水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。
風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。
全11回の、長い連載。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
- ──
- 毎日の食事は、本当に、
釣ったお魚だけで間に合うんですか。
- ジン
- うん。まぐろでもなんでも、
どんどん次々、釣れちゃいますから。
釣れなかったことは、ない。
裏の畑から
野菜を穫ってきますみたいな感覚で、
ザブンと潜って、
海から海藻やアオサを採ってきたり。
- ──
- 海の家庭菜園。
- ジン
- で、ぼくら人間は
食べたらウンチをするわけですけど、
そこへまた、魚が寄ってくる。
わーい、ごはんだーとかって言って。
気づくと、すぐ足元に、
カワハギが何十匹も群がってますよ。
- ──
- ちなみに、おトイレの際は、
はるかなる大海原へ向かって‥‥。
- ジン
- ポトン、です。
梯子みたいなものを水平に出して、
その先っちょに、
便器みたいなものを、据え付けて。
- ──
- ダイナミックだなあ(笑)。
- ジン
- 船側のカーテンを閉めれば、
誰にも見られない、個室になるので。
- ──
- 見渡す限りのプライベート空間(笑)。
海のど真ん中でいたすって、
いったい、どんな気分になるのか‥‥。
- ジン
- 気持ちいいですよーっ。
- ──
- ‥‥でしょうね(笑)。
- ジン
- 最高です。
- ──
- 人間のつくった便利な道具から離れて、
海だけに囲まれていると、
どういう気持ちに、なるんでしょうか。
- ジン
- 5000年前と21世紀のちがいが、
わからなくなりますね。
- ──
- なるほど‥‥。
- ジン
- だって、どこを見たって、大昔と同じ。
ぼくたち、このまま5000年前に
タイムスリップしても、
ふつうに大丈夫みたいな気持ちになる。
- ──
- 文明の進化って何だったんだろうって、
考えさせられちゃいそう。
- ジン
- で、不思議なことに、
人間も、昔っぽくなっちゃうんですよ。
- ──
- 葦船の上で暮らしていると。
- ジン
- だって、まわりの魚を釣って、
海に潜ってアオサを採ってきて食べて、
雨水を貯めて飲んで‥‥
まわりを見れば、
ゴリラみたいなやつらばっかりで。
- ──
- なるほど‥‥と言いますか(笑)。
- ジン
- テレビも、ネットも、お金も必要ない。
波を見て、今日の天気は、風の具合は、
夜のごはんは‥‥という生活。
- ──
- 食事は3食、きちんと食べるんですか。
- ジン
- 食べる食べる。超たのしみですもん。
4回でも、5回でもいいくらい。
- ──
- さいとう・たかをさんの
『サバイバル』というマンガのなかで、
天変地異の後の生活では、
食事と排泄とが、
何よりのたのしみになるという描写が、
あったんですけれども。
- ジン
- わかるなあ。まさにそれ。
朝は、日の出とともに起き出して、
水分をとったら、
昨日の残りものをおじやにしたり、
魚を焼いたり、刺身にしたり。
- ──
- ええ。
- ジン
- もよおしてきたら、大海原にポトン。
- ──
- 時間‥‥「時刻」は意識しますか。
- ジン
- ぼくのスペイン人の師匠の葦船に
クルーとして乗って、
大西洋・太平洋横断に挑んだときは、
みんな腕時計をつけて、
4時間ごとに見張り番を交代したり、
お昼ごはんを、きちんと
12時に食べたりはしてましたけど、
今回は、時計はナシでいこうと。
- ──
- どうしてですか。
- ジン
- 時計がないと、よりいっそう、
太古の感覚に近づいていくんですよ。
そのことが重要だと思っているので。
- ──
- 船の上での日の出日の入りって‥‥。
- ジン
- 場所と季節によって変わりますけど、
陸上の感覚で言えば、
朝5時に日が出て、
夕方6時に日が沈むって感じかなあ。
- ──
- 太陽に起きろと言われて起き出して、
太陽が沈んだら、
「やることもないし、寝ますか」と。
- ジン
- 寝る。ま、昼間も寝てたりするけど。
- ──
- 昼間も?
- ジン
- いつでも動けるように、休んでおく。
風向きが変わったら、
みんなで大急ぎで帆を張り直したり、
雨が降ったら飲み水を貯めたり、
何か起こったときのために、
身体をじゅうぶん休めておくんです。
- ──
- いま、船がどっちに進んでるとかは、
スターナビゲーション的な?
- ジン
- もちろん星の動きも見るんだけど、
雲で星が隠れたときも、
どっちが西なのかがわかるように、
波が船体に当たる角度を
憶えておいて、
船の揺れを、その角度に合わせて、
舵を取ったりしてます。
- ──
- 進むも戻るも「風しだい」なのに、
ハワイという、
太平洋の超ピンポイントな地点に、
到着できるものなんですか。
- ジン
- サンフランシスコからハワイへ
たどり着くためには、
まずは、とにかく南に下るんですね。
下って下って下って‥‥で、
ある時点で西へ針路を取るんですが、
ハワイは北緯20度にありますから、
次は「ホクレア」という
北緯20度に沈む星を目指していく。
- ──
- なるほど。
- ジン
- そうすると、遠くに雲が見えてくる。
次は、そこを目指します。
なぜなら、雲って島の上に出るから。
- ──
- つまり、雲が見えるっていうことは、
その下に「島」がある、と。
- ジン
- ま、言ってみれば、それだけですね。
北緯20度といったって、
何十キロも幅があるし、
おおよそこのあたりかという感じで
進んでいって、
雲が見えてきたらそっちを目指し、
鳥が飛びはじめたら、
夕方、彼らが飛んでいく方へ向かう。
- ──
- 鳥のねぐらは島にあるから。
- ジン
- そう。
- ──
- そんなふうにして、
微妙にチューニングしていきながら、
幅を狭めていって‥‥。
- ジン
- 太平洋の上の1点、ハワイを目指す。
<つづきます>
2020-01-25-SAT
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN