おいしい店とのつきあい方。

109 ごきげんな食いしん坊。その3
タマ子さんの卵焼き。

小さい頃は、好き嫌いのとても多いオトコノコでした。
小学校に上がる直前くらいまで、
本当に甘やかされて育ったコトがその原因。
とは言え、ボクの母が甘々だったわけじゃない。

実は飲食店を経営していた両親。
ボクが生まれて小学校にあがるまでの6年ほどは、大忙し。
朝早くから夜遅くまで、何軒かあった店を
行ったり来たりしながら仕事をしていた。
特に、母は忙しかったんだという。
飲食店で働きたい調理人に困ることはほとんどなかった。
今のように飲食店が多くはなかったから、
そもそも働く人に困らなかった時代です。
けれどお客様の顔を覚えて、
好みに合わせたおもてなしをすることができる人は
少なかった。
自然と女将である母の出番は多くなり、
若い従業員が増えると
彼らの親代わりのような仕事も増えてくる。

それでボクは、ばぁやさんに預けられるコトになりました。
お嬢さん一人を立派に育て上げられた明るい女性で、
福々しく太っていつも笑顔の人だった。
料理が上手な人。
しかも料理をおいしそうに食べる人だというのが、
母がその人を気に入った一番の理由でもあった。
タマ子さんという名前までもが福々しくて、
ボクだけじゃなくボクの妹2人も
育ててもらうことにもなります。

タマ子さんの料理は本当においしかった。
ボクは小さな頃、虚弱体質。
喘息持ちという子供で痩せてた。
食が細くて、好きなモノは何? と聞かれると
リンゴジュースとバナナと答えるような子供だったのに、
タマ子さんの料理を食べるようになって体が育った。
幼稚園に通う頃には、もう小学生? って言われるほどで、
それもこれもおいしい料理に食がすすんだおかげだった。

なにより料理がやわらかい。
何を食べてもフカフカしていて、
特にタマ子さんの作ってくれる卵焼きのおいしかったこと。
ふっくらしていて口の中でとろけるような
スクランブルエッグ。
大きくなって、どういうふうに
その卵焼きを作っていたのか聞いてみたことがありました。

玉子3個。
2個は全卵、1個は黄身だけをよく割りほぐし、
ミルクをたっぷり。
ほんの少しの練乳を入れ甘みをつけて、塩をパラリ。
フライパンにバターをたっぷり溶かしたところに、
流し込んだらユックリかき混ぜ
バターを含ませ焼き上げていく。
もしそこに粉をくわえたら
パンケーキができてしまいそうな贅沢な作り方。
子供の口においしいように作ってくれていたのです。

厚切りにした食パンの、
耳はキレイに落としたモノを、
こんがり焼いてバターをたっぷり。
そこにはちみつをトロリとかけて、
濃い目にいれた紅茶にたっぷりミルクを注ぐ。
その組み合わせが小さなボクの朝ご飯の定番でした。
甘やかされていること甚だしい!
でも、当時のボクにはこれが当然。

しかも料理を作るに際して、タマ子さんは
「シンちゃんは何が食べたいの?」‥‥、って必ず聞く。
ボクの食べたいものを作って、
ボクをよろこばせるのがタマ子さんの仕事で、
だから献立を立てるのはボク。
小さくして、お抱えシェフを雇ったかのようなボクは
我が世の春です。
好きなものだけ食べて育った。
当然、嫌いなモノは食べる必要のない食生活。
好き嫌いが激しくなるのも自然ななりゆき。

固いものはダメ。
食べにくいものはダメ。
匂いの強いものもダメ。
なにより、喉越しのなめらかでないものは、
食べ物であれ飲み物であれ
口から吐き出してしまうほどの横暴ぶり。
多分、そのまま育っていたら、
ボクはただただ自分の食べたいモノだけ食べて満足をする、
鼻持ちならないグルメくんに
なってしまっていたのでしょうネ。

ただ、その偏食はそのうち母の知るところとなる。
母が父と二人三脚ではじめた事業は、
ボクが5つになる頃には軌道にのるようになっていきます。
家にいられる時間も増えて、
家にいるときの料理はできるだけ母が作るようになる。
その料理が、どうにもおいしく感じないのです。
おかぁさんってなんて料理が下手なんだろう‥‥、
とボクは思う。
なのに一緒に食卓を囲む父は
それをおいしそうに食べるのですネ。
はてさてこれはどうしたことか?
ボクは悩みます。
ボクも悩むけど、母の悩みはそれ以上。

母のスパルタ教育がはじまったのです。
ボクを本当の食いしん坊にしてくれたスパルタ教育。
今となってはなつかしい‥‥、その詳細はまた来週。

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2017-04-27-THU