葦船の上の地球史観。冒険家・石川仁さんの考えていること 葦船の上の地球史観。冒険家・石川仁さんの考えていること
水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。

風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。

全11回の、長い連載。

担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
第6回 葦船の上の地球史観。
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──
葦船の航海には、
何回くらい出てらっしゃるんですか。
ジン
これまでに、5回かな。
1万3000キロくらい走ってます。



大西洋・太平洋横断に挑戦したのは、
それぞれ1回ずつで、
どっちも途中で終わっちゃったけど。
──
太平洋横断‥‥って、距離にすると。
ジン
1万2000キロ。
──
そんなに。
ジン
だから、なかなか難しいんだよね。



葦船で太平洋を横断できた人って、
まだ、ひとりもいないんで。
──
葦船の耐久性って、
そんなにも長距離、もつんですか。
ジン
うーん、どうかなあ。わかんない。
誰もやったことないから。
──
まさしく「挑戦」なんですね。
ジン
そう。
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──
次は、なぜハワイを目指そうと。
ジン
アメリカ西海岸からハワイまで、
その距離なら、
葦船で行けるって思ったことと、
もうひとつは、
文化人類学的に言うと、
両者間に民族移動はなかったと
されているんです。
──
へえ。
ジン
古代の航海技術では、
そこまでの距離は難しいだろうと。



なので、ぼくらが成功したら、
新たな可能性につながりますよね。
──
ようするに、石川さんは、
アメリカ西海岸とハワイとの間には、
人の移動があったかも、と。
ジン
南山大学の人類学者の後藤明先生と、
先日、話をしたんだけど、
アメリカ西海岸の先住民の言葉と
ハワイの言葉が同じだったり、
釣り針の形状がそっくりだったり、
植物や昆虫の生物学的なDNAが
一致していたり、
つまり、考古学の分野でも、
移動の可能性があるんじゃないかと、
言われはじめているんです。
──
なるほど。
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ジン
仮に、船に人間が乗っていなくても、
葦船だけが‥‥つまり、
生態系だけが移動したかもしれない。
──
ああ、なるほど。西海岸を出た
葦船という「生命のカプセル」が、
ハワイに逢着しさえすればいい。
ジン
ロサンゼルスの北にある
サンタバーバラから南へ50キロ、
チャネルアイランズという
4つか5つくらいの島があります。



で、いまから1万年くらい前には、
その島々の間を、人々が
行ったり来たりしていたらしくて。
──
ええ。
ジン
葦船の文化を持ち、
人の移動の痕跡もあったとすれば、
そのなかの船のひとつが、
何かの拍子に
ぴよーんと流れて行っちゃって、
ハワイにたどり着いた‥‥
みたいなこともあると思うんです。
──
たんぽぽの綿毛みたいに。
ジン
ものすごーく低い確率かもしれない。



でも、そんなことがあったとすれば、
つまり、葦船に載った種や生命が、
人間より先にハワイに着いていたら。
──
考えると、ワクワクしますね。
ジン
人類がハワイに到達したのは
1000年、1500年ほど前だと
言われているんですけど、
それより前に
葦船が着いていた可能性だって、
あるんじゃないかなあ。
──
火星に送られる無人調査船みたい。
ジン
そういうふうに考えていくと、
葦船って、
人間が地球の生態系を整えることに
一役買っていた、
そういう時代の船なんじゃないかと。



それから何万年も経った今になって、
ぼくの目の前に、葦船のバトンが
まわって来たという気がしています。
──
葦船の上から見る地球史、みたいな。
ジン
だから、これから先のぼくたちも、
せっかく発達させてきた
現代的なテクノロジーを、
人間のためだけに使うのではなく、
地球の環境を整えたり、
地球自身のためにつかうというね、
そういう発想をしたらどうかなと。
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──
これまで人間のつくり出した技術は、
当たり前のように、
人間のためだけにつかってきたけど。
ジン
そのことに限界が来てるってことを、
みんな、わかりはじめてるよね。



これも葦船から学んだことだけど、
今後は、地球の生態系を整えたり、
地球のバランスを保つために、
人間のテクノロジーを
活用していけたらいいなあと思う。
──
なるほど。
ジン
そういう姿勢が大切じゃないかって、
思っているんです。
──
ようするに、
テクノロジーを否定するのでもなく。
ジン
そうですね。



たとえば、森を整えるためには、
森がどうなりたいのか、
森にちゃんと聞くっていうかな。
──
そのために、
テクノロジーにできることって、
いろいろありそうですね。
ジン
また、妖精おじさんみたいなことを、
言っちゃってますけど(笑)。
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──
いや、でも、わかります。
自然とやり取りするってことですね。
ジン
そう、葦船という航海術自体が、
人間と船とが
コミュニケーションをとって進む、
そんなものだったんじゃないかと、
思ったりもするんで。
──
自然の声に耳を傾けて進む船、
という感じが、すごくしますもんね。
ジン
こういう話、急に大人に言っても
「はあ?」って感じだけど、
子どもたちには、通じるんですよ。



その世界に生きてるから。
──
ええ、ええ。そうですよね。
ジン
保育園や幼稚園の子どもたちに、
「お花としゃべったりするでしょう」
って聞くと
「うん、しゃべるよ」なんて言う。
──
絵本や物語の世界に生きてますしね。



先日、絵本作家の人が
おっしゃっていたことなんですけど、
ご自身が畑をはじめて
15年くらい経ったら、
自然や野菜とコミュニケーションが、
取れるようになった、と。
ジン
うん。
──
それでようやく、
野菜の絵が描けるようになったって。
ジン
なるほど。
──
ぼくら人間って、もともとは
自然といっしょに生きていたわけで、
だけど、
現代の人間はその感覚を忘れている。



でも、ただ「忘れている」だけで、
ぼくも、本当は、
自然とやり取りできると思うほうが、
本当のような気がするんです。
ジン
おっしゃるとおり。ぼくもそう思う。



いろんな先住民の人と接していると、
森としゃべることだとか、
動物とコミュニケーションすること、
それって、
あたりまえの教育のひとつだもんね。
──
そのあたり、人類が発達させてきた
テクノロジーのつかいどこだと。
ジン
そうね、捨てるというのも変だしね。



だから、何が足りないかっていうと、
やっぱり「太古の感覚」だと思う。
──
地球の声を聞く、感覚。
ジン
自分たちはどうしたい‥‥じゃなくって、
「みんなはどう思う?」って
生き物たちとコミュニケーションをとる。



そんな未来を、イメージしているんです。
──
葦船の上で。
ジン
うん。
写真
<つづきます>
2020-01-27-MON