さよならは、こんなふうに。 さよならは、こんなふうに。
昨年連載した
訪問診療医の小堀鷗一郎さんと糸井重里の対談に、
大きな反響がありました。
あの対談がきっかけとなって、
ふたりはさらに対話を重ね、
その内容が一冊の本になることも決まりました。



小堀鷗一郎先生は、
死に正解はないとおっしゃいます。
糸井重里は、
死を考えることは生を考えることと言います。



みずからの死、身近な人の死にたいして、
みなさんはどう思っていますか。
のぞみは、ありますか。
知りたいです。
みなさんのこれまでの経験や考えていることを募って
ご紹介していくコンテンツを開きます。
どうぞお寄せください。
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illustration:綱田康平
025
ときどき思い出すよ、って
約束してくれたら。
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2年前に叔父を亡くし、
1年前に祖母を亡くした。
いま25歳だが、このふたつの死をキッカケに、
自分がどういうふうに
親族や他人から送られたいのか、
ということを考えるときがあった。



ぼくは、自分が死んだときに、
葬式場に大勢押しかけられるのは、
勘弁ならないなと思った。
そして泣くような人には送られたくないな、とも
なんとなく思った。
たとえ、それが親でも。



死んだんだなって、ただ静かに、
しみじみと実感してほしい。
そして、お疲れさま、ときどき思い出すよって、
軽い気持ちで約束してくれたら、
たぶんそれがいちばんうれしい。
ぼくはそうしてるし、これからもそうする。



泣いたら、その感情はいったん
途切れちゃうような気がする。
泣いたら、いつか泣かなくなる日が
きっと早めに来る。
それはちょっとだけ、寂しいなぁと思うのだ。



おじさん、いまでもガォーガォーといって
昼寝する姿を思い出し、
笑みが溢れるときがあります。



おばあちゃん、あなたとふたりで交わした言葉、
ひとつひとつは覚えてないけど、
そこにあった空気はいまでも大切にして、
ときどき思い出してホッとしています。



信心深かったふたりとはほど遠い存在のぼくだけど、
まぁこれでいいか、なんて思ってる。




(I)
2021-01-29-FRI
小堀鷗一郎さんと糸井重里の対話が本になります。


「死とちゃんと手をつなげたら、
今を生きることにつながる。」
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『いつか来る死』
小堀鷗一郎 糸井重里 著

幡野広志 写真

名久井直子 ブックデザイン

崎谷実穂 構成

マガジンハウス 発行

2020年11月12日発売