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志村宏さん 山から、野から、畑から色を。

今回から3回にわけて、
atelier shimuraで染めを担当している
志村宏(ひろ)さんに伺った話をお届けします。
昌司さんの9つちがいの弟である宏さんは
30代に入ってから、野菜づくりの世界から、
この「染め」の仕事に入りました。
そこにいたる経緯は? 染めの難しさとは?
とくに今回のストールを染めるための試行錯誤は、
私たちの想像を超えるたいへんさがあったようです。
そして藍づくりの現場も見せていただきながら
植物染料による染めの世界の深さを
体感していただけたらと思います。

志村宏さん2

染めるということ。

3年くらい前のことです、
ずっと絹を染めてきたなか、
綿の混紡のストールをつくろうということになり、
綿と絹の混紡の糸を染める実験を始めました。
しかも、従来のシムラの染め方ではなく、
このストール用に染めるやり方を考えることにしたんです。
シムラの場合は、色を揃えるだとか、
「この色が欲しいからこうする」
っていうことがないんですね。
結果は「植物から頂いたもの」ですから、
ずれて当たり前なんです。
ところが、結果をある程度揃えたいっていうのが、
こういったストールの商品としての性質ですよね。

そこがやっぱりいちばん苦労した部分です。
今までの染め方だとどうしても「ずれて」くるんですよ。
なので、ちょっと面倒くさいやり方というか、
一度作ったものを、分量にしろ媒染剤の量にしろ、
全てを統一しました。
染め方も、一気にその液を使うんじゃなくて、
自分の持てる糸の数に合わせて水を小分けにして染めます。
そして、違う液で、新しい糸を染める。
そういうやり方じゃないと、
ずれてくるんです、どうしても。

つまり、糸と液は「初めて接触させる」。
1人が3綛(かせ)しか持てないので、
合計30綛つくるためには、
10回に分けないといけません。
もちろん同じ作業でも、6綛持てる人、
5綛の人、バラつきが出ます。
そうすると色がバラバラになっちゃう。
そこで綛の数を決めたんですが、
その作業工程って、ふだんと比べて、
すごく遠回りなんですね。
今までだったら持てるだけいっぱい持って、
いっぱいの色から染め始め、
少しずつ色が淡くなっていくので
それでグラデーションを作ったり、
そういうことをしてるんです。
でも全てを統一させるっていうことは、
そういう分量を敢えて量るっていう、
従来のシムラのやり方とはやっぱりかけ離れたやり方を
とらなければなりませんでした。

▲いろいろ試行錯誤して、ほんとうにたくさんの糸を染め上げ、こうしてストールができあがりました。
それがいかに大変なことなのかを私達が知ったのは、こうして取材をさせていただいてからの事。

教科書がない、レシピもないと言っているのに、
逆にマニュアル化してしまう行動をとらなければならず、
ちょっと精神的にもおそらくみんな
「習ってたんと違うな」っていうふうに
思ってたんじゃないかなと思います。

「染め終わり」は、ふだんの染めにおいては
自分の感性で「この色だ」というところで止めますし、
植物から「頂いた」色を使うわけですが、
ストールの場合は、理想とする色がありますから、
そのイメージをもって炊き、
その域に達しているなと思えば終わりにします。

ふだんは、「今日は10綛染めて欲しい」って言われれば、
強いのと弱いのと中間と、4、3、3というふうに
振っておいて、強いの染めて真ん中染めて、
最後に弱いのを染めるとか、そういうふうに
3パターンぐらいに絞ります。
「グラデーションを持たせてくれ」っていう場合は、
10パターンぐらい幅を持たせてつくることもできます。
それは作家ものと工房ものでも違いますし、いろいろです。
▲最初のものは濃く染まって、何度もそめているうちに徐々にうすくなっていきます。それが自然なグラデーションに。
3年前から1年ほどかけて
ストールの糸の染め方を確立したわけですが、
いざ本格的に染めはじめると、
それでもばらつきは出ました。
とくに日にちがずれると、
どうしてもずれちゃうんですよね。
出来上がりの液がその日によって違うので。
では、せめてその日に染めたものだけでも
揃えようということになりました。

