ほぼ日刊イトイ新聞

インタビューとは何か。松家仁之さん篇

C・シルヴェスター編『THE INTERVIEW』
(1993年刊)によれば、
読みものとしての「インタビュー」は
「130年ほど前」に「発明された」。
でも「ひとびとの営み」としての
インタビューなら、もっと昔の大昔から、
行われていたはずです。
弟子が師に、夫が妻に、友だち同士で。
誰かの話を聞くのって、
どうしてあんなに、おもしろいんだろう。
インタビューって、いったい何だろう。
尊敬する先達に、教えていただきます。
メディアや文章に関わる人だけじゃなく、
誰にとっても、何かのヒントが
見つかったらいいなと思います。
なぜならインタビューって、
ふだん誰もが、やっていることだから。
不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

松家仁之さんプロフィール

松家仁之(まついえまさし)

小説家・編集者。1958年、東京生まれ。
編集者を経て、2012年、
長篇小説『火山のふもとで』を発表(読売文学賞受賞)。
『沈むフランシス』(2013年)、
『優雅なのかどうか、わからない』(2014年)、
『光の犬』(2017年、芸術選奨文部科学大臣賞、
河合隼雄物語賞受賞)のほか、
編著・共著に『新しい須賀敦子』『須賀敦子の手紙』
『ぼくの伯父さん』『伊丹十三選集』(全三巻)、
新潮クレスト・ブックス・アンソロジー
『美しい子ども』などがある。

03
信頼関係あればこそ。

松家
逆に聞きたいんですが、
奥野さんには、
印象に残っているインタビューって
たとえば、何かあります?
──
自分の仕事ではないのですが、
カポーティで思い出したのですが。
松家
ええ。
──
雑誌の『ローリング・ストーン』に
ローリング・ストーンズの
ツアー観戦記事か何かを書いてくれと
頼まれたカポーティが、
結局、その約束を反故にしてしまい、
編集者のヤン・ウェナーの代わりに、
アンディ・ウォーホルが
どうして約束を守らなかったのか、
カポーティにインタビューをしに行く、
という記事があったんです。
松家
複雑ですね(笑)。でも、おもしろい。

アンディ・ウォーホルは、
『インタビュー』という名前の雑誌を
やってたくらいで、もともと
インタビュー好きだし、適任ですね。
──
たしか、ウォーホルって若いころ、
カポーティにあこがれてたんですよね。

はじめは、
セントラルパークを歩きながら話して、
そのうちに、
そのへんの酒場にフラリと入っていき、
「どうして記事を書かなかったか」
について、
アンディ・ウォーホルが質問して、
トルーマン・カポーティが、
のらりくらりと答えているんですけど。
松家
光景が目に浮かぶ(笑)。
──
記事としての体裁は、
もう単なる雑談みたいな感じなんですが、
とにかく自由で、
ミック・ジャガーのダンスが下手だとか、
ふたりの会話が生き生きしていつつ、
ウォーホルが、
わりにきちんと質問しているので、
カポーティがイヤイヤ書いた
ツアー観戦記事よりも、
断然おもしろくなってるんじゃないかと。
松家
なるほど、そうでしょうね。
──
もうひとつ、そのヤン・ウェナーが、
ザ・フーのギタリストに、
インタビューした記事があるんです。
松家
ピート・タウンゼント。
──
はい、そのインタビューは
「どうして、あなたは、
 毎晩ステージでギターを壊すのか」
という話からはじまって、
派手なパフォーマンスの理由だとか、
新しいアルバムの構想だとか、
ツアー中の乱痴気騒ぎのことだとか、
わりに音楽誌らしい、
音楽的な話題が続くんですが‥‥。
松家
ええ。
──
最後の何十行で、ヤン・ウェナーが、
「ときに」みたいな口ぶりで、
ピート・タウンゼントの「鼻」のことを、
話題に出すんです。

「あなたの鼻が大きいことと、
 有名になってやるって気持ちには、
 何か関係はあるのか」みたいな。
松家
突然?(笑)
──
読んでて、もうビックリしちゃって。
でも、そこから、記事に、
俄然ドライブがかかってくるんです。

たしかに俺は、この「デカ鼻」に
昔からコンプレックスを持っていた、
それを音楽にぶつけてきた、
ギターをはじめたのも、
バンドで曲をつくりはじめたのも、
ぜんぶこの鼻のせいだった‥‥って、
そういう感じで終わるんです。
松家
それはすごいな。

話自体もおもしろいけど、それ以上に、
インタビューについての、
とても大事なことが含まれてますね。
──
と言いますと。
松家
インタビューって、まずはやっぱり、
「信頼関係をどう築くか」
に、かかっていると思うんです。

