がんばれ、加藤麻理子。
障害は、馬と跳ぶ。アテネ五輪への道。
スペインで闘牛士を目指している日本の青年の連載が、
とても熱心に読まれたのを憶えていますよね。
それと、似ているようでもあるけれど、
ちょっとちがうかもしれません。
こんどは、牛でなく馬で、男性でなく女性で、
プロになるというより、
アテネ五輪に出て勝つことが目的。
知っている方も多いかもしれません。
障害馬術競技の選手、加藤麻理子さん。
アテネでのオリンピック出場権は獲得したものの、
2004年のその日、その場にたどりつくためには、
現実という大きな障害を、跳び続ける必要があります。
ゆったりと優雅に思えるこのスポーツで、
頂点に立つということが、
どれほど過酷で厳しいものなのか。
なぜ、そんなに強く、
ひとつのことを追いかけられるのか。
強い意志と、
馬に負けないくらい澄んだ瞳を持つの彼女を、
「ほぼ日」は応援していきます。

加藤麻理子は、
アテネまでの障害を跳び越えられるか?!

<加藤麻理子プロフィール>
1972年7月25日生まれ。東京都出身。
史上最年少で全日本障害ジュニア選手権準優勝。
19歳で世界最高峰の馬術競技を開催する
カナダ・カルガリーのスプールメドウズに遠征。
女性史上最年少で
全日本中障害選手権大会にて優勝。
反対する両親を説得し、21歳で単身スイスへ渡る。
多くの国際試合で好成績を記録。
シドニー五輪予選選考会にて
最有力候補とされていたが、
最終障害にて転倒落馬し、シドニーへの切符を逃す。
アテネ五輪予選会にて団体戦優勝。
五輪団体出場権獲得。
現在、来年のアテネに向けてドイツでトレーニング中。

<障害馬術とは>
障害馬術は、アイルランドの王侯貴族らが石塀や柵を
馬と共に飛び越していたものが競技へ変化したと
言われている。
乗り手と馬が意思の疎通を図り、約15の障害物を
いかに正確に美しく時間内にクリアするかが
競技のポイントである。

第10回 いかなるときも、最善手を指す。



糸井 羽生さんは、ただ、ただ、おだやかで。
自分に対して分析的で。
ありのままを、そのまんま言える人なんです。
で、将棋のときには、
相手を倒すわけですからね(笑)。

ただ、その羽生さんが言ってる中で、
僕は、自分のコンピューターに
メモしてる言葉があるんです。
加藤 何ですか?
糸井 「有利なときも、不利なときも、
 最善手を指すだけです。」


っていう言い方があるんです。

最善手っていうのは、いちばんいい手。
この局面では、
ここに打つのがいちばんいいんだっていう手を、
絶えず打ってることが勝つことなんだ、

っていう発言があるんです。
それはね、あれだけやってきた人が言うとね、
‥‥そうだなーっ!って思うんです(笑)。

普通、相手がこう来たらこう出るだとか、
絶対それにとらわれるんですよね。
で、最善手じゃないけれども、
この場合にはこうでしょう、ってことを、
やってみたくなるんですよ。

だけど、相手の動きと関係なく、
最善手は必ずあるんですよね。

それをやることです、って
ものすごい信念を持って言ってるんです。
加藤 なるほどー!
糸井 僕、20代の羽生さんから
どれだけヒントもらってるかわかりませんよ。
でも、会ったらそんな人に見えないんです。
子どもが2人いる、もう、人のいいパパですよ。
でも、鬼のように強いらしいですよ(笑)。
加藤 (笑)
糸井 そんな人でもね、
あと2手で自分が勝つっていうのを
見逃して負けたりしてるんですよ。
そんなことが有りうるんですね。
だから、経験なんですよね。

若くてどんどん上がってくるとき、
ピークに立ったとき、
それから今、って、
いろんな時代をどんどん経験してるから、
羽生さんの発言は面白いよ。
その上で、なんのプレッシャーも感じさせない。
強いって、そういうことなんでしょうね。


相手にプレッシャーを感じさせるほど
ファイティングスピリットがあるって、
美意識からいってもかっこ悪いじゃないですか。
加藤 そうですね。
糸井 自分は、そっちにいきたいですね。
こういう対談なんかでもそうなんですけど、
ものすごくリラックスしてないと
できないじゃないですか。
だけど、リラックスも含めて真剣勝負なんですよね。
で、相手について下調べなんか、
そんなにしておけるはずがないんですよ。
だけど、素人のときは下調べしたくなるんですよ。

で、自分が知ってることと
重なるように重なるようにするから、
「よく訊かれるあの質問」と同じになっちゃう(笑)。
そうすると、つまんないでしょう。

自分が恥かくとか、なんとかっていうの、
ぜんぶ忘れたときが、
いちばんのファイティングスピリットで。

対談のファイティングスピリットって、
きっと、平気で裸になれることだと思うんですよ。
そうすると、一緒に探せるんですよ、テーマが。

そのときには、なんで素人みたいなこと言うの?
っていうのも含めて、
お客さんと自分たちが楽しいんですよね。
で、それが、日常でもあるんです、遊んでても。
で、きっとそこでは、
勝ち負けではないんだけど、
なんかあるんだよ、それ。
別の、なんだろう、
ほんとうの自分が、
動いてる自分に変わるときかなぁ。

僕は、ほっとくと、ソファーの上で横になって
ずーっと一日中いられる人ですから。
ひどいんですよ(笑)。
加藤 そうなんですか?
すごく意外です(笑)。
糸井 そう、外に出たときには、やっぱり、
それとはちょっと違う。
だけど、加藤さんみたいに、
「人と会ってるときが楽しいです」って言ってて、
特に自分で考えようとしてる人の話を
聞いてるときって、のるんですよ、そこに。

加藤さんにとっての馬と
おんなじなのかもしれないけど、
あの馬に乗ったら、新しい乗り方が、
なんかわかったような気がする、みたいな。

で、「あー、楽しかった!」って言って、
2度と会わなくても楽しいんです。
で、その気分みたいなのが、
自分の生活の場っていうのは、
馬鹿にされてるお父さんですよ、ただの。
「ほんっとにこの人は役に立たない」
と思われてるからね(笑)。
加藤 あははは。
糸井 生活までヨーロッパに行っちゃうと、
つい生活習慣の中でも、日常的に、
「あの人たちのすごさ」を見ちゃうから、
ぜんぶを考えなきゃなんなくて、
読む本が多くなり過ぎちゃうんじゃないかと思う。

言葉も、向こうが先輩だから。
たとえばドイツ語にしたって、
あっちは、なんにもしなくたっていっぱい喋れるし、
こっちは必死になんないと喋れない。
そこで、勝ち負けが、無意識のうちにつきますよね。
それで、守りに入ってしまうのかもしれない。

生活場面では、
もうまったく無能でいいんじゃないですか?
たぶん。
で、それでいいや、って思えたら、
ものすごく変わるかもしれない。
渡すものはみんな渡しちゃって(笑)。
で、素っ裸の自分が、ここだけ、
っていう場所を作るのが、
瞬間でしかないんじゃないのかな。


競技の中でも、ぜんぶ緊張してたら、
競技じゃないですよね。
零点何秒みたいなのを、ぜんぶ足しても、
総計3秒くらいの試合じゃないですか。
僕は、想像でしかわかんないんだけど。
加藤 この瞬間だ、という感覚はあります。
糸井 格闘技の選手に聞いたんですけど、
そういう瞬間って、
1試合に4回しかチャンスがないんですって。
両方ともプロ同士で、わかってるんで、
隙のことも何もかも、ぜんぶわかってるんですって。
でも、相手もそれをわかってるんで、
今いける、っていうチャンスは
4回ぐらいしかないんだって。
で、それを見つけてかかるんで、
自分では試合が終わったら、
ほんっとに相手の人のことを好きになるんだって。
加藤 へえ!
糸井 そんなに高度な、微妙な零点何秒を、
わかりあってる2人が、
あのリングの上にいるんです。
で、その4つの瞬間をわかってて、
「オレがああした時に、おまえはああしたっけな」
って、誰にもわかんないけど
おまえとオレにだけはわかるって感情が生まれてきて、
抱き合うんですって。
それが、ほんっとに嬉しいらしい。

だから、あらゆるスポーツって、
零点何秒足したぐらいしか、
ほんとの試合ってないんじゃないかって
気がしてるんです(笑)。
加藤 うん、うん、うん。
わかります。
糸井 で、後は、慣れでできることに
持っていくかどうかなんですよね。
素人は、あらゆる時間が慣れてないから、
慣れでなんかできない。
ルーティーンで、
自然に体ができてますからねって場所を、
確実にやって、
勝負どころの零点何秒間かみたいなのは、
さっき言った、守りか攻めかで、
まったくひっくり返ってくるでしょうね。

そこの零点何秒で、
攻めるってきらめきがあったら、
きっと、いけるんじゃない?
口で言うのは簡単だけど、
そのために何するのかっていう練習は、
ルーティーンワークの部分を
どれだけ増やせるかでしょうね。
だから、それは経験ですよね。

そういうことをたぶん、
羽生さんとかはやってるんですよ。
加藤 ああ、そうですね。
糸井 読めば何手でもわかるらしいですよ。
で、経験の中の、
「あの時のあの手」っていうの、
ぜんぶ言えるらしい。
で、そんな人が、
勝ったり負けたりするってことだけでも、
考えられないじゃないですか。
それはもう、瞬間、なにかが
繋がってるみたいですね。
僕自身もスポーツマンに当てはまるかどうか
わかんないんだけど、
たぶんそうだろうな、と思いながら
いろいろスポーツ見てるんですけど、
面白いですね(笑)。

フォーメーションのない競技っていうのは、
もっと複雑ですよね。
お相撲でも、押しだしの相撲って、
ほんとうに難しいらしいですからね。
あの、土俵から出すだけの中に、
ものすごいいろんな葛藤があるらしいですよ。
それはね、えれぇ大変なことを
やってんだと思いました(笑)。

だから、ヨーロッパに行って、気合負けするのは、
僕は生活で負けてるんじゃないかな、
っていうのが想像できるな。
向こうのほうが、ぜんぶ上ですもん。
で、そこでは負ければいいんだ、って思ったら、
エネルギー起るような気がするなー。
加藤 気が楽になりました。
今回、日本とドイツを行ったり来たり、
やってるんですけど、
そんな選手はあんまりいないんです。
私は何をやってるんだろうと思ってて。
そこで劣等感というか、
そういうのはあるのかな、って思ってました。
そういうの、忘れよう。
もう気にしません!
糸井 そうですか。
僕も、わかんないまま言ってるんですけど、
僕はそんなふうに思います。
加藤 すごい、なんか、
言葉でそこまで言われるのは、初めてなんです。
すごくよくわかります。
糸井 加藤さんが、そういう「絵」を見せてくれたんで、
僕はその絵を観賞してるだけなんです。
加藤さんのいる絵を見て、
へーっ、って思っただけのことですから。

それから、プロデューサーとして動くときも、
相手がぜんぶ「大人」になるんですよ。
プロデューサーっていうのは、
年取れば取るほど得ですから。
そのときに、ビジネス用語も出てくる、
細かいお金の計算なんかでも、
おまえそんなことも計算しないで俺に言ってるのか?
って言われることもあるかもしれない。

そうすると、また外国語と同じなんです。
不得手なことばっかしなんですよ。
そのときにも、平気でいたほうがいい。
大事なことは、違うとこにあるから。
なめてかかったほうがいいですよ。
加藤 (笑)
糸井 僕もできないですけどね。
すげーなと思っちゃったりする。

でもね、いっぱいもの知ってるとか、
得意なジャンルでいっぱいこう出してきて
攻めてくるって人に会ったときは、
ああ、すげぇな、って思っとけばいいんですよ。
馬に乗せたら乗れないんだから(笑)。
加藤 (笑)
糸井 種類は違うけど
質の高さで自分は勝ってるんだって、
思えたほうがいいです。
そしたらぜんぶ楽になりますから。
加藤 はい、なんか力がいい具合に抜けそうです。
ありがとうございました!
糸井 ありがとうございました。

◆◆◆

加藤麻理子さんとdarlingの対談は、
これで終了しました。
みなさん、ありがとうございました。

勝負することについて、生活することについて、
仕事をすることについて、
いつも、最善手を意識していければと思います。
(それがとても難しいのですが!)

来年7月のアテネオリンピックで、
加藤さんが最善手を指す姿を、
みんなで応援したいですね。
「がんばれ、加藤麻理子!!!」


加藤麻理子さんは、
プロフェッショナル・マネージメント株式会社に所属しています。
http://www.professionalmanagement.jp/sports.html

加藤麻理子さんへの激励や感想などは、
メールの表題に「加藤麻理子さんへ」と書いて、
postman@1101.comに送ってください。

2003-10-08-WED

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