糸井 |
羽生さんは、ただ、ただ、おだやかで。
自分に対して分析的で。
ありのままを、そのまんま言える人なんです。
で、将棋のときには、
相手を倒すわけですからね(笑)。
ただ、その羽生さんが言ってる中で、
僕は、自分のコンピューターに
メモしてる言葉があるんです。 |
加藤 |
何ですか? |
糸井 |
「有利なときも、不利なときも、
最善手を指すだけです。」
っていう言い方があるんです。
最善手っていうのは、いちばんいい手。
この局面では、
ここに打つのがいちばんいいんだっていう手を、
絶えず打ってることが勝つことなんだ、
っていう発言があるんです。
それはね、あれだけやってきた人が言うとね、
‥‥そうだなーっ!って思うんです(笑)。
普通、相手がこう来たらこう出るだとか、
絶対それにとらわれるんですよね。
で、最善手じゃないけれども、
この場合にはこうでしょう、ってことを、
やってみたくなるんですよ。
だけど、相手の動きと関係なく、
最善手は必ずあるんですよね。
それをやることです、って
ものすごい信念を持って言ってるんです。 |
加藤 |
なるほどー! |
糸井 |
僕、20代の羽生さんから
どれだけヒントもらってるかわかりませんよ。
でも、会ったらそんな人に見えないんです。
子どもが2人いる、もう、人のいいパパですよ。
でも、鬼のように強いらしいですよ(笑)。 |
加藤 |
(笑) |
糸井 |
そんな人でもね、
あと2手で自分が勝つっていうのを
見逃して負けたりしてるんですよ。
そんなことが有りうるんですね。
だから、経験なんですよね。
若くてどんどん上がってくるとき、
ピークに立ったとき、
それから今、って、
いろんな時代をどんどん経験してるから、
羽生さんの発言は面白いよ。
その上で、なんのプレッシャーも感じさせない。
強いって、そういうことなんでしょうね。
相手にプレッシャーを感じさせるほど
ファイティングスピリットがあるって、
美意識からいってもかっこ悪いじゃないですか。 |
加藤 |
そうですね。 |
糸井 |
自分は、そっちにいきたいですね。
こういう対談なんかでもそうなんですけど、
ものすごくリラックスしてないと
できないじゃないですか。
だけど、リラックスも含めて真剣勝負なんですよね。
で、相手について下調べなんか、
そんなにしておけるはずがないんですよ。
だけど、素人のときは下調べしたくなるんですよ。
で、自分が知ってることと
重なるように重なるようにするから、
「よく訊かれるあの質問」と同じになっちゃう(笑)。
そうすると、つまんないでしょう。
自分が恥かくとか、なんとかっていうの、
ぜんぶ忘れたときが、
いちばんのファイティングスピリットで。
対談のファイティングスピリットって、
きっと、平気で裸になれることだと思うんですよ。
そうすると、一緒に探せるんですよ、テーマが。
そのときには、なんで素人みたいなこと言うの?
っていうのも含めて、
お客さんと自分たちが楽しいんですよね。
で、それが、日常でもあるんです、遊んでても。
で、きっとそこでは、
勝ち負けではないんだけど、
なんかあるんだよ、それ。
別の、なんだろう、
ほんとうの自分が、
動いてる自分に変わるときかなぁ。
僕は、ほっとくと、ソファーの上で横になって
ずーっと一日中いられる人ですから。
ひどいんですよ(笑)。 |
加藤 |
そうなんですか?
すごく意外です(笑)。 |
糸井 |
そう、外に出たときには、やっぱり、
それとはちょっと違う。
だけど、加藤さんみたいに、
「人と会ってるときが楽しいです」って言ってて、
特に自分で考えようとしてる人の話を
聞いてるときって、のるんですよ、そこに。
加藤さんにとっての馬と
おんなじなのかもしれないけど、
あの馬に乗ったら、新しい乗り方が、
なんかわかったような気がする、みたいな。
で、「あー、楽しかった!」って言って、
2度と会わなくても楽しいんです。
で、その気分みたいなのが、
自分の生活の場っていうのは、
馬鹿にされてるお父さんですよ、ただの。
「ほんっとにこの人は役に立たない」
と思われてるからね(笑)。 |
加藤 |
あははは。 |
糸井 |
生活までヨーロッパに行っちゃうと、
つい生活習慣の中でも、日常的に、
「あの人たちのすごさ」を見ちゃうから、
ぜんぶを考えなきゃなんなくて、
読む本が多くなり過ぎちゃうんじゃないかと思う。
言葉も、向こうが先輩だから。
たとえばドイツ語にしたって、
あっちは、なんにもしなくたっていっぱい喋れるし、
こっちは必死になんないと喋れない。
そこで、勝ち負けが、無意識のうちにつきますよね。
それで、守りに入ってしまうのかもしれない。
生活場面では、
もうまったく無能でいいんじゃないですか?
たぶん。
で、それでいいや、って思えたら、
ものすごく変わるかもしれない。
渡すものはみんな渡しちゃって(笑)。
で、素っ裸の自分が、ここだけ、
っていう場所を作るのが、
瞬間でしかないんじゃないのかな。
競技の中でも、ぜんぶ緊張してたら、
競技じゃないですよね。
零点何秒みたいなのを、ぜんぶ足しても、
総計3秒くらいの試合じゃないですか。
僕は、想像でしかわかんないんだけど。 |
加藤 |
この瞬間だ、という感覚はあります。 |
糸井 |
格闘技の選手に聞いたんですけど、
そういう瞬間って、
1試合に4回しかチャンスがないんですって。
両方ともプロ同士で、わかってるんで、
隙のことも何もかも、ぜんぶわかってるんですって。
でも、相手もそれをわかってるんで、
今いける、っていうチャンスは
4回ぐらいしかないんだって。
で、それを見つけてかかるんで、
自分では試合が終わったら、
ほんっとに相手の人のことを好きになるんだって。 |
加藤 |
へえ! |
糸井 |
そんなに高度な、微妙な零点何秒を、
わかりあってる2人が、
あのリングの上にいるんです。
で、その4つの瞬間をわかってて、
「オレがああした時に、おまえはああしたっけな」
って、誰にもわかんないけど
おまえとオレにだけはわかるって感情が生まれてきて、
抱き合うんですって。
それが、ほんっとに嬉しいらしい。
だから、あらゆるスポーツって、
零点何秒足したぐらいしか、
ほんとの試合ってないんじゃないかって
気がしてるんです(笑)。 |
加藤 |
うん、うん、うん。
わかります。 |
糸井 |
で、後は、慣れでできることに
持っていくかどうかなんですよね。
素人は、あらゆる時間が慣れてないから、
慣れでなんかできない。
ルーティーンで、
自然に体ができてますからねって場所を、
確実にやって、
勝負どころの零点何秒間かみたいなのは、
さっき言った、守りか攻めかで、
まったくひっくり返ってくるでしょうね。
そこの零点何秒で、
攻めるってきらめきがあったら、
きっと、いけるんじゃない?
口で言うのは簡単だけど、
そのために何するのかっていう練習は、
ルーティーンワークの部分を
どれだけ増やせるかでしょうね。
だから、それは経験ですよね。
そういうことをたぶん、
羽生さんとかはやってるんですよ。 |
加藤 |
ああ、そうですね。 |
糸井 |
読めば何手でもわかるらしいですよ。
で、経験の中の、
「あの時のあの手」っていうの、
ぜんぶ言えるらしい。
で、そんな人が、
勝ったり負けたりするってことだけでも、
考えられないじゃないですか。
それはもう、瞬間、なにかが
繋がってるみたいですね。
僕自身もスポーツマンに当てはまるかどうか
わかんないんだけど、
たぶんそうだろうな、と思いながら
いろいろスポーツ見てるんですけど、
面白いですね(笑)。
フォーメーションのない競技っていうのは、
もっと複雑ですよね。
お相撲でも、押しだしの相撲って、
ほんとうに難しいらしいですからね。
あの、土俵から出すだけの中に、
ものすごいいろんな葛藤があるらしいですよ。
それはね、えれぇ大変なことを
やってんだと思いました(笑)。
だから、ヨーロッパに行って、気合負けするのは、
僕は生活で負けてるんじゃないかな、
っていうのが想像できるな。
向こうのほうが、ぜんぶ上ですもん。
で、そこでは負ければいいんだ、って思ったら、
エネルギー起るような気がするなー。 |
加藤 |
気が楽になりました。
今回、日本とドイツを行ったり来たり、
やってるんですけど、
そんな選手はあんまりいないんです。
私は何をやってるんだろうと思ってて。
そこで劣等感というか、
そういうのはあるのかな、って思ってました。
そういうの、忘れよう。
もう気にしません! |
糸井 |
そうですか。
僕も、わかんないまま言ってるんですけど、
僕はそんなふうに思います。 |
加藤 |
すごい、なんか、
言葉でそこまで言われるのは、初めてなんです。
すごくよくわかります。 |
糸井 |
加藤さんが、そういう「絵」を見せてくれたんで、
僕はその絵を観賞してるだけなんです。
加藤さんのいる絵を見て、
へーっ、って思っただけのことですから。
それから、プロデューサーとして動くときも、
相手がぜんぶ「大人」になるんですよ。
プロデューサーっていうのは、
年取れば取るほど得ですから。
そのときに、ビジネス用語も出てくる、
細かいお金の計算なんかでも、
おまえそんなことも計算しないで俺に言ってるのか?
って言われることもあるかもしれない。
そうすると、また外国語と同じなんです。
不得手なことばっかしなんですよ。
そのときにも、平気でいたほうがいい。
大事なことは、違うとこにあるから。
なめてかかったほうがいいですよ。 |
加藤 |
(笑) |
糸井 |
僕もできないですけどね。
すげーなと思っちゃったりする。
でもね、いっぱいもの知ってるとか、
得意なジャンルでいっぱいこう出してきて
攻めてくるって人に会ったときは、
ああ、すげぇな、って思っとけばいいんですよ。
馬に乗せたら乗れないんだから(笑)。 |
加藤 |
(笑) |
糸井 |
種類は違うけど
質の高さで自分は勝ってるんだって、
思えたほうがいいです。
そしたらぜんぶ楽になりますから。 |
加藤 |
はい、なんか力がいい具合に抜けそうです。
ありがとうございました!
|
糸井 |
ありがとうございました。
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