たのしく味わう。その1
カカオ100%のチョコレート。

チョコレートは甘い。
そう思われています。
苦くもある。
小さい頃には苦くないミルクチョコレートしか食べられず、
大人になるにしたがって、
チョコの苦味がおいしく感じるようになった。
けれど甘いモノを食べたいなぁ‥‥、と思ったときに
思い浮かべるお菓子の中に必ずチョコが含まれる。
つまり、やっぱりチョコレートは甘いのです。

ボクだって、ちょっと疲れたと思うと
チョコレートを舐めたり、齧ったり。
体の疲れは血も滴るような肉の塊に
食らいつくことで癒されるけど、
疲れたココロを癒すには、チョコの苦味と甘みがウレシイ。
チョコレートは甘い食べ物だったのです。

「だった」と過去形になってしまったのは、
とある「特別な」チョコレートを食べてしまったから。



カカオ100%。
まじっ気なしのチョコレートを手に入れて、
それをそっと口に含んでみたのです。
香りはあくまでチョコのそれ。
焦げたような、奥行きのある香ばしさが
舌の上でユックリ花を開くようにたちあがってくる。
あぁ、チョコレートだ。
甘味と苦味がやってくるに違いない、
と舌が身構えた瞬間、鋭い酸味が舌をつねります。
今まで感じたことのない酸っぱさに
唾液が噴き出すようにも感じ、
一体、舌の上にあるのはナニモノ? と、
その正体を考えしたたかうろたえるほど。

ただ鼻から抜ける香りはずっとチョコレート。
だから口の中にあるのは、
なにものでもないチョコレートであるはずで、
舌は必死にそれがチョコであるであろう証拠を
探りはじめるのです。
するといろんな味がしてくる。

酸味の中にも鋭いトゲトゲした酸味があるかと思えば、
おだやかに持続するやさしい酸味もあったりする。
いつも何の気なしに使っている「酸っぱい」という言葉も、
実はいろんな意味があるんだなぁ‥‥、と
「味わう」というコトがたのしくなってくるのです。
するとビックリ。
酸味の陰から苦味が顔をのぞかせる。
苦味を感じて、やっとこれはチョコかもしれない、
と思って気持ちがホッとする。

ホッとすると、今度は頭がいろんな味をさがしてフル回転。
エスプレッソコーヒーを飲んだときに感じる香ばしさ。
軽い塩味が、その香ばしさをふくよかにして、
焦げた渋味が最初の酸味に
クッキリとした輪郭を与えてくれる。



と、そのとき突然。

甘みを思い出すのです。
舌が一生懸命、チョコレートなんだから甘いはずだと
探して探して、そしてやっと手に入れた甘みは
ボクの記憶の中にあった
「チョコレートは甘い」という記憶の中の甘さだった。
それはこの上もなく甘くて、おいしく、
それまで感じた酸味や苦味、渋味をすべて包み込み、
口の中にあるのはまごうことなきチョコレート。
それもとてもビターで、クッキリとしたおいしさのある
とても上等なチョコレートを味わうことができたのです。

チョコを口に含んだ直後に、
吐き出さなくてよかったなぁ‥‥。
そう思うと同時に、味わうというコトの本質を
感じたような気持ちになりました。

ただ食べているだけでは気づかぬおいしさや、
たのしめぬ味が、料理、食品の中にはひそんでいて、
受け身ではなく前向きに食べることをたのしむというコト。
それが「味わう」というコトなのでしょう。

世界にはおいしいモノがたくさんある。
私たちが毎日食べている慣れ親しんだ食べ物も、
もしかしたらまったく違った魅力を
持っているのかもしれない。
そう思うと、知識や経験。
もっとおいしく食べるための好奇心を
発揮しながらたのしまないともったいない。

「たのしく味わう」。

そのヒントと実際をご紹介していこうと思います。



2015-03-12-THU

   


     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN