がんばれ、加藤麻理子。
障害は、馬と跳ぶ。アテネ五輪への道。

第7回 金メダルを、どうやってとりますか?



糸井 馬以外に興味持ったこととか、なかったんですか?
ええい、馬なんかやめてやれ!とか。
加藤 思うことはいっぱいあります!
糸井 それは、あるですか(笑)。
加藤 はい。
だからといって、
ひとつのことをできない人間が、
何ができるのかな、って‥‥。
糸井 それさ、言葉ではみんなそう言うけど(笑)。
そう言いながら、みんな、ブレたりズレたり、
回り道したり戻ったりしてるんだけど、
そういう危機はなかったんですか?
加藤 ほんとにマネーゲームだな、と思ったことはあります。
こんなの、スポーツじゃないと思ったので。
揺れ動いた時期はあります‥‥。
糸井 プレーヤーとプロデューサーを兼ねて
生きてかなきゃなんないわけだから、
大人になりますよね。
加藤 はい。
糸井 マネーゲームだって知ったから、
プレーヤーである自分が、俺もやめるぜ、
っていうわけにはいかないわけで。
そこだよね。
加藤 そうかもしれない!
今まで言われたことはないんですけど、
そうかもしれないですね。
糸井 つまり、プレーヤーをなだめるために、
もうひとり、
プロデューサーとしての自分を育てていって、
マネーゲームだからって
おまえ引き下がるのかよ、
って、自分の中でやりとりがあるんだよね。
加藤 そうかもしれないです、ほんとに(笑)。
こんなに大変なのに、なんでやられてるんですか?
ってよく訊かれるんです。
どうしてできるんですか?っていう質問って、
馬が好きだからじゃないでしょうか、
ということになっちゃうんですが(笑)。
糸井 それしか、とりあえず言えないよね(笑)。
あと、とっても辞め方の難しいスポーツだと
思いますね。
加藤 そうですか?
糸井 うん、だって、たとえば歌手は、
引退するときにマイクを置いたりするじゃないですか。
野球の選手だったら、バットを置いたとか
言うじゃないですか。

馬はね、置けないんですよ。
一緒に走った馬が、いるんですよね。
明日もご飯食べるんですよね。
そういう意味では、引きずるスポーツだと思う。
加藤 シドニーが終わって、
大スポンサーになって下さった方が、
「君、オリンピックに出られなかったんだから、
 馬を返して」って言われてたら、
たぶん辞めてたと思うんですよ。
売却しろと指令が出ていたら、辞めてたと思う。

でも、ありがたいことに、
そのまま乗せて下さっています。
糸井 その馬が自分の馬だったら、
やっぱり、別れられないじゃないですか。
加藤 そうですね。
糸井 ねぇ。これ、永遠になっちゃいますね。
年取ってもいいんですか?競技を続けるのは。
加藤 もちろん。年齢制限ないですし。
糸井 年齢的なピークとか、
いちばんいい時期っていうのは、あるんですか?
加藤 世界のトップランキングの、30位くらいまでは、
だいたい35歳から45歳の男性が
ほとんどを占めてます。
糸井 それは、ひとつには
プロデューサーとしての腕も
上がっていってるんでしょうね。
加藤 そうですね。
そういうかたがたは、
スポンサーを引き込んでいったり、
オーナーを引き込んでいく力があります。
糸井 いいトレーナーとか。
加藤 場慣れとか。
糸井 いい練習もできるしね。
加藤 賞金、全部そっちにいっちゃうので、ずるいんです。
あ、ずるいっていうか、
もう、しょうがないんですけど(笑)。
糸井 なるほどね。そういうもんでしょうね。
加藤 はい。
糸井 来年のアテネで、出られるとする。
選手に予想なんかさせるの失礼なんだけど、
金メダルを取りそうだって、
世界中から思われてる人がいるわけですよね、きっと。
そん中に加藤さんは、今いないんだ。
加藤 いません。絶対いません。はい。
糸井 いない。でも、金メダルを取りたいんですよね。
で、要するに、子どもじゃないから、
「金メダルを取りたいです」って、
ただ無我夢中でやってるのとは違う。
そういう中で、どういう気持ちで、
つまり、ガキだったら、
「俺だって優勝するんだ。運で優勝だ」って、
いうことまで含めて言えるけど、
そうじゃないですよね。
でも、優勝を目指さないで
選手になれるはずはないと思うし。
そういう気持ちを、人には何て言うんですか?

きっと、オリンピックが近くなると
色々な取材を受けますよね。
で、「どのくらいが目標ですか?」って、
言われちゃいますよね。
あれ、嫌な質問だと思うんですけどね(笑)。
だって、答えは金メダルしかないと思うんですよ、
ほんとうはね。
だけど、どっかで何かを、折り合いをつけた答えを、
みんながするの聞いてて、なんか変だなぁ、
と思うんだけど、加藤さんだったら、何て答えますか?
加藤 ‥‥ああ、シドニーの後、
アーヘンの大会があったんですけども、
アーヘン大会のときも、
私はまったくのダークホースでした。
でも、自分なりには自信はあったんです。
ここで成績を残さないと、
先につながんないというときに、
思い出して支えになったのが、
あのシドニーの大転倒だった。
失敗が、自分をすごく冷静にしたんですね。
そこからさらに、
ほんとの意味での経験を一個一個着実に積んでいけば、
これから1年間あるんだから、大丈夫だと。
馬と人間の世界なので、
奇跡はかならず起るんですよ。
糸井 うんうん。
加藤 障害の数は、20コです。
で、確かに難易度も高くなり、障害も高くなり、
雰囲気も、まあ、特異になる。
けれども、自分を失わずに、馬とのコンビで、
国際大会で練習はできるので、
そういう経験で場慣れをしていけば、
パフォーマンスはできると思うんです、
自分のベストの。
ベストのパフォーマンスができるということは、
減点ゼロ。
ということは、入賞圏内、
優勝圏内には入るんですよね。
糸井 なるほど。うんうん。
加藤 そういうふうに思えてるので、
まあ、そういう答えになると思うんですけども、
金メダルとか銀メダル、銅メダルということでは
言えないんですけども、
そういうベストのパフォーマンスができれば、
減点ゼロで、ジャンプオフに残り、
勝負にいける、って思ってるんですね。
糸井 なるほどなあ。
ほんとは選手はみんな、
そこまで長く答えたいんですよね、
あらゆる競技でね。
加藤 そうですね(笑)。
糸井 8位ぐらいだったけど、日本記録を出した人とかね。
でも、そういう人の気持ちって、
ほんとうには、理解してやらないじゃない?
報道するときでもさ、
「おしい」とか言うじゃないですか。
そいつが今までで一番いい記録出してるのに(笑)。
ほんっとにすごいことだと思うんですよね。
だから、そういうの、なんていうんだろう、
ちゃんとこう、言いあえる場があるといいね。
加藤 ええ、ほんとうに。
糸井 今の答えは、みんな言いたいと思う。
他のやつもそう言ってんだよ、
って意地悪な言い方もあるんだけど、
ほんとうに、そういうもんだと思うんですよね。
そういう見方で、スポーツを
みんなが見たらいいのにねぇ。

清水選手の練習風景で、
選手が、走って帰ってきたときに、
時計なんか見なくても、首かしげたり、
いいぞ、みたいな顔したり、っていうのを見たんです。
時計見なくても、時間をぜんぶわかってるんですって。
で、それはなぜですか?って訊いたら、
要するに、ピッチと速さ。
その2つの動きが、自分の体に染みついてるから、
どのくらいの時間走ったか、っていうのは、
時計見なくてもわかる。
で、どのくらい遅れてるのかも、ぜんぶわかる。
その話訊いて、すっげぇなーと。
乗馬もそっくりですよね。
加藤 そうですね。
馬は、一日中練習に付き合わすわけにいかなくて、
こっちが納得いくまでやらせるわけにいかないので、
そこは他のスポーツと違うところでもありますね。
糸井 ああ、そうだよね。
加藤 そこが、やっぱり頭数を持っている人が
上位にいってしまう理由でもあります。
たとえば素振りだったら100回ずっと、
納得いくまでできますけど、
馬は、そういうわけにはいかないんですね。
糸井 へぇ〜。こんだけ知るだけで、
ぜんぜん見方が違ってくるね。
でも、普段は、そんな映像とか、
ぜんぜん見ないもんね。
どこで見られるんですか?
加藤 試合自体はいろんなとこでやってますよ。
糸井 ビデオとか出てるんですか?
加藤 それは出てないと思います。
糸井 きっと、スポンサーなんかでも、
今みたいな話を知らない人は、
スポンサーにならないわけですよね。
なりようがない。

そんな世界で、迷いはあっても、
辞めなかったっていうだけでも、すごいね。
(つづきます:次回の更新は、
明後日・金曜日の予定です。)

2003-10-01-WED

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