水に浮く草を束ねてつくった船に乗り、
アメリカ西海岸から
ハワイへ渡ろうとしている冒険家がいます。
葦船航海士の石川仁(ジン)さんです。
風にまかせて進むから、
どこへたどり着くかもわからない‥‥とか、
自然と魚が集まってくるので、
毎日のごはんに困らない‥‥とか、
葦船というもの自体に惹かれて
出かけたインタビューだったのですが。
葦船の上で深めた
ジンさんの地球史観がおもしろかった。
全11回の、長い連載。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
- ──
- 石川さんが「冒険家になった瞬間」って、
あると思いますか。
- ジン
- あるとすれば‥‥「砂漠」だと思うなあ。
あんなところに半年もいると、
死生観がガラッと変わっちゃうんだよね。
- ──
- たしか、葦船で海に出る以前に、
サハラ砂漠を
さまよってらっしゃった‥‥そうですね。
- ジン
- うん、次の街まで行こうと思って。
- ──
- 次の街。
- ジン
- 半年かかったんだけど。
- ──
- 半年!?
- ジン
- そう。
- ──
- どうして、そんなに‥‥。
- ジン
- 遊牧民といっしょに、旅に出たんですよ。
砂漠のことについて、
いろいろと教えてくださいって、1週間。
そのとき、砂漠を旅する方法だとか、
ラクダの乗り方、
いろんなことを教えてもらいました。
- ──
- ええ。
- ジン
- あちらは部族語の「タマシェク語」で、
こちらは日本語で、
何を言ってるか、
おたがいまったくわかんなかったけど。
- ──
- そこは、なんとなく感じ取って(笑)。
- ジン
- で、約束の1週間が経ったので、
じゃ、今日からはぼくひとりで行くわ、
先生サヨナラって言って、
ラクダを2頭、連れて出発したんです。
1頭はぼくが乗る用、1頭は荷物用で。
- ──
- 砂漠での「作法」を、教わって。
- ジン
- そしたら、先生とわかれた最初の晩に、
1頭に逃げられちゃったんです。
- ──
- ええー。
- ジン
- 足に絡まったロープを結び直そうかと
パッと離した瞬間、
ピャーッと逃げていっちゃった。
めちゃくちゃ速くて、
必死に追いかけたんだけど無理だった。
- ──
- 砂漠の真ん中で、ラクダさん逃走。
- ジン
- 夜の砂漠を3時間以上探したんだけど、
泣く泣く諦めました。
で、そこでやめようと思ったんですよ。
だって、死んじゃうから。
- ──
- サハラ砂漠の、最初の晩に。
- ジン
- うん、でも、ひとまず次の街まで、
残った1頭のラクダに荷物を載っけて、
歩いて行ったんだけど、
着いたら着いたで、
なんだか気分が良くなってきちゃって。
- ──
- おお、気分が(笑)。
- ジン
- で、ちょっと次の街まで行ってみよう、
そこでやめよう、
あ、もうちょっと行けそうだなあ、
そしたらやめよう‥‥で、
結局、半年、歩いちゃったんですよね。
- ──
- 砂漠の街から次の街へ‥‥というのは、
距離的には、どれくらいなんですか。
- ジン
- 遠いときは、200キロくらいあるよ。
5日間くらい、たったひとりで。
- ──
- 荷物のラクダさんは、いるけれども。
- ジン
- ヒマだよー。
- ──
- 景色とか、まったく同じでしょうしね。
- ジン
- 砂と空しかない。雲もない、カラカラ。
茶色と青の繰り返しで、気が変になる。
生命の危険を感じたら、
いつでもやめるつもりでいたんだけど。
- ──
- 結局、半年、砂漠にいらしたと。
それって、いつごろのお話なんですか。
- ジン
- 23歳のとき、大学を休学して行った。
バックパッカーの旅じゃ物足りなくて、
1年かけて、大きな旅をしてこようと。
そこで、すべてが変わったと思います。
- ──
- 具体的には、どのように。
- ジン
- 毎日、死が、手のとどくところにある。
夜、たまに砂漠に生えてる木の根元で、
ラクダを放すんですけどね。
自由にして、エサを食べさせるために。
- ──
- ええ。
- ジン
- 朝になって起きると、いなくなってる。
次の木のところへ向かってるんです。
で、足跡を追って見つけに行くんです。
- ──
- それ、見つからなかったら‥‥。
- ジン
- 危ないですよ。死んじゃうと思う。
つまり、朝、起きて、
生きるか死ぬかの洗礼をあびるんです。
半年間、毎日(笑)。
- ──
- それ、放さないとダメ‥‥なんですか。
- ジン
- ダメなんです。
- ──
- 逃げられちゃった人もいそうです。
- ジン
- いるいる。
冒険家の上温湯隆さんが書いた
『サハラに死す』という本を読んで
「ぼくも」と思ったんだけど、
結局、上温湯さん自身、
荷物とともにラクダに逃げられて、
砂漠の木の下で渇死しちゃったんで。
- ──
- 砂漠という場所は、海と同じですね。
- ジン
- ブルーデザートとかって言うもんね、
海のこと。「青い砂漠」って。
- ──
- 砂漠の場合も、何かを目印に、
ある方角を目指して進むわけですか。
- ジン
- 追うのは、足跡とか、轍(わだち)。
クルマが通った跡なら、
あ、この先に街があるんだとわかる。
- ──
- はー‥‥砂漠を行き来してる人って、
案外いるもんなんですね。
- ジン
- たまに轍が二手に分かれてたりして、
その場合は、
どっちに行ったらいいかわかんない。
太い轍のほうに行くのが安全だけど、
気分によっては、
細いほうにも行きたくなるんだよね。
- ──
- あえて、人があまり行かないほうに。
行くと、何があるんですか。
- ジン
- なーんにもなかったり、
ただ、遊牧民がいるだけだったりね。
ぼく、本気で方向音痴なんだけど。
- ──
- えーっ、冒険家なのに(笑)。
- ジン
- 行きたいところに着かないんだよね。
- ──
- それは、いまもですか。
- ジン
- うん。
- ──
- はー‥‥。
- ジン
- でね、方向音痴のいいところは、
目的地に着かないことが、
ぜんぜん平気、なんともないの。
- ──
- 慣れてるから(笑)。
- ジン
- 他のみんなは目的地に着かないと
不安になるみたいだけど、
ぼくは、着かないのが日常だから。
- ──
- そういう冒険家の人、いますかね。
- ジン
- あんまりいないと思うよ(笑)。
<つづきます>
2020-01-28-TUE
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN