葦船の上の地球史観。冒険家・石川仁さんの考えていること 葦船の上の地球史観。冒険家・石川仁さんの考えていること
水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。

風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。

全11回の、長い連載。

担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
第3回 おばあちゃんのスピードで。
写真
──
石川さんは現在、
どんな計画を立てているんですか。
ジン
サンフランシスコの湾のどこかで
船をつくって、
ゴールデンゲートブリッジを渡り、
ハワイに向かおうかな‥‥と。
──
そういう航海の場合、
葦船の大きさって、どれくらいに?
ジン
全長18メートルくらい。
──
うわー、でっかい!
それを手でつくるわけ‥‥ですか?
ジン
うん、まず10人がかりで、
ベースとなる草を束ねていきます。



できあがったら積み上げて、
ロープでぎゅーっと締め上げます。
写真
──
締め上げる‥‥のは、何人で?
ジン
左と右で20人ずつくらいだから、
40人とか50人で、
「せーの!」で「ぎゅーっ!」と。



人間の親指くらいの太さの草を束ねて、
直径40センチくらいの束を
重ねて縛り上げて、
直径2メートルほどの太さにして‥‥。
──
直径2メートル!
つくる人たちは、現地で雇うんですか。
ジン
そうですね。
チチカカ湖の葦船職人さんも呼んでね。
──
えっ、葦船職人さんという人が‥‥。
ジン
いるんですよ。



南米のチチカカ湖のボリビア側にね、
アイマラ族という人たちがいて、
彼らは先祖代々、葦船をつくってる。
──
それは、いまも「実用品」として?
ジン
ぼくがはじめてアイマラ族を訪ねた
30年前には、
辛うじて一艘だけ使われていました。



いまはもう、
観光客に見せるためだけのものに、
なっちゃってますけど。
写真
──
でも、葦船をつくるテクニックは、
伝承されてるんですね。



期間はどれくらいかかるんですか。
ジン
刈り込んで、束にするところから
数えたら、半年くらい。



実際に船をつくりはじめてからは、
2、3か月かなあ。
──
こんなふうに、
風雨をしのげる小屋がついていて。
ジン
この小屋は、船の舵をとるところ。
あとはマストが立ってるだけ。
──
前進と後退も風しだいってことは、
舵だって、
完璧には効かなかったり‥‥とか。
ジン
そうですねえ、だいたいですよね。
着いたところがゴールになります。
──
なるほど(笑)。



それはつまり、いま計画している
サンフランシスコを出て
ハワイを目指す‥‥という
太平洋航海プロジェクトでも同じ。
ジン
そうです。



船からいちども降りずに4000キロ、
ということだから、
だいたい、1か月半くらいかかる計算。
写真
──
どれくらいの速度が出るんですか。
ジン
風に乗ってるときで、時速5キロ。
──
人間が歩くくらいが、精いっぱい。
ジン
ふつうはもっと遅くて、
平均すると時速3.6キロなんで、
おばあちゃんが、
お散歩するくらいのペースかな。
──
そのスピードでハワイを目指す。
それで1ヶ月半で着くんですか。
ジン
ま、おばあちゃんのお散歩とはいえ、
24時間、お散歩し続けてるから。



自然のスピードって、
「そんなもんだよ」とも言えるし、
サンフランシスコからハワイへ、
草の束の船でも、
じゅうぶんに行けるとも言えるし。
──
なるほど。
ジン
もっとはやく着きたいんだったら、
飛行機とか、
別の手段を使えばいいだけだしね。
──
乗り心地って、どうなんですか。
ジン
最高ですよ。揺れないから。
──
え、揺れないんですか。
一見「揺れそう」と思ったんですが。
ジン
安定性は、ものすごくいい。



ぼくらが船につかっている植物って、
親指ほどの太さで、
長さが3から4メートルあるんです。
写真
──
そんな、背の高い草が。
ジン
あるんです。それらを1本1本束ねて、
丸太くらいにしたものを
水に浮かべると、
はじめのうちは30センチくらいしか
沈まないんだけど、
徐々にグーッと水面下に入っていく。
──
へええ‥‥。
ジン
それは、草が水を吸って重くなるから。



で、い草の仲間って、
水を吸うと膨らむ、膨張するんです。
で、そうなると、
草と草の間がピッタリとくっついて、
パンパンになって、
逆に、水が入りにくくなるんですよね。
写真
──
東北の味噌屋さんを取材したときに、
お醤油の樽も、
時間が経つにつれて
板の継ぎ目がピシーッとくっついて、
頑丈になっていくと言ってました。



だから、震災の津波で流されたけど、
樽自体は壊れなかったそうでして。
ジン
昔の木の船も、そうですよね。
濡れると板の溝がピシッと締まって、
水が入らなくなる。



で、い草が濡れてパンパンになると、
重心が下がるので、
船自体がグーッと安定するんですよ。
──
葦船のテクノロジー、すごい。
ジン
しかも、現代の船は、波を受けたら、
波の頂上までいったん上がって、
そこからこんどは、
波間の底へ、下っていきますよね。
──
ええ、坂道を上って下るみたいに。
波に、木の葉のように翻弄されて。
ジン
その点、葦船って、波の頂上で、
船体がグニャ~っと曲がるんです。
──
わあ、波を受け止める?
ジン
そう、波の衝撃を吸収するんです。



それで、まるで芋虫みたいに、
「もよ~ん、もよ~ん」って感じで、
進んでいくんです、荒波の中を。
──
海を渡る乗りものとして、
すごく理に適ったつくりなんですね。
ジン
そう。船体に柔軟性があって、
まず、「ひっくり返る」ことはない。



つまり、沈没しないんです、この船。
写真
<つづきます>
2020-01-24-FRI