さよならは、こんなふうに。 さよならは、こんなふうに。
昨年連載した
訪問診療医の小堀鷗一郎さんと糸井重里の対談に、
大きな反響がありました。
あの対談がきっかけとなって、
ふたりはさらに対話を重ね、
その内容が一冊の本になることも決まりました。



小堀鷗一郎先生は、
死に正解はないとおっしゃいます。
糸井重里は、
死を考えることは生を考えることと言います。



みずからの死、身近な人の死にたいして、
みなさんはどう思っていますか。
のぞみは、ありますか。
知りたいです。
みなさんのこれまでの経験や考えていることを募って
ご紹介していくコンテンツを開きます。
どうぞお寄せください。
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ほぼ日に譲渡されたものとします。



illustration:綱田康平
005 家族で死をたしかめました。
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父と母の穏やかなふたり暮らしの日々で、
父の認知症は緩やかにすすみ、
そのうちに自分で起き上がることはなくなりました。



介護ヘルパーさんが毎日来てくださり
着替えやおむつ替え。
かかりつけの地元のお医者さまが
週に1度往診してくださり、
看護師さんも週に1度来てくださり、
浴槽ごとやってくる入浴サービスも週に1度。
食事は母がつきっきりで食べさせましたので、
そう痩せることもありませんでした。
このままずっと、何も変わることなく
永遠に続くような錯覚もありました。



発熱して、お医者さまから
病院へ運ぼうと言われました。
かねてから延命はしないと伝えてありましたので、
1週間ほどの入院で、
肺炎の菌がなくなると、退院させました。
退院の日は土曜日でしたので、
長男の家族、次男夫婦、娘(わたし)が
そろって父を迎えました。



お医者さまもようすを見に来てくださいました。
田舎の広い座敷に車座になって、
今後のことを聞きました。



「もう飲めないし食べられない。
本人は、徐々に枯れていっているので、
苦しみや痛みはないだろう。
点滴をしないのなら、
最期はこのあたりで迎えるだろう。
延命につながる点滴はしない方針とのことだが、
途中で家族の気持ちが変わったら、
そう言ってほしい」と。



退院してからは、
体を拭いたり、おむつを替えたりするために
ヘルパーさんが来てくださいました。
しかし母はそれを数日で断りました。
もう食べず、飲まず、手足も細って
皮膚の水分もなくなり、
枯れた状態に向かっている父の世話を、
ヘルパーさんには気の毒だから、と。



飲まないのに、毎日父のおむつは濡れました。
足を浮腫ませていた水分が、
ぬけていっているような感じです。



ある土曜日、家族がみんなそれぞれに
ちょっとお父さんの顔を見に行こうと
集まっていました。
朝、尿なのか何なのか、
おむつで受け止められないほどの液体が
布団を汚しました。
枯れ切ってしまうためだったのでしょうか。
「いつまでも続くだろう」と
思っていたときと変わって、
息のしかたがおかしくなりました。
そこに思いがけずお医者さまが来てくださいました。



「ああ、これは、もうすぐ終わります。
だいぶお悪くなったので
みなさんお集まりなんですか?」
「いいえ、お休みなので来てみたら、
みんな同じことを考えたようで、
偶然あつまったのです」
「ちょうどでしたね。あと数時間でしょう」



お医者さまは、医院の診療の合間に
顔を出してくださったようです。
「これから診療に行きます。
診療中は出られないので、
最期に立ち会えないかもしれません」
「わかりました。息が終わったら、
どうすればいいですか。
気をつけることはありますか」



いよいよのとき、
診療時間は終わっていましたが、
「来てもらって待ってもらうのも何かねえ」と、
お医者さまを呼びませんでした。
私たちは、家族だけで父の最期を確かめました。
胸の動きを兄がたしかめ、
私はのどに触れてたしかめました。
ここにお医者さまがいらしたら、
私たちは見ていることしか
できなかったと思います。



母と、子どもたちとその配偶者たちと、
孫たちだけに囲まれて、
その中で最年長の父が静かに逝ったのですから、
文句のないことです。
孫の婚約者もそこにいました。
父が逝き、かわって次の世代の家族が増えていく。
寂しいことには違いありませんが、
とても幸せなことでした。



(H)



※このメールは、連載コンテンツ
「いつか来る死を考える。」にお寄せくださったものです。
2020-11-09-MON
小堀鷗一郎さんと糸井重里の対話が本になります。


「死とちゃんと手をつなげたら、
今を生きることにつながる。」
画像
『いつか来る死』
小堀鷗一郎 糸井重里 著

幡野広志 写真

名久井直子 ブックデザイン

崎谷実穂 構成

マガジンハウス 発行

2020年11月12日発売


発行を記念して、
オンラインのトークイベントを行います。



日時:11/25(水)19:00

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