ようするに、相手が胸襟をひらいて、
話してもらうためには、
「この人には話してもいいかも」
と思ってもらう必要があるわけで。
──
ええ、ええ。
松家
ピート・タウンゼントに、
鼻がデカいことについて聞くのは、
「これ、聞いていいのかな」
と躊躇する類の質問なわけですよ。
っていうか、ふつうは聞かない(笑)。

でも、その質問に対して、
そうかもしれないって答えるのは、
ふたりの間に、すでに
信頼関係が築かれていたからこそ、
だったと思うんです。
──
そうですね、たしかに。
松家
だって、初対面の人に、いきなり、
「あなたの鼻はデカいけど、
 それって、
 ロックと何か関係あります?」
なんて聞かれたら‥‥。
──
イス蹴っ飛ばして帰られそう(笑)。
松家
すばらしいインタビューというのは、
だから、やっぱり信頼関係、
あるいは、相手への愛情があってこそ
成立するものだ、というか。
──
なるほど。
松家
だから、ぼくは、
そのインタビューを読んでいませんが、
いいインタビューだったんじゃないかなと、
思いますね。

誰にでも真似はできないけど。
──
あの、インタビューをお願いする際は、
こうやって、
ある程度のお時間をいただくわけです。
松家
ええ。
──
そのことについて、最近思うのは、
人間の生命って「時間」と言いますか、
つまり、生命が有限だとすれば、
その意味では、生命って、
時間と、ほとんど同じものですよね。
松家
はい。
──
なので、大げさかもしれないけど、
2時間いただくということは、
その人の、2時間ぶんの生命をもらっている、
そう思うようになったんです。
松家
いや、大げさじゃないです。
そういうことだと思います。
──
なので、せめてその2時間を、
おたがいにとって、
いい時間にできたらって思うんです。

そのために自分ができるのは、
ただ「聞く」ということだけですが。
松家
河合隼雄さん‥‥
日本における臨床心理学の先人がいます。

亡くなってもう十年以上になりますけど。
河合さんは、
非常に厳しい精神の病を抱えた人たちを、
クライアントに抱えていらした。
──
クライアントとは、
ようするに「患者」という意味ですね。
松家
はい。本当に最晩年まで、
患者さんの面接、
つまりインタビューを続けていたんです。
──
それはつまり、治療として。
松家
はい。河合さんの方針というか、姿勢は、
たったひとつだったようです。
とにかく聞く。それだけ。

患者さんに対して、
ああしろ、こうしろという指図は
絶対にしない。ただただ「聞く」んです。
──
患者さんの側からすると、
「先生に話を聞いてもらっている」
という状態。
松家
だから、その聞き方に‥‥
やはり「信頼関係」というものが、
関係しているんだと思う。
──
自分の話を、
無条件に受け入れてもらえるって、
大きいことなんでしょうね。
松家
と、思いますね。

分析するとか、
治すための方向を示してくれるとか、
それが治療への道筋じゃないんだと。
とにかく「聞き続ける」ことで、
クライアントが自分で変わっていく、
それに、黙々とつきあって待つんだ、
と言うんです。
──
なるほど‥‥。
松家
ただただ聞く、というのは、
すべての人にとって大事なことかもしれない。

でもね、ただふんふんと受け身で聞くのって、
かなり難しいことですよ。
やってみればわかると思いますけど。
──
たしかに、そうだと思います。
松家
河合さんは、刀を抜かずして
相手を降参させるような剣の達人だったから、
できたのかもしれないですね。
──
原一男監督も、おっしゃってました。

インタビューを長くやってこられて、
どんな人間観を持っていますか、
というような質問をしたら、
「人間というものは、
 どんな人であれ、ほぼ間違いなく、
 自分のことを理解してもらいたい、
 そう思っているはずだ」って。
松家
いや、本当に。
──
口下手な人も、饒舌な人もいるけど、
自分のことを
まったく理解されなくてもいいって
思っている人はいないと思う、って。
松家
うん。そうなんでしょうね。きっと。

<つづきます>

2019-02-23-SAT

『伊丹十三選集』刊行記念
「伊丹十三と猫」
をTOBICHIで開催します!

松家仁之さんが第1巻を編集なさった
岩波書店『伊丹十三選集』が、
第3巻の刊行をもって、完結しました。
(第2巻は建築家の中村好文さん、
第3巻は伊丹十三さんのご次男、
伊丹万平さんによる編です)

Amazonでのおもとめは、こちら

これを記念して、
TOBICHIの「すてきな四畳間」にて、
「伊丹十三と猫」を開催します。
期日は、2月22日の金曜日、
「ニャーニャーニャーの日」から。
伊丹さんと猫にまつわる展示をしつつ、
『伊丹十三選集』はもちろん、
伊丹十三記念館オリジナルグッズや、
今回だけの記念グッズなど、
お買いものも楽しんでいただけます。
くわしくは、
催しの特設サイトでご確認ください。