水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。
風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。
全11回の、長い連載。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
- ──
- 葦船というものを、
実際に見たことないんですが‥‥。
- ジン
- これ、以前つくった船です。
- ──
- わあ、そういう映画に出てきそう。
このときは、どんな航海を?
- ジン
- 高知県でつくって、
伊豆諸島の神津島まで行きました。
全行程1000キロくらいかなあ。
- ──
- それは、日数的には‥‥。
- ジン
- 2週間。
ホントならもっと早く、
10日くらいで着く予定だったけど、
風に戻されて、浜名湖まで。
- ──
- 戻された?
- ジン
- うん、200キロくらい。
- ──
- そんなにですか!
- ジン
- うん。低気圧が来て、サァーッと。
200キロなんて、あっという間。
- ──
- つまり、抗えないんですか、風に。
流されるがまま‥‥ということは。
- ジン
- エンジン積んでないし、
後ろからの風だけを頼りに進む船だから、
向かい風だと
コントロールできないんです。
前から風が吹きつけてきたら後退するし、
横から吹いたら、横に流れる。
斜め後ろくらいから吹いてくれれば、
ま、行きたい方向には行けるんですけど。
- ──
- じゃあ「斜め後ろから吹く風」を狙って、
帆を上げることしかできない。
- ジン
- そうです。
- ──
- 究極的に言えば、出発したが最後、
いつどこへたどりつくか、わからない船。
- ジン
- まあ、そうなりますかね。
ただ、地球上の赤道付近というのは、
基本的には、
東から西へ、風が吹いてるんですよ。
- ──
- ええ。
- ジン
- 地球って自転してるじゃないですか。
ぐるぐる回ることで、
西向きの風が生まれてるんですけど。
- ──
- はい、なるほど。
- ジン
- ようするに、地球が自転するかぎり、
赤道の上下では、
東から西へと、風が吹く。
それを「貿易風」と呼んでいますが。
- ──
- 学校で習ったはずの風ですね。
- ジン
- そう(笑)、で、その風の流れが、
海流にも影響を及ぼしているんです。
まるで「海の街道」みたいな感じで、
クジラや亀も、
その街道沿いにピューッと移動する。
- ──
- 海流って風の影響が大きいんですね。
- ジン
- うん、海の生物たちは、
みんな、そうやって旅をしてますよ。
葦船も、つまりは、動物たちと同じ。
自然の流れに寄り添って進むんです。
- ──
- 風に任せて航海する船とは、
そこでもまた、生きものみたいです。
いつごろから、あるものなんですか。
- ジン
- 海の航海術が確立する遥か以前から、
存在したんじゃないかなあ。
- ──
- そんなにも昔からですか。
- ジン
- さっきも言いましたけど、
船というものは、
ふつう、
AからBへ向かって出すものだけど、
葦船って、そういう意味でも、
一般的な「船というもの」の範疇に
収まらないんです。
- ──
- 船のかたちはしているんだけれども、
ふつうの船とは、ちょっとちがう。
葦船の歴史というのもは、
本当に、何ひとつ
あきらかになっていないんですか。
- ジン
- いやあ、まったくわからないんです。
「モノ」が絶対に出てこないから、
推定するしかないんです。
- ──
- そうか、痕跡が消えちゃうのか。
- ジン
- 植物でできてるから、
1年後には、土に還っちゃうんです。
- ──
- ミステリアス。
- ジン
- あとには何にも残らないんだけど、
唯一の手がかりとして、
壁画だとか、
古文書に残されていることがある。
メソポタミア文明の壁画にも
葦船が描かれてます。
それが紀元前4000年‥‥かな。
- ──
- わあ、6000年も前。
- ジン
- エジプトのパピルス船の壁画も
残されてるんだけど、
そっちは、4000年くらい前。
日本の古事記や日本書紀にも、
イザナミノミコトと
イザナギノミコトの最初の子どもの
蛭子命(ひるこのみこと)に、
手足がなかったというんで、
葦船に乗せたという記述があります。
- ──
- じゃあ、日本に住んでいた人たちも、
遅くとも8世紀くらいまでには、
葦船のことを、知ってたんですかね。
- ジン
- そうみたいですね。
- ──
- 葦船というからには、
葦を束ねてつくってるわけですよね。
- ジン
- それがじつは、そうとも限らなくて。
葦船というのは「総称」なんですよ。
水に浮く草でつくった船の。
- ──
- 葦をはじめとした、水に浮く草の船、
その総称を「葦船」という。
- ジン
- 葦を束ねたら葦船だけど、
パピルスを束ねたらパピルスの船、
ガマの葉っぱを集めたらガマの船、
い草の仲間だったら、い草の船。
つまり、
いろんな植物でつくった船というのが、
歴史上、世界中に存在するんですが、
それらを総称してリードボート、
日本語では「葦船」と呼んでるんです。
- ──
- 石川さんは、何でつくってるんですか。
- ジン
- 葦、またはイグサの仲間でつくります。
和名では、「フトイ」と言うんですが。
- ──
- その草を選ぶ理由は‥‥。
- ジン
- いちばん浮力があるんですよ。
強度があるのは、葦なんです。
でも、重たいので、
太平洋を渡り切るための半年間なんて、
もたないと思う、沈んじゃって。
- ──
- なるほど。
- ジン
- だから、浮力のある草を選んでいます。
長い航海へ出るときにはね。
<つづきます>
2020-01-23-THU
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN