── レーシングカーのコクピットって、
どんなところなんですか?
琢磨 ドライバーにとっては完全な仕事場ですけど、
居心地が‥‥すごくいいですね。
── へぇー‥‥。
琢磨 走ってなければ居眠りしちゃうくらい(笑)。
── それほどまでに!
琢磨 テストを走ってガレージに戻ってくると、
みんなが作業していても
ほんと、すぐに寝ちゃいそうになるんです。

エンジンは暖かいし、座り心地はいいし。
── 琢磨さんの身体の型どおりに
ドライビングシートを成形してるんですよね。
琢磨 そうなんです。だから、ものすごく快適。

ステアリングも、ペダルの位置も
すべて、ぼくにとって完璧なポジションにある。

琢磨選手の身体に沿って成形されたシートを入念にフィッティング。
── まさに自分専用の空間、なんですね。
琢磨 どんなスポーツでも同じだと思うんですが、
フォームは大切じゃないですか。

レーシングドライバーも一緒で、
最適なドライビングポジションというものが
それぞれに、あるんですよ。
── ええ、ええ。
琢磨 それに、ほんのちょっとした不快感も
レースでは
パフォーマンスに大きく影響してきますから、
徹底的に取り除きます。
── インディレースでは
10000分の1秒を争うんですものね。
琢磨 逆に言うと、ぼくのコクピットを
快適だと思えるのは
世界にただ一人、ぼくだけ。

他のレーシングドライバーが座ったら
ステアリングが近すぎたり、
ペダルのポジションが合わなかったり、
そもそも、シートに身体が入らなかったりとか、
ものすごーく不快でしょうね。

数分も座っていられないと思います。
── ‥‥先日、飛行機のパイロットのかたに
同じ質問をしたら
琢磨さんと同じようにニコニコして
「良いところですよ」と。

だからコクピットって、
なんだか、
オレだけの聖域だぜって感じで、
いいですよねぇ‥‥。
琢磨 ぼくたちドライバーにとっては
車と一体になれるのが、コクピットです。

ですから、
おっしゃるように、とても神聖な場。
── なるほど。
琢磨 ハーネス(シートベルト)を締める作業も
締める順番や圧が少しでも狂うと、
いちどコクピットから出て
はじめから、やり直しをするくらいです。
── まるで儀式のようですね。
琢磨 まさに、そんな感じかもしれません。

自分だけのドライビングシートに座って
ぐっとハーネスを締め、
バイザーを下げてエンジンをかけた瞬間‥‥
ドライバーとマシンは一体になる。
── うわー‥‥か、かっこいい。
琢磨 でも暑いです(笑)。
── ‥‥エアコンとかは、あるんですか。
琢磨 残念ながらないです。
── それは‥‥あまり関係ないんですか?
琢磨 コクピットが快適かどうかについては
レース中になると、話がまったく別。

とくに暑い地域でのレースは、地獄です。
── 地獄!
琢磨 たとえば、F1のマレーシアGPなどでは
気温35度、湿度90%、
路面温度は50度以上にのぼります。

そんな環境でのレースでは、
吸い込む息がドライヤーですね、熱風で。

2008年のマレーシアGP、セパン・インターナショナル・サーキットにて。
── そうですよね、過酷なレースが
エアコンで凉しく快適‥‥なはずないですよね。

実際のレースが厳しいものだからこそ、
コクピット自体のつくりは
完璧なものでないと、ダメなんでしょうね。
琢磨 そうですね。
── 猛スピードで走っていると
涼しいんじゃないかとか思っちゃいますが、
まったく、そんなことないんだ。
琢磨 もちろん、受ける風はすごいんですが、
かなり水分を失います。

レース中、
1リットルくらいの水分を補給しながらも、
レースが終わると
2キロ以上、体重が落ちてますから。
── 都合3キロくらいの水が出ていると。
琢磨 そうなりますね。
── 先ほど、インディカーは700馬力だとか
以前F1で採用されていたエンジンは
900馬力もあった、
みたいなお話が出ていましたけど‥‥。
琢磨 ええ。
── 普通車しか運転したことない身からすると
レーシングカーが
どんなふうに「モンスターマシン」なのかが、
いまいち、ピンと来ないんです。
琢磨 はい。
── その‥‥アクセルを踏んだら
「ギュン!」って
すっ飛んで行っちゃうような
感じなんでしょうか?
琢磨 カタパルト発進です(笑)。
── ‥‥乗ってみたいような、怖いような。
琢磨 速さには、車重も大きく影響します。

一般的な車は1500キロくらい、
重い車だと2000キロ、2トンぐらいですよね。
── 最近車検に出したので覚えてるんですが、
うちの車は、1.5トンでした。
琢磨 ‥‥というような重量にたいして
パワーは、それこそ150馬力くらいかな。
ハイパワー車でも
300馬力あれば立派なスポーツカーです。
── ええ、ええ。
琢磨 これが、インディカーになると
重量が800キロくらいで普通車の半分以下。