いろいろ苦労もありましたよ。
「苦労しか、しなかった」と、
よく冗談で言ってるんですが、
ここまで来るのは試行錯誤の連続でした。

たとえば、夜叉五倍子(やしゃぶし)を扱うのは
初めてのことでした。
今までは百日紅(さるすべり)で
こういう色に近いものを作っていたんですけど。
夜叉五倍子で染めて鉄で媒染するのが、
いちばん苦労したかもしれません。
▲夜叉五倍子を鉄媒染しているところ。
グレーの色があらわれました。
というのは、鉄媒染は「流し水」っていうのを
最後に必ずするんです。
鉄っていうのは非常に強い存在なので、
そのままいつも通りに洗って干したりすると、
その鉄が物干しに付いたり、
他に影響する可能性が強いんです。
ですから水洗いのあと、しばらく水に浸けて、
チョロチョロ水を流します。
それが、夜叉五倍子の鉄媒染だけは、
ふつうの10倍くらい流し水を使うんですよ。
▲こんなふうに、水をためたところに媒染した糸を入れて、流し水をします。
なぜなら、夜叉五倍子の鉄が流れたとき、
ムラになりやすいことが分かったんです。
全体的に流れてくれたら、
色が揃ってくれていいんですけど、
1箇所だけ非常に落ちて、
1箇所鉄が残るというような、
すごいまばらになってしまって。
10綛まとめてバケツに入れて、
水を流しながら、1綛ずつ減らしてみたり、
水圧をシャワーのようなものに変えながら
どうやったら1番落ちるかなと実験を繰り返しました。
最初、30綛作るのに、3日ぐらいは夜中に起きては
どうなってるかっていうのを見ながらやって、
やっと行き着けたやり方で、できるようになったんです。

ちなみに、なぜ百日紅を使わなかったかというと、
そもそも「黒」は植物からとれない色なんですよ。
で、近いものをとるのに百日紅を使っていたんです。
でも兄(昌司さん)には、
なんとか黒も植物から欲しいという願いが
今もあるんです。
そんなとき、ある染色家さんの展覧会に行き、
本当に黒に近い色のものが
夜叉五倍子でできていたのを見つけたんですね。
それで「夜叉五倍子を試してほしい」と言われ、
始めることになったんです。
いまは黒に近い色が夜叉五倍子で染まるようになって、
これから特にアトリエのほうでは
黒も植物染料で使ったようなものを
やろうかと考えています。

そして黒を出すときに、暗い色を出す媒染は鉄です。
けれどもその鉄は糸にダメージを与えるんですね。
しなやかな糸が、鉄を使いすぎると、
ももけて、もちゃもちゃしてくるんです。
絡まりやすく、切れやすくなる原因の元になる。
だからシムラでは鉄媒染は、非常に注意深く使います。
具体的には木酢酸鉄といい、畑でも虫よけに使いますね。
もともとは炭を水に浸けたり、蒸気をあてて、
滴り落とす液なんですけれど。

▲玉ねぎを鉄媒染しているところ。明礬(みょうばん)や石灰で媒染するよりもぐっと深みが増し、カーキのような色に染まります。

そもそも「まだらになってはいけないのか?」
ということもありますよね。
ぼくも「好きなまだら」というのがあるんですが、
好きなほうとそうじゃないほうの差が激しかったんです。
先ほどの「流し水」、鉄媒染は強めにかけるんですが、
綿っていうものが染まりにくい、
発色しにくいという性質があるので、
強めの媒染剤にしたところ、
こんどはくすんで見えたんです。
なのでその按配をかえて
「キレイにとれたな。
これは植物の由来の色が色濃く出て、
なおかつ鉄の重みがついたな」
っていう色にそろえることを考えました。
「こうなるならば、これを目標にしたい」と。

色がうまく出ない原因は、糸にもありました。
「ヒビロ」という、綛を束ねる糸がありますよね。
それがキツすぎて、糸をぎゅってしてるもんだから、
そこだけ鉄が落ちなかったりとか。
だから大もとに連絡して「ヒビロをゆるくしてくれ」とか、
そこにも試行錯誤があって、
やっとこの色に落ち着いたんです。

▲細かいようなことですら、問題が山積みでした。

以前「ほぼ日」さんから
「織ったあとに染めてみては?」
という提案をいただいたことがありました。
それもやってみたんですが、
真っ先に思ったのは、生地をずっと付きっきりで
染めることは体力的にキツイということです。
生地の場合は浸け置きっていう方法がありますが、
それにしても付きっきりでやるかって言われると、
それは厳しかったんですね。

ちなみに染めたときにできる染めムラは、
人によってはNGだと思います。
ぼくはムラ自体が悪いわけではないと思っていますが、
キレイに染まったものと見比べたとき、
気持ちとしては「どうかな?」と思います。
うまく染められるなら染めてあげたいなと。
生地もそういうほうが嬉しいような気がします。
その前のワタの状態で染めると、
ムラになってもそこから紡績されますから、
全体的に収まるんですが、
やってみると、これはものすごく重い。
ワタの状態で染めて持ち上げるのは、
続けるのにはとてもつらい作業なんですよ。
そういうわけで「糸を染める」ことは
変えずにやっています。

▲同じストールでも、1枚、2枚、4枚と、重ね方で色の雰囲気がかわります。

このストール、1枚がすごく薄いじゃないですか。
「かさね」っていう色の見方があって、
1枚ものと薄いのが重なると色目が変わりますよね。
昔から日本には「桜がさね」とか、
そういう言葉があるぐらい。
ですから、同じ系統のもの、
特に、1つの染料で媒染違いの色は絶対に合います。
2枚を重ねてもいいと思います。
とくにグレー系は
組み合わせる色をえらばない。
全部合わせられると思います。

▲atelier shimuraのお二人がストールを巻いてみてくださいました。
こんなふうにラフに巻いてもすてきです。

(つづきます)

2016-10-25-TUE

Photo: Hiroyuki Oe, Chihaya Kaminokawa