葦船の上の地球史観。冒険家・石川仁さんの考えていること 葦船の上の地球史観。冒険家・石川仁さんの考えていること
水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。

風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。

全11回の、長い連載。

担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
第5回 船が海で半分に割れて漂流。
写真
──
食べるものには困らなくて、
波に対しても柔軟で、
どっしりと安定した船だってことは、
わかったんですけど、
それでも、
何の動力も持たない草の船ですよね。



少しずつ沈んでいくことでもあるし、
怖さって、ないんですか。
ジン
んーー、あるとすれば、
船から落ちてケガをしちゃうだとか、
病気だとか、かな。



ま、船が壊れる可能性はあるけどね。
──
壊れる。
ジン
葦の束って、
ロープでグルグル巻きにしてるけど、
水を吸うと
どんどん束が膨張していくんです。



すると、あるときに限界値を超えて、
ロープがパツンと切れちゃうの。
──
わー。
ジン
もっとも負担のかかる中心部から
切れはじめるんだけど、
そうすると、
他のロープも次々に切れていく。



一回、ぜんぶ切れたことがあって。
写真
──
ぜんぶ。どうしたんですか、それ。
ジン
船がバラバラになっちゃう前に、
もう一度ロープで結び直しました。



でも、海の上で、
船の大きさが半分になっちゃった。
──
なんと!
ジン
南米チリから日本を目指していて
2か月半くらい、
約7000キロ進んだあたり‥‥
もう少しでゴールの、太平洋上で。
──
航海中に船が真っぷたつになって、
その半分を、
切って捨てたってことです‥‥か?
ジン
船体の前側の半分を放棄したので、
前後をひっくり返して、
後ろを前にして航海を続けました。



マスト3本のうち2本がなくなり、
残った1本に、逆さに帆を張って。
──
それ‥‥日本に着いたんですか。
ジン
着かない。
そこから漂流がはじまったんで。
──
漂流‥‥。
ジン
切り取って捨てた前半分のほうに
舵がついていたんで、
思う方向に進めなくなって、漂流開始。
──
ドキドキする‥‥。
写真
ジン
具合が悪くなって寝込んじゃう人も
出てきたんだけど、
でも、魚は釣れるから死にはしない。



その間にも、
船はさらに壊れていくので、
何度も潜ってロープで縛っていたら。
──
ええ。
ジン
サメが寄って来たんです。
──
いちばん関わりたくないお方が!
ジン
ようすを探ってたのか何なのか、
アタックしてきたんです。



で、みんな潜ってくれなくなって、
しかたなく、
ぼくとイースター島のアニキとで、
ふたりで潜って、船を縛り続けた。
──
イースター島のアニキ。
いろんな人が出てくるなあ(笑)。
ジン
ラパ・ヌイ人のアニキで、
テバって、ぼくが信頼している人と、
ふたりで潜ってたら、
怖そうなサメがシューッと来て。
──
それはジョーズみたいなサメですか。
ホオジロ的な、最恐系の。
ジン
いや、もうすこしちいさかったけど、
でも、2メートルくらいかな。



テバがボーンって鼻っつらを叩いて、
撃退してましたけど。
──
サメって鼻の頭が弱いんですよね。



ロレンチーニ瓶という
感覚器官が集中していて‥‥って、
だからといって、
パンチで撃退ですか、テバ先輩!
写真
ジン
でね、結果的に、
どうやって助かったかっていうと、
1000キロ、
風のままに進んだら島に着いたの。
──
へええ、そうなんですか。
それってものすごい確率ですよね。



太平洋で漂流して島に当たるって。
ジン
マルケサス諸島というところです。



GPSはあったんで、
1000キロ先に島があることは
わかってたんだけど、
舵があっても
コントロールが大変な船なのに、
そのときは舵すら喪失してたし。
──
ですよね。
ジン
どうしたものかなあと思いながら、
なすがままに進んでいたら、
島が見えてきて‥‥着いちゃった。
──
奇跡的。というか、奇跡。
ジン
確率的には、ありえない話ですよ。
1度でもズレたらアウトだから。
写真
──
それって、いつごろの話ですか。
ジン
1999年。ぼくの最初の航海。
──
うわあ、いきなりで、それですか。
ジン
うん、度肝を抜かれたと同時に、
その体験を通して、
島と葦船とが引かれ合ったような、
そんな気がしたんです。



偶然と言っちゃえばお終いだけど、
さまざまな生命が暮らす島と、
生命を宿す葦船が、
たがいに引き寄せられたみたいな。
──
へええ‥‥ふしぎですね。
ジン
種のイメージって言えばいいかなあ。
島が卵で、葦船が精子。



種が、生きる場所を探して、
島という「陸」にたどりついた‥‥。
──
ただの素人考えですが、
どっちもが生きものの塊だとしたら、
あり得ない話でもないような。
ジン
島が葦船を呼んだ‥‥なんて、
あんまり言い過ぎると、
オカルトみたいに聞こえちゃうけど、
でも、あのときは、
感覚的には、
島と葦船が引き合っていると感じた。
──
だから、葦船というのは
人が海を移動するためのものでなく、
生態系が移動するための
カプセルみたいなものじゃないかと、
おっしゃってるんですね。
ジン
そう。主体は人間じゃなく、生態系。



人間は彼らを運ぶための道具、
お客を乗せたバスの運転手って感じ。
写真
──
なるほど‥‥。
ジン
ハワイって、1万年くらい前に
海底火山の噴火で生まれたんですよ。



生まれたときはただの岩だったのに、
いつしかそこへ緑が生まれ、
生命が宿り、色彩豊かな島になった。
──
ええ、ええ。
ジン
そのできごとの裏には、生命の持つ
「広がろうとするエネルギー」
みたいなものが関係してる気がして。
──
誕生以来、
地球の隅々にまで広がってきたのが、
生命ですけど、
そのことに、葦船が
一役買っていたかもしれない‥‥と。
ジン
あるときに、誰かが、
「葦船」という生命のカプセルを、
海へ流したとしたら。



それが、
どこかの陸地か島ににたどり着き、
そこに、
多様な生きものの楽園をつくった、
としたら‥‥。
──
ええ。
ジン
そんなことをイメージしてしまう。
葦船に乗っていると、どうしても。
<つづきます>
2020-01-26-SUN