葦船の上の地球史観。冒険家・石川仁さんの考えていること 葦船の上の地球史観。冒険家・石川仁さんの考えていること
水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。

風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。

全11回の、長い連載。

担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
第1回 生きた船が、海を渡る。
写真
──
葦船って、
名前は聞いたことはあったんですが、
それがどんな船なのか、
実際は、ぜんぜん知りませんでした。
ジン
あ、そうですか。
──
いろいろうかがいたいんですけど、
まず「おもしろい!」と思ったのが、
「食料に困らない」というお話で。
ジン
ええ。
──
なんでも、葦船という船は、
そのまわりに
お魚さんをたくさん呼び寄せるので、
航海中のごはんに困らない‥‥。
ジン
そう。
写真
──
つまり、釣り糸を垂らしたら‥‥。
ジン
いわゆる「入れ食い」状態。つねに。
──
それは、なぜですか。
ジン
ようするに、葦船というのは、
草でできているので、
それ自体に、
さまざまな生命を宿しているんです。
──
生命。
ジン
まず、船をつくろうという段階で、
葦と一緒に、
他の植物も一緒に刈り取っちゃう。



秋口に刈るので、
いろんな植物の種が付いたまんま、
船ができあがる。
──
ええ、ええ。なるほど。
ジン
それぞれの植物には、
それぞれ、微生物が住んでいます。



船体は陸で組み立てていきますが、
その最中にも、
葦の束の間に虫が入り混んでくる。
──
おお。
ジン
植物の微生物を食べるちいさな虫、
そのちいさな虫を食べるアリ、
さらに、
そのアリを食べる、カミキリムシ‥‥。
写真
──
人間たちが船をつくるそばから、
その船そのものが、
虫たちの住処になっていっちゃう。
ジン
彼らは、葦船に卵を産んで、
コロニーをつくっちゃうんですよ。



葦の束を開けて見てみると、
ものすごいことになってるんです。
水に浮かべたら、
ムカデがはい出てきたりして。
──
はああ。
ジン
さらには、この船、
どんどん「発酵」していくんです。



微生物が熱を帯びて、
船自体が、あったかくなるんです。
──
なんという‥‥活性化していく船。
生きてる船って感じですね。
ジン
そう、船が体温を持ってるんです。
具体的に言うと「37度」くらい。
──
人肌!
ジン
手を入れたら、あったかいんです。



水に浮かべても、
束の中心部までは浸水せず
乾いたまんまで、
あったかいから、
ヘビなんかも住んでたりしますよ。
──
おもしろーい。
写真
ジン
でね、船ができたら、
港に1、2週間、浮かべとくんです。



すると、その間に、船底に
イソギンチャクやら、
フジツボやら、ムール貝やらが、
ワンサカくっついてくる。
──
養殖の牡蠣のまわりに
ムール貝がどっさりついてる光景を
見たことありますけど。
ジン
そうそう、あんな感じ。



船体と水面との境のところの、
水がちゃぽちゃぽしているところには、
海藻のアオサが生えてきて、
そこへ、ちいさな魚がわーっと群がる。
──
生命がまとわりついてくる、みたいな。
ジン
流木の陰には魚が隠れてたりするけど、
葦船の下も、
外敵である鳥から隠れることが出来て、
しかも、食べものがあるでしょ。
──
これがほんとの隠れ家レストラン。
ジン
航海が進むにつれて、
葦船自体が少しずつ腐ってくるから、
微生物を食べる
プランクトンもどんどん増えて、
それらを魚がついばんでるんですよ。



つまり、いろんな生き物たちが、
ちょっとずつ船を食べているんです。
──
その状態で海を進んでいくんですか。



巨大な餌の塊みたいなものが、
人を載せて移動していくわけですね。
写真
ジン
葦船そのものが、
微生物や虫や魚や貝がつくりあげた、
ひとつの「生態系」なんです。



どんどん、水族館というか、
竜宮城みたいになってくるんですよ。
──
海を渡る生態系。
ジン
ちいさい魚を食べに、
カワハギみたいな魚がやって来て、
さらにシイラが来て、
ぼくたちがそれを食べて‥‥
内臓を捨てると、サメが群がって。
──
サメまで!
ジン
サメだけじゃなく、イルカも、
クジラも、マンボウも寄ってくる。



ウミガメなんかもついてきますし、
空には、海鳥たちが飛んでますし。
──
にぎやかだなあ(笑)。
ジン
そう、ぜーんぜんさみしくないの。



しかも、船の上に、
キノコとか生えちゃうんです(笑)。
写真
──
山の幸まで! 海の上なのに。
ジン
ただ、ま、食べられるかどうかも
よくわからないので、
わざわざ食べませんけどねえ。
──
食料なら、魚をとり放題ですもんね。
ジン
A地点からB地点へ向かって
人間が乗って移動する、というのが、
一般的な船の概念だとしたら、
葦船って、
そこからはみ出している船なんです。
──
はみだしている?
ジン
つまり、ぎっしり生命を詰め込んで、
それらが生きたまま、旅をする。



つまり、
ある場所の生態系をカプセルにして、
別の大陸や別の島に届ける‥‥。
──
おおお。
ジン
生態系の宅配便みたいな船なんです。
考えれば、考えるほど。
<つづきます>
2020-01-22-WED