水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。
風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。
全11回の、長い連載。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
- ──
- 食べるものには困らなくて、
波に対しても柔軟で、
どっしりと安定した船だってことは、
わかったんですけど、
それでも、
何の動力も持たない草の船ですよね。
少しずつ沈んでいくことでもあるし、
怖さって、ないんですか。
- ジン
- んーー、あるとすれば、
船から落ちてケガをしちゃうだとか、
病気だとか、かな。
ま、船が壊れる可能性はあるけどね。
- ──
- 壊れる。
- ジン
- 葦の束って、
ロープでグルグル巻きにしてるけど、
水を吸うと
どんどん束が膨張していくんです。
すると、あるときに限界値を超えて、
ロープがパツンと切れちゃうの。
- ──
- わー。
- ジン
- もっとも負担のかかる中心部から
切れはじめるんだけど、
そうすると、
他のロープも次々に切れていく。
一回、ぜんぶ切れたことがあって。
- ──
- ぜんぶ。どうしたんですか、それ。
- ジン
- 船がバラバラになっちゃう前に、
もう一度ロープで結び直しました。
でも、海の上で、
船の大きさが半分になっちゃった。
- ──
- なんと!
- ジン
- 南米チリから日本を目指していて
2か月半くらい、
約7000キロ進んだあたり‥‥
もう少しでゴールの、太平洋上で。
- ──
- 航海中に船が真っぷたつになって、
その半分を、
切って捨てたってことです‥‥か?
- ジン
- 船体の前側の半分を放棄したので、
前後をひっくり返して、
後ろを前にして航海を続けました。
マスト3本のうち2本がなくなり、
残った1本に、逆さに帆を張って。
- ──
- それ‥‥日本に着いたんですか。
- ジン
- 着かない。
そこから漂流がはじまったんで。
- ──
- 漂流‥‥。
- ジン
- 切り取って捨てた前半分のほうに
舵がついていたんで、
思う方向に進めなくなって、漂流開始。
- ──
- ドキドキする‥‥。
- ジン
- 具合が悪くなって寝込んじゃう人も
出てきたんだけど、
でも、魚は釣れるから死にはしない。
その間にも、
船はさらに壊れていくので、
何度も潜ってロープで縛っていたら。
- ──
- ええ。
- ジン
- サメが寄って来たんです。
- ──
- いちばん関わりたくないお方が!
- ジン
- ようすを探ってたのか何なのか、
アタックしてきたんです。
で、みんな潜ってくれなくなって、
しかたなく、
ぼくとイースター島のアニキとで、
ふたりで潜って、船を縛り続けた。
- ──
- イースター島のアニキ。
いろんな人が出てくるなあ(笑)。
- ジン
- ラパ・ヌイ人のアニキで、
テバって、ぼくが信頼している人と、
ふたりで潜ってたら、
怖そうなサメがシューッと来て。
- ──
- それはジョーズみたいなサメですか。
ホオジロ的な、最恐系の。
- ジン
- いや、もうすこしちいさかったけど、
でも、2メートルくらいかな。
テバがボーンって鼻っつらを叩いて、
撃退してましたけど。
- ──
- サメって鼻の頭が弱いんですよね。
ロレンチーニ瓶という
感覚器官が集中していて‥‥って、
だからといって、
パンチで撃退ですか、テバ先輩!
- ジン
- でね、結果的に、
どうやって助かったかっていうと、
1000キロ、
風のままに進んだら島に着いたの。
- ──
- へええ、そうなんですか。
それってものすごい確率ですよね。
太平洋で漂流して島に当たるって。
- ジン
- マルケサス諸島というところです。
GPSはあったんで、
1000キロ先に島があることは
わかってたんだけど、
舵があっても
コントロールが大変な船なのに、
そのときは舵すら喪失してたし。
- ──
- ですよね。
- ジン
- どうしたものかなあと思いながら、
なすがままに進んでいたら、
島が見えてきて‥‥着いちゃった。
- ──
- 奇跡的。というか、奇跡。
- ジン
- 確率的には、ありえない話ですよ。
1度でもズレたらアウトだから。
- ──
- それって、いつごろの話ですか。
- ジン
- 1999年。ぼくの最初の航海。
- ──
- うわあ、いきなりで、それですか。
- ジン
- うん、度肝を抜かれたと同時に、
その体験を通して、
島と葦船とが引かれ合ったような、
そんな気がしたんです。
偶然と言っちゃえばお終いだけど、
さまざまな生命が暮らす島と、
生命を宿す葦船が、
たがいに引き寄せられたみたいな。
- ──
- へええ‥‥ふしぎですね。
- ジン
- 種のイメージって言えばいいかなあ。
島が卵で、葦船が精子。
種が、生きる場所を探して、
島という「陸」にたどりついた‥‥。
- ──
- ただの素人考えですが、
どっちもが生きものの塊だとしたら、
あり得ない話でもないような。
- ジン
- 島が葦船を呼んだ‥‥なんて、
あんまり言い過ぎると、
オカルトみたいに聞こえちゃうけど、
でも、あのときは、
感覚的には、
島と葦船が引き合っていると感じた。
- ──
- だから、葦船というのは
人が海を移動するためのものでなく、
生態系が移動するための
カプセルみたいなものじゃないかと、
おっしゃってるんですね。
- ジン
- そう。主体は人間じゃなく、生態系。
人間は彼らを運ぶための道具、
お客を乗せたバスの運転手って感じ。
- ──
- なるほど‥‥。
- ジン
- ハワイって、1万年くらい前に
海底火山の噴火で生まれたんですよ。
生まれたときはただの岩だったのに、
いつしかそこへ緑が生まれ、
生命が宿り、色彩豊かな島になった。
- ──
- ええ、ええ。
- ジン
- そのできごとの裏には、生命の持つ
「広がろうとするエネルギー」
みたいなものが関係してる気がして。
- ──
- 誕生以来、
地球の隅々にまで広がってきたのが、
生命ですけど、
そのことに、葦船が
一役買っていたかもしれない‥‥と。
- ジン
- あるときに、誰かが、
「葦船」という生命のカプセルを、
海へ流したとしたら。
それが、
どこかの陸地か島ににたどり着き、
そこに、
多様な生きものの楽園をつくった、
としたら‥‥。
- ──
- ええ。
- ジン
- そんなことをイメージしてしまう。
葦船に乗っていると、どうしても。
<つづきます>
2020-01-26-SUN
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN