さよならは、こんなふうに。 さよならは、こんなふうに。
昨年連載した
訪問診療医の小堀鷗一郎さんと糸井重里の対談に、
大きな反響がありました。
あの対談がきっかけとなって、
ふたりはさらに対話を重ね、
その内容が一冊の本になることも決まりました。



小堀鷗一郎先生は、
死に正解はないとおっしゃいます。
糸井重里は、
死を考えることは生を考えることと言います。



みずからの死、身近な人の死にたいして、
みなさんはどう思っていますか。
のぞみは、ありますか。
知りたいです。
みなさんのこれまでの経験や考えていることを募って
ご紹介していくコンテンツを開きます。
どうぞお寄せください。
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illustration:綱田康平
006 自分で背負って天国へ。父を改めて尊敬します。
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今年4月に父が亡くなりました。
上京し、夜学からホテル業界へ入り
家族を養ってくれていました。
父は自分に厳しいが故に他人にも厳しい人でした。
厳しさはやさしさ・愛情の裏表と理解していましたが、
私自身30代になるまで、
怖くてまともに会話できませんでした。
でも、初孫を連れて行ったときは、
とてもやさしいおじいちゃんになっていました。



6年ほど前に行った心臓バイパス手術以降、
徐々に体力が落ちていきました。
それでも母と旅行するなど
しばらくは快活な日々を過しておりました。
1年前、別件で通院した際に胃がんが見つかり、
切除をきっかけに急激に体力が落ちました。
結果論ですが、傍にいれば手術を反対したと思います。
以降、免疫力が低下して肺炎等で入退院を繰り返し、
昨年12月28日再入院し、
4月14日に病院のベッドのまま
天国へ召されることとなってしまいました。



ちょうど小堀さんと糸井さんの対談、
小堀さんの本を読んだ時期が
父の入退院時期と重なります。
自宅へ戻すか否かとても悩みましたが、
母の希望もあり最期は病院で看取ることとしました。



誤嚥性肺炎になるので最後の数か月は
食事をとらずチューブから栄養を入れる状態でした。
見舞いに行くと「せんべいを食べたい」と言いました。
食べる意欲と意識があるうちにと考え、
砕いたせんべいやすり潰した果物を
ほんのかけらだけ食べさせてあげたときは、
父も喜んでいました。



最後の数か月は意識ははっきりしているものの、
体を動かすこともできず、呼吸もしづらく、
苦痛の日々だったと思います。
否が応でも自らの死を強く意識しながら
病院ベッドで過去と対話していたのだろうと
空想します。
最後まで泣きも言わず、
誰にも迷惑を掛けず全て自分で背負って
天国に召された父を改めて尊敬します。



自分の最期がどんな風か想像もできません。
痴ほうになるかも知れませんし、
事故などで死を迎える可能性もあります。
でも父の最期のように、泣き言を言わず、
誰にも迷惑を掛けずに死ねればと思います。
そのために、いまをどう生きるか、
考えている今日この頃です。



(K)
2020-11-10-TUE
小堀鷗一郎さんと糸井重里の対話が本になります。


「死とちゃんと手をつなげたら、
今を生きることにつながる。」
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『いつか来る死』
小堀鷗一郎 糸井重里 著

幡野広志 写真

名久井直子 ブックデザイン

崎谷実穂 構成

マガジンハウス 発行

2020年11月12日発売


発行を記念して、
オンラインのトークイベントを行います。



日時:11/25(水)19:00

全国の紀伊國屋書店と紀伊國屋WEBで
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