「書く」って、なんだろう?
紙とペンがあればできる
シンプルな行為でありながら、
無数の可能性を秘めている。
「ほぼ日手帳マガジン」で
去年、多くのかたに読まれた
人気コンテンツがかえってきました。
日常的に「書く」ことと
深い関わりをお持ちのみなさん、
「書く」ってどんな行為ですか?

書くってなんだ?

西寺郷太さん(2)
SEASON2 vol.2
西寺郷太

何度でも調べて、書く。
そこに新しい発見がある。

ミュージシャンとして
バンド「ノーナ・リーヴス」での活動のほか、
YUKI、V6、鈴木雅之、Negiccoなどの
楽曲のプロデュースも幅広くおこなう西寺郷太さん。
そのいっぽうで、
マイケル・ジャクソンやプリンスをはじめとして、
80年代のアーティストたちの曲やエピソードの語り部として
さまざまな場所で彼らの魅力を伝えています。
その「語り部」活動の際、欠かせないのが
内容をぎっしりと、でも読みやすくまとめた
手書きのノート。
そんな西寺さんに「手書き」について
話をうかがいました。

プロフィール西寺郷太Gota Nishidera

1973年、東京生まれ、京都府育ち。
大学時代にバンド「ノーナ・リーヴス」を結成。
ヴォーカルを担当するほか、
さまざまなミュージシャンの楽曲の作詞・作曲、
プロデュースをつとめる。
また80年代音楽の研究家として、
マイケル・ジャクソンやプリンスなどの
オフィシャルライナーノーツも手がける。
著書に『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』(新潮文庫)、
『マイケル・ジャクソン』(講談社現代新書)、
『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)、
『ウィ・アー・ザ・ワールドの呪い』(NHK出版新書)、
『プリンス論』(新潮新書)、
『ジャネット・ジャクソンと80’sディーバたち』(星海社新書)など。
さらに、その見やすくわかりやすいノートをまとめた
『伝わるノートマジック』(スモール出版)も販売中。
また、『伝わるノートマジック』の姉妹編、
『始めるノートメソッド』も同じくスモール出版より
5月28日に発売予定。
学ぶ・伝える・生み出すための手書きノート術を
具体的にレクチャーする一冊だそうです。

もくじ

教えたいんじゃない、知りたいだけ。

――
講義などについてまとめるノートのことを
もう少し聞いてもいいですか?
たとえば西寺さんは
マイケル・ジャクソンについてとても詳しくて、
いろんな場所でマイケルについて
話されていると思います。
でも同じマイケルの話でも、
聞く相手によって、内容を細かく調整されているように
見えるのですが。
西寺
そうですね。
たとえば、マイケルが亡くなった1年後に、
NHKのカルチャーセンターで
マイケルに関する講義をしたんです。
当時は『THIS IS IT』という映画によって、
それまでマイケルをあまり知らなかったり、
どちらかというとあまり好きじゃないと思っていた人が、
マイケルについてもっと知りたいと思っていた時期だった。
ブームだったんですね。
そこでNHKの方が
カルチャーセンターで講義をしてほしいと。
結果、八王子と六本木で2回ぐらいやりました。
そういう場合はもう、マイケルであることすら関係なく、
カルチャーセンターそのもののファンという
おじいさんおばあさんもいらっしゃるんですよ。
そういう場合、まず僕の自己紹介から入って、
マイケルについてもゼロから丁寧に説明していく、
というステップを踏みました。
 
最近の反省は、
ラジオ(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」)で
ビートルズの『アビーロード』をテーマに掲げた
特集のときのこと。
聞き手の一人である30代前半の
熊崎(風斗)アナウンサーが、
あのジャケットや『アビーロード』というアルバムの存在を
知らない、と冒頭でおっしゃって。
僕はどうしてもプロであり、
音楽マニアの視点で生きてきましたから
「ビートルズについて詳しくは知らなくても、
横断歩道を4人で歩くあの写真は
見たことくらいはあるだろう」
という前提のもとに話そうとしていたんですね。
でも、知らない人がいて当然だなと。

1969年に『アビーロード』が出て、
昨年の時点ですでに50年だったんです。
結局、熊崎アナウンサーはその時の放送をきっかけに
『アビーロード』を買って、
大好きになってくれたんですが。

ビートルズですらそういう状態なんだから、
マイケルとかプリンス、ワム! などについても、
ちゃんとゼロから伝えていくという
作業を怠ってはいけないなと思っています。
――
マイケル・ジャクソンやプリンスをはじめ、
80年代洋楽のことなら
西寺さんに聞けば間違いない、
という状況だと思います。
ミュージシャンとしての活動とは少し違う、
語り部としての使命については
どんなふうに思っていますか?
西寺
僕は小さい頃からミュージシャンになりたいと
思っていました。
自分の音楽を歌うのはもちろん、
人にも曲を書いてプロデュース業を並行してできたらと、
もう小学生のころから思っていたんです。
自身の活動を基盤にしながら、バンドや女性アーティストに楽曲提供し、
プロデュースしているプリンスが、
とにかくカッコいいと思ったのが理由です。
いま、仕事全体の6割くらいは
そんなプロデュースの仕事だったりする。
そのことはすごくうれしいです。
いっぽうで語り部や書き手としての役割は、
「頼まれているうちにこうなった」部分。
依頼されて、期待に応えたいと真剣に対峙していたら、
いつの間にかそういった仕事が増えたっていう。
――
はい。
西寺
たとえばプリンスに関しては、
生前は意外にも彼を知るために日本人が書いた単著がなく、
新しい世代のファンがプリンスを知ろうとしても
かなり入口が狭くて。
音楽好きの編集者に表紙まで最初に作って渡されて、
「郷太さんの文章で、教えてもらいたい」と。
その流れとほぼ同時に、プリンスも新作をリリースして
オフィシャル・ライナーノーツを書くことになったんです。
プリンスに限らずラジオで話したりするたびに、
そりゃ、プレッシャーを感じることばかりです。
いまのご時世、どこかで間違ったことを言ったり、
知ったかぶりしたらすぐにバレますから。
――
そうですよね。
西寺
特にプリンスには僕よりも
個々の事象に詳しいマニアの方々が
日本中にたくさんいることもわかっています。
だからこそ、ノートを作っているんです。
自分の中できちんと調べてまとめることは
防御でもあり、武器のひとつ。
本を出すとき、ラジオで話すとき、
基本的に僕の言っていること、
年号や日付や事実関係は必ず間違いがないように
しゃべっています。
 
もちろん、自分はミュージシャンなので、
ミュージシャンなりの推測は話します。
たとえばお医者さんが主人公の物語を作品化するとして、
ほんとうに医師の経験がある人なら
「この場合はこうする」「それはない」とか、
絶対的なルール、筋道はある。
建築家でも、刑事でも保育士さんでも、
どんな職業でも体験してみて
見える世界っていうのはあるはずなので。
もちろんそれぞれ人によって違う判断はある。
けれどその土台となる事実、
この日にレコーディングで何が起こったか、
この人がなんと言って、別の人がなんと言っているか、
その点に関しては間違いないように、
立体的にしているつもりです。
ちょっと考古学者に近くて、
憶測やイメージ、先入観を刷毛でていねいに取り除いて、
浮かび上がって見える「カタチ」が伝わればいいなと。
だから自分はこう推測している、という部分と
史実として客観的にこうだという部分は
わかりやすく書き分けるようにしています。
――
きちんと調べられた事実のうえに、
西寺さんが思ったことが話されている。
それが、きっと聞いたとき、
読んだときのおもしろさに
つながっている気がします。
アルバムのライナーノーツを
担当されることもありますよね?
西寺
ライナーノーツはたいへんですね。
マイケルやジャクソンズ関連のライナーノーツは
亡くなってからほぼすべて僕が書き直しました。
プリンスは詳しい人たちで分担して
とてもよい座組で次世代に継承されつつあります。
いま、ワム!を一緒にやってくれる人がいなくて(笑)。
ほぼ日を読んでいる人で、
「俺、ワム! やジョージ・マイケルにめっちゃ詳しいよ」という人がいたら
連絡がほしいくらいです。仲間がほしくて。
 
「誰よりも詳しくなりたい」なんて
思ったことは一度もないんです。
むしろ、教えてほしいという気持ちのほうが強い。
詳しい人がいたら、めちゃくちゃうれしくて。
今はもう、3日に1回くらいのペースで
難関テストがあるような状況です。
インターネットやスマートフォンの普及によって、
いわゆる「音楽文化」、とくに海外の音楽に関しては、
皮肉にもどんどん触れるきっかけが少なくなっている時代。
「今度はプリンスの『1999』について
徹底的に調べなきゃ」
みたいなことがどんどんやってくる。
――
プレッシャーがあったり、
膨大な調べものをしなくてはいけなかったりと、
たいへんなことが多い活動を、
それでもなさっているのはなぜですか?
西寺
僕自身、先人の音楽をカヴァーしたり、
先人から受けた影響を自分の音楽にしのびこませたり、
あるいはそういう人たちについて愛を持って語ったり、
そういうアーティストが好きなんです。
たとえばマイケルだったら
ドビュッシー、フレッド・アステアからジーン・ケリー、
ジェームス・ブラウンまで、
尊敬するアーティストに
さんざんオマージュをささげています。
プリンスも、言葉は少ないですが彼の曲のなかに
いろんな人の影響が確実にある。
ワム! のジョージ・マイケルなんて、
いい意味で「パクり」の天才といいますか。
すでに存在したダンスクラシックのコード進行に
自分の新しいメロディーをはめていく、
みたいなことも本当に得意なんです。
カバーも多くて。
――
やっぱり好きな人のことだから、
もっと知りたいという気持ちが強い?
西寺
そう。それに、
調べる過程で必ず発見があるんですよ。
つい先日も、何万回と聴いた
「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」で
新しい発見がありました。
この曲のレコーディングのときに、
ドラマーが遅刻して、来ていなかったんですって。
当時「リン・ドラム」という、
流行していたドラムマシンがあって、
試しにドラマーが来る前に
それを打ち込んでみたんだそうです。
そしたらいい感じだからということで、
ほかの楽器はすべて生演奏、
ドラムだけがリン・ドラムで収録された。
だからこそ60年代モータウン・サウンドの
「焼き直し」のような
ポップ・チューンでありながら
僕たちは新鮮に感じたわけです。

ただ恥ずかしながら、本当に何度も何度も聴いたこの曲の
ドラムが打ち込みだといいうことに、
一昨日くらいにはじめて気づいた。
子供の頃から聴きすぎて
作品として自然にとらえすぎてたんでしょうね。
そんなことが、この歳になってもあるんですよ。
――
新しい発見がたのしいんですね。
西寺
はい。
だからやっぱり、語り部的な活動をしているときに、
誰かに教えてあげているというイメージは
まったくないんです。
ビートルズにせよ、ストーンズにせよ、プリンスにせよ、
マイケルにせよ、ジョージ・マイケルにせよ、
ほんとうに偉大なアーティストで、
すぐに全てがわかることなんてあるわけがない。
新しい発見があるから、
日々、天才たちの研究を続けていくのが
楽しくてしかたない。
そんな感じなんです。

(おわります)

第2シーズン

第1シーズン

photos:eric