2017-05-16-Tue
第3回遠く離れた土地で、いい湯だな、を感じる 2017-05-16-Tue
第4回もう、どこでも大丈夫、という気持ち 2017-05-16-Tue
第5回余談。まだまだ、愛にはほど遠い 2017-05-16-Tue

ライターと編集をしています。Twitterは、@osono__na7。

初恋の猫を探しに

初恋の猫を探しに

担当・園田菜々

第4回 もう、どこでも大丈夫、という気持ち

「猫は見つかった?」

宿に鍵を返すとき、
オーナーはさりげなく聞いてくれた。

島に来てから何人ものひとに
「猫を探してるんですけど」と聞いたけど、
私のことを笑うひとは誰もいなかった。
むしろ、私以上に真剣に考えてくれているのではないか、
と思えるほどだった。

最初は、会いたい気持ちはありつつも、
心のどこかで「まともに取り合ってくれるひとはいないだろうな」と思っていた。
でも、実は思っていたより大げさなことじゃなかったらしい。
もしかすると、誰しもちょっと、
そういう忘れられない存在を探そうとしたことがあるのかもしれない。

玄関まで見送りに来てくれたオーナーに、
ずっと少し気になっていたことを聞いてみた。
「そもそも、前よりも猫を見かけなくなったような気がします」

オーナーは、
あー、そうね、と頷きながら答えてくれた。
「増えすぎてしまったせいで、
駆除されてしまうこともあるんですよ。
前よりも少なくなってしまっているかもしれませんね」

なんと返せばいいのかわからず、
そっか、仕方ないですね、
みたいな適当な返事しかできずに宿を出た。

初恋相手に想いを馳せていた瞬間、
初恋相手を探そうとした自分、
初恋相手を探していた時間、
そういうものを否定する気はないけど、
本当はもっと、目をかっぴらいて、
視野を広くして、見なければならないものが、
この世界にはたくさんあるのかもしれない。

なんとも言えない気分のままバスに揺られ
山道を下っていった。

けっきょく猫は見つからなかった。

帰る間際、
これが最後だ、とギャラリーのお向かいさんのお宅に行き、
インターホンを鳴らしたが、
ピンポーンという音が虚しく響いただけだった。

こうやって島に来てまで、何を得たのだろうか。
結局、猫には会えずじまいである。

でも、どこかで満たされていたのも事実である。

猫を探すために島を歩き回りながら、
ああ、東京から遠く離れたところにもひとは住んでいるのだ、
と至極当然なことに気づく瞬間がなんどもあった。

当たり前なんだけど、
頭ではわかっているのだけど、
こうやって島について、
家が何棟も建っていて、
商いをするひとたちがいて、
かけまわって遊ぶ子どもたちがいて、
我が物顔で歩く野良猫たちがいる。

過去の思い出として美化されていた直島の姿は、
実際に来てみると、
いつも見ている風景とさして変わりなく、
ずっと、日常の延長線上にあった。

遠くにいる猫に恋い焦がれている自分、は、
実は単なる思い込みの幻想だったのかもしれない。

どこに行っても、
ひとが入れてくれたコーヒーにホッとする感じとか、
親身になってくれるひとが現れたときの喜びとか、
湯船に浸かったときの気持ちよさとか、
そういう、地味だけど優しい感情をもっていられるなら、
私はこの延長線上で、
いつでも愛する相手に巡り会えるような気がする。

恋はひとを盲目にする、とはよく言ったものだ。
「あの猫じゃなきゃダメだ」という視野の狭い気持ちは、もはやない。
たぶんあの猫に出会ったときのような喜びを、東京でも探せる。
東京で知ってる喜びを、島で味わうことができたわけだから。

帰りのフェリーを待つまでの間、
売店でソフトクリームを買って食べた。
日が照る中、汗をかきながら食べる、ひんやりとしたソフトクリーム。
それは、今日も変わらず美味しい。

第5回 余談。まだまだ、愛にはほど遠い