なのにパワーは700馬力で、
ようするに3倍近く。

エンジンのレギュレーションが
今とちがってたころのF1マシンだと
もっと強烈で、
車重が650キロくらいしかないのに、
900馬力も出る
オバケのようなエンジンを積んでたんです。
── サーキットでF1を観たことのある人に聞いたら
「スタートと同時に
 さっきまでそこに並んでいた車が
 一瞬のうちにいなくなった」
というようなことを、言っていました。
琢磨 そうですね‥‥でも、
加速についても、もちろんすごいんですが
実際にレースをごらんになられて
何よりも驚くのは
きっと‥‥ブレーキングの性能ですよ。
── え、止まるほう?
琢磨 レーシングカーって、
この世のものとは思えない勢いで
止まる
んですよ。
── へぇー!

テレビ画面で見るかぎりは、
その感じは、ちょっとわからないですね。
琢磨 実際、コースサイドで見ていると、
怖いくらいです。

こんなスピードでコーナーに突っ込んで、
どうやって止まるんだろうって‥‥。

あの動きは
人間がイメージできる
物理法則の範囲を超えちゃってる

と思う。
── そんなにですか!
琢磨 ジュニアカテゴリーぐらいだと
ブーンという感じでコーナーに入っていって、
「ああ、
 そんな感じで曲がってくんだな」って
納得できるんですけど、
F1やインディレースのコーナーは
みなさん、びっくりしますね。

「あり得ない」と。
── ‥‥超見てみたくなりました。
琢磨 コーナーを曲った瞬間、サッと消えていく、
そのスピードが半端じゃない。

地上を走る物体が
どうしてあんなスピードを出したまんま
曲がれるのか、
はじめて見たときは、本当に驚きました。
── あの‥‥ドライバーのみなさんって
レース中は、
ただ運転してるだけじゃないんですよね、たしか。
琢磨 電子制御満載のF1時代は
ビデオゲームのコントローラー並の
ボタン数でしたが、
今はメカニカルな装置を動かしたりしてます。
── たとえば、どんな装置ですか?
琢磨 そうですね‥‥ちょっと専門的になりますが、
アンチロールバーという
サスペンション構造の一部を操作します。
── それは何ですか?
琢磨 コーナリングするときに起こる車体の傾き、
つまり「ロール角」という「ねじれ」具合を
調整するんです。

これを、前後で別々にコントロールする。
── ははぁ。
琢磨 ようするに、
サスペンションを硬くしたり、柔らかくしたり
することによって
ハンドリングのバランスを
いちばんいい状態に持っていくわけですね。
── そうしないと‥‥。
琢磨 ハンドリングが悪化してペースが落ちます。
── なるほど。
琢磨 また、楕円形のオーバルコースのように
路面に傾斜がついているコースを走るときには
ウェイトジャッカーという機構を操作して
車内から右リアの車高を調整しています。
── 何のために、でしょうか。
琢磨 たとえば、ウェイトジャッカーを使って
右リアの車高を高めに調整してやると、
対角線上にある左フロントのタイヤに
より多くの荷重が掛かるようになって、
フロントのグリップ力が増すんですよ。
── ああー‥‥。コースが傾いているから
そういうことをするわけですね。

レース開始直後のカンザス、オーバルコース。
琢磨 そういう作業をしながら、
車輪の接地圧を、細かく調整しているんです。

レースでは同じコースを何十周もしますので、
ぐるぐるとまわりながら
アンチロールバーと
ウエイトジャッカーを微妙に調整して
つねに修正を加えつつ、
最適な車の状態をつくっていくんです。
── 時速300キロの中で
チューニングをしつつ、走ってるんですか。
琢磨 はい。
── それって‥‥
数センチとか、数ミリの世界ですか?
琢磨 うん、もちろん、もちろん。
── そんなので、変わるんですか。
琢磨 変わります。

逆に、そういった修正をしつつ走らないと
大きくタイムをロスしてしまいます。
── そんなことしてたんですか‥‥。
琢磨 それが、オーバルなんです。
── 化け物みたいにパワーの出る車で
時速300キロものスピードを出しながら、
つねに、コクピットから
数ミリの単位で
車体をコントロールしていたとは‥‥
いま、本当に驚いています。
琢磨 でもね、そういう走りかたって
オーバルという
インディー独特のコースに特有のものだし、
F1のときには、
経験できなかったことだったんで‥‥。
── どうでしたか、やってみて。
琢磨 はじめは、なかなか難しかったです。
奥が深いなと思いました。
── そうですか。
琢磨 そして、
ものすごくおもしろかったんです、これが。
  <つづきます>
2011-03-02-WED
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もくじ  
第1回 時速300キロ超の世界。 2011-02-28-MON
第2回 F1撤退、インディ参戦。 2011-03-01-TUE
第3回 コクピットという「聖域」で。 2011-03-02-WED
第4回 20歳からの挑戦。 2011-03-03-THU
第5回 挑戦し続ける、ということ。 2011-03-04-FRI
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