- 糸井
- 「業界のために」という言い方って、
何歳になろうが、
大手にいようが中小にいようが、
みんなものすごくするんですけど、
それは、その方が楽だから
という気持ちが混ざるんですよね。 - 古賀
- はい。
- 糸井
-
エゴだって言い切るつもりもないんだけど、
人は誰でもじぶんの居やすい状況を
作りたいんですよ。
だから売れてないけど
業界のためにと声高に言うのは、
実は本人もわかんなくなっちゃう
ことだと思うんです。コピーライターという職業があって、
だれかが「それはすごいもんだぞ」
と言ってくれるなら
僕も相乗りして言ってたんだけど、
あれは、何だろうな、ほんとかなっていう。
嘘をついたつもりもないけど、
極端に追求すると、ほんとかなと思ってますね。

- 古賀
- それは、今振り返ってそう思うと。
- 糸井
- 振り返ってです。
だからわかんないです、ずっと。
業界のために一生懸命やってくれる人がいるのも
ありがたいことだと思いますし。
だけど、
その業界に新しい人が入ってくるのは、
考えてみればライバルを
作ってるようなものですからね。
「将来有望な若手の芽は早めに摘んでおく」
とか、お笑いの人は言うじゃないですか。 - 古賀
- はいはい、言いますね。
- 糸井
- あの方がちょっと本気な気がして。
例えば、プレイヤーとして、
「お笑い業界に、若くていい人が
ドンドン入って来たらいいですね」
と言うとするじゃないですか。
そこで三日三晩ひとりで、
ホントにホントか?って自問自答したら、
ちょっと混ざりものがある気がするんですよ(笑)
古賀さんはその辺、どうですか? - 古賀
- 僕は、そうだな、やっぱり、
つい業界のためにみたいなことを言っちゃうし、
考えるんですよね。
例えば10年前、20年前に自分が新人だった頃は、
格好いい先輩達がいたなって。
いま自分も含めて同世代が
それになれてるのだろうか、
今残ってる50、60代の中に、
かっこいい人達がいるかなと考えると、
やっぱり昔の方が
かっこよく見えるんですよ。 - 糸井
- そうですね。
- 古賀
- いま、若くて優秀な人にとって、
たぶん端的に言って、
出版業界よりもネット業界の方が
キラキラして見えるはずで。
だから多少のキラキラというか、
何て言うんですかね、
サッカー選手が白いスーツを着たりとか、
ポルシェで成田にやって来ましたとか、
羽振りのよさみたいなのは必要かなと思うんです。

- 糸井
- 最近、ネット業界の人たちが
華やかに見えるって言うけど、
ああいう人は痙攣的に
楽しいんじゃないですかね?
ピリピリするような。
追い抜く方法を自分でわかっていながら、
追い抜かれるのを待つみたいなわけじゃない。 - 古賀
- そうですね、うんうん。
- 糸井
- 僕がコピーライターやってる時にも、
それの浅いやつはありました。
あいつがこのぐらいのところを出してくるんだったら、
俺はそれよりずっと飛んじゃいたいなとか。
でも今って、僕の時代が月単位で動いてたとしたら、
週単位さえ超えて、時間単位ですよね。
その環境で、
俺は裏の裏まで読んでるんだぞって
ピリピリしながらやってるのは、
何も育たない気がする(笑)。 - 古賀
- (笑)
先日糸井さんが3年後の話というのを
書かれてたじゃないですか。 - 糸井
- あれビリビリくるでしょ。
俺に来たの(笑)。 - 古賀
- (笑)。
ほんと、その3年後という時間軸を
どう設定できるかはすごく大事で。
見えもしない10年後20年後を語りたがる人って…。 - 糸井
- まずそれは嫌だね。
- 古賀
- そこで満足してる人達というのは、
結構たくさんいて。
若い人達にも、ある程度年配の人達にも。
僕はどちらかというと、
ほんとに今日明日しかない、
だって先のことはわからないじゃん
という立場だったんです。
でも、そこで考えに考えたら、
3年先にこっちに向かってるとか、
あっちに向かってるとかの、
大きなハンドルは切れるんだっていう
糸井さんの話は、
結構ビリビリきました(笑)。 - 糸井
- それを僕は今の年でわかったわけです(笑)。
- 古賀
- ああ(笑)。
- 糸井
- 古賀さんの年でも、
わかる人はいるかも知れない。
だけど、
そんな簡単にその考えになりたくない
みたいなところがあって、
たぶん抵抗するんですよね。 - 古賀
- うんうん、そうですね。

- 糸井
- 例えばの話、大きな災害があった後、
明日何が起こるかわからないのだから、
今日というのを充実させたいという気持ちは、
立派な考え方だと思うんですよ。
そこにしっかりと重心を置いて、
3年後はわからないから、今をやり残すことなく、
1日中精一杯ちゃんと生きようというのは
説得力あるんです。 - 古賀
- そうですね。
- 糸井
- たぶん僕も、
本当にそう思えたんじゃないかな、一旦。
で、それを繰り返していったら、
「どうしましょう?」
と聞かれることが多くなるじゃないですか。
「俺もわかんないけど…」っていうのを
ずっと言ってきたけど、
3年前からしたら、
今日ぐらいのところはわかってたなと
思うようになったんですよ。 - 古賀
- それは震災後、
気仙沼と関わるようになったことは
関係してますか。 - 糸井
-
震災は大きいですね。大きいです。
「君達がこのままじゃダメだろう」
なんて言ったとしたら、
「お前はどうしてるの」
といつも聞かれるわけだし。僕、ずっと思ってることがひとつあって。
みんなが優しくしてくれる時に、
素直にその行為を受け取れるかどうかなんですよ。
だから早い段階で、
「震災にあった人達と友達になりたい」
と言いました。
友達が何か言ってくれたんだったら、
素直に聞けるじゃないですか。(つづきます)