もくじ
第1回行き場のない想いを抱え、直島へ 2017-05-16-Tue
第2回お願いだから、もう一度 2017-05-16-Tue
第3回遠く離れた土地で、いい湯だな、を感じる 2017-05-16-Tue
第4回もう、どこでも大丈夫、という気持ち 2017-05-16-Tue
第5回余談。まだまだ、愛にはほど遠い 2017-05-16-Tue

ライターと編集をしています。Twitterは、@osono__na7。

初恋の猫を探しに

初恋の猫を探しに

担当・園田菜々

どうやら、ひとは、
「初恋相手」とか「初めての恋人」とか、
過去に想った相手、というのに弱いらしい。

今の恋人をさしおいて、
うっとりと昔の恋人の話をするひとがいる。

昔好きになったひとが忘れられないから、と言って
いつまでも次の相手を見つけられないひとがいる。

ちなみに、私にもそういう、
引きずってしまう初恋相手がいる。

その初恋相手とは、猫である。

2年前、直島で出会った猫である。

第1回 行き場のない想いを抱え、直島へ

新横浜駅から新幹線に乗る。
席について、ほどなくして走り出す。

この度、私は、初恋相手を探しに直島に行くことにした。
初恋相手とは、2年前に出会った猫である。
触れ合ったのはたかだか数時間程度。
しかし、以来、私にとって猫とは、
あの猫、と、その他大勢の猫、に分別されるようになってしまった。

忘れもしない、2014年12月29日。
社会人になって1年目。
私は岡山駅でひとり、呆然と立ち尽くしていた。

親譲りではないが、無鉄砲で、
子供の頃から損ばかりしている。
一人旅は好きだが、いつも無計画だ。
旅行の主目的であった、
大原美術館を始めとするアート関連の施設が、
全て年末年始の休業に入っていたことを知ったのは、
意気揚々と乗り込んだ行きの新幹線の中でのことであった。

社会人1年目、
慣れない仕事に疲れていた。
せっかくひとり、アートに触れて癒される時間を過ごそうと思ったのに!

泣きたくなりながらも、
せっかく来たのだから、と、
宇野港からフェリーに乗り、
予定に入れていた直島へと向かった。

そこで、あの猫と出会った。

名物の讃岐うどんを食べ、
島の中を散策し、
主だった観光施設は休業だったものの、
まあまあ楽しんだ。
さて、帰ろう、としたとき、
一匹の猫と目が合った。

ずいぶんと毛並みのいい、気高そうな猫である。
遠くから写真を撮ったあと、そろりそろりと近づく。
猫は逃げるそぶりを見せなかった。

それどころか、とうとう私が隣に座っても逃げない。
調子に乗った私は、おそるおそる手を伸ばし、頭を撫でた。

嫌がらない、どころか、ちょっと気持ちよさそうだ。

そろそろ嫌がるかな……と手を離そうとした。
そうしたら、あろうことか、猫は私の手に頭をすりつけてくるではないか。

……完全に好かれていると思った。

途端にその猫が特別に愛しく感じられた。

だって、今までそんなふうに猫に優しくされたことがなかったのだ。
ずっと私のそばにいてくれて、
時折「こっちを見ろ」と言わんばかりに前足を私の腕にかける。

そろそろフェリーが出発する時間である。
立ち上がり、フェリー乗り場に向かう最中、
ふと後ろをみると、なんとあの猫が後ろについてきているではないか。

降参である。

お腹が空いていたし、
このフェリーを逃せばまた1時間待たなければならず、
ホテルに着くのも遅くなってしまう。
でも、もう、どうでもいい。

フェリー乗り場にお尻を向けてUターン、
近寄ると、猫はお腹を見せて転がった。

可能な限り、この幸せな時間を堪能しよう。

あの猫を知って以来、
わたしの猫を見る目はすっかり変わってしまった。

東京に戻ってきても、

街中で猫に寄っては逃げられるたび、
「あの子は私にあんなに優しくしてくれたのに」と憤り、

猫カフェで寝ている猫をさすっていても、
「けっきょくお金を払わないと触れもできない……」と虚しくなり、

ひとが飼い猫の写真をSNSにアップしているのを見ても、
「でもあんなにキュートな猫はあの子しかいなかった!」と手に顔をすりつけられた場面を思い出すのであった。

今までこれほどまでに、片時も忘れなかった猫があろうか。

思い出は色あせるどころか、
ほかの猫とうまくいかない経験を重ねるたびに、
ますます輝きをおびているように感じた。

もう一度あの猫に会いたい。
会ってどうするかはわからない。
この行き場のない想いをどうにかしたい。
ただ、それだけだ。

名前も知らない猫に会いに行く。
というより、見つかるかどうかもわからない。

気がつくともう京都駅に着いていて、
空席だった隣にもひとが座っていた。
到着まで、あと少しだ。

第2回 お願いだから、もう一度