おいしい店とのつきあい方。

087 お店の情報とのつきあい方。 その13
船の料理人とホテルの料理人。

船の上とホテルの中。
どちらも似ていて、
けれど決定的に違っていることが3つある。

ひとつは料理を仕込む単位がホテルはとても大きい。
客船も最近の大型客船などでは
何百人というお客様の食事を
一度に用意することになってしまうけれど、
大抵は何十人単位の料理の仕込みが船のサイズ感。
ところがホテルで、宴会を受けると大抵百人単位。
一度に牛一頭分の肉を使うこともあるのが
ホテルの厨房の仕事なのです。

実は昔。
東京の有名なホテルで食べるサラダがおいしくて、
レシピを教えて下さいませんか‥‥、と、
知り合いのシェフにお願いをした。
手渡されたレシピの分量をみて、
笑っちゃうほどビックリしました。
だって、サラダオイルが10リットル。
それに対して、レモン1ケース。
塩や胡椒も大量で、隠し味にとリストされてる
玉ねぎ、パセリ、そのほか諸々のハーブの量も
そこそこのもの。
さすがにタップリ作るんだなぁ‥‥、
と思ってまずは感心をした。
とはいえ、その分量で家で作ることがないから
10人前の分量になるよう、
すべての素材を割り算したのです。
そしたらレモンはひとしぼり。
塩や胡椒も「少々」程度の量にはなった。
ところがスパイス類は耳かきひとすくいくらいの量。
玉ねぎに至ってはみじん切りにして、
ピンセットでひとつかみでも多いことになっちゃうんです。

大量の量を一度に仕込む、あるいは調理することで
普通のお店が真似することができない料理を作り続ける。
それが当たり前になってしