
第4回
自分はぜんぶ捨てています
自分はぜんぶ捨てています
糸井 |
藤田さんが監督をされていた時代、 ぼくにとって勝手に大きな思い出になってることは、 ほんとうに、やまほどありまして‥‥。 たとえば、 吉村さんと栄村さんとが守備中にぶつかって、 吉村さんが大ケガをした事件がありましたよね。 「2人ともだめか」と思ったら、 まず、栄村さんのほうは、体は無事だった。 その後、吉村さんはとても苦労したから、 復活の日のことは、よく覚えているんです。 みんなが、涙を流したんですよね。 |
藤田 |
ええ。 ベンチで泣いてました。 中畑がぼくの横にいて泣いていた。 一緒になって、泣いた覚えがありますけれど、 あいつが、いちばん感激してましたね。 |
糸井 |
ぼくも泣きやんでから、 「よかったですねえ」って藤田さんに言ったら、 その日のうちなのに、 「いや、まだダメなんだよ。 栄村が何かのかたちで活躍しないと」 と、もうすでに、おっしゃっていて。 「吉村が治っても、一方が 悪者になったままじゃいけないんだ」 と言っていた。 ああいう、 「心くばり」の範疇さえも超えたような、 よくぞ、そこまで全部見てるなといいますか。 それは、どうして そう見られるようになったのですか? |
藤田 |
やっぱり、性格ですかね。 みんなが気になるというか。 |
糸井 |
気になってしようがないんですか? |
藤田 |
「気になる」というよりも、 自分の意識の中に、 誰がどういうふうにやっているかということが みんな、意識の中に入ってないと、 自分が仕事をしていないような、 そんなツラい気持ちになるんですね。 だから、グラウンドへ出て、 バッティングの時間になっていても、 ぼくはいつもゲージのうしろで バッティングを、こうやって見ているようだけど、 でも、グラウンドで打っている人なんて、 見ていないんですよ。 他を見ているんですから。 |
糸井 |
え? |
藤田 |
不思議と、バッティングは見ないね。 「あいつ、よく走ってるな」とか。 「‥‥あ、力を抜いて走ってやがる」と思ったり。 「きょうの練習はこいつが一生懸命やってるな。 きょうはよさそうだ」 とか、そういうのばっかり見ていました。 |
糸井 |
そうなんですか。 じゃあ、バッターは‥‥? |
藤田 |
あれは、 バッティングコーチが見ていればいいんですよ。 調子のいいわるいは。 技術を教えたりするのは、 バッティングコーチがやればいい。 監督は、とにかくそこにいて、 「おまえのこと見てるぞ」みたいな顔をして、 他を見ていればいいんです‥‥と、ぼくは思う。 監督がゲージにしがみついて、 バッターばっかり見て矯正しているようじゃ、 監督じゃないですよ。 |
糸井 |
そうなんだ。 確かにそうですねぇ。 いつもそういうことを思われているんですか? |
藤田 |
「はげしく人が気になる」というのは、 一種の病気かもわからないのですけれども。 |
糸井 |
ぼくが、チームプレーということを 強く意識するようになったのは、正直言って、 藤田さんにお会いしてから、なんですよ。 野球を好きで、ずうっとついてまわっていて、 最初に知りあったのが藤田さんだから、 そばにいさせていただきました。 そうすると、絶えず チームの全部を見ているのがとてもよくわかって、 「この仕事は、かっこいいなぁ」と思ったんです。 |
藤田 |
そうですか。 疲れますよ(笑)けっこうね。 |
糸井 |
確かに、そう思います。 ここを見ているかと思うと、あそこを見ていて、 だれが何を気に病んでいるかとかというのを、 いつでもぜんぶ、考えに入れていましたからね。 近くにいて、もうひとつ見えたのは、 監督自身は、自分のことを、 何も考えていないんだなと思ったんですよ。 |
藤田 |
自分はぜんぶ捨てています。 監督になったとたんに、 自分というのはぜんぶ捨てなきゃ務まらない。 我よ我よという自分の欲得でやっていたのでは、 実際、務まりません。 それがまた選手たちが鋭いんです。 バッと見抜きますからね。 自分の欲得でやっているかどうか、 そのことはパッと見抜きます。 |
糸井 |
監督になったら 自分を捨てられちゃうほど、 前々から、全体のことを考える人だったとも、 言えるんじゃないでしょうか。 |
藤田 |
どちらかというと、そっちの傾向の方が 強かったかもわかりませんね。 だから、現役で投げていた時も、 カネやん(金田正一さん)なんか、 味方がエラーすると、 グラブをたたきつけたりしてたでしょう? ぼくの場合は逆に、 「あんな球を打たせて悪かったな」 と感じるんです。 「エラーするような球を打たせて悪かった」 正直に言っても、ほんとうに そういうふうに感じるほうだったんです。 |
糸井 |
そういう教育を受けたわけではないですよね? |
藤田 |
いや、全然受けてないんですけど、 人がいいというんですかね、 それは、あやまるより、しようがない。 |
糸井 |
とにかくおもしろいなと思うんだけど、 確かに、藤田さんは、現役時代も エースの18番をつけていて、 長いこと何勝もしてきたピッチャーなんだけど、 大変失礼な言い方ですけど、 我が見えないというか、印象が薄いんですね。 |
藤田 |
我は、強いです。 |
糸井 |
本当は強いんですね。 ただ、何か「譲っている感じ」がいつもあるんです。 |
藤田 |
まあ、そうかもわからないですね。 「お先にどうぞ」の方かもわからないです。 |
糸井 |
典型的なのは天覧試合の話で、 長島さんのサヨナラホームランはみんな覚えていても、 あのときに勝利投手になったのが エースの藤田さんだったということを、 誰も知らないんですよね。忘れてるんです。 |
藤田 |
まあ、あれは余りにも長島が劇的なので‥‥。 |
糸井 |
そういうことも含めて、 「我が強い」とおっしゃる割には、 相手のことばっかり先に考えているという。 |
藤田 |
どっちかというと、そうかもわからないですね。 貧乏性ですね。 |
糸井 |
でも、その藤田さんが監督をやっていたときに 選手をやっていた人たちというのは、 「選手として、思いっきり自分を出せる」 という意味では、幸せですよね。 |
藤田 |
まあ、そうであってくれたら、うれしいです。 |
2015-05-02-SAT
タイトル
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
体温のある指導者。藤田元司。
対談者名 藤田元司、糸井重里
対談収録日 2002年10月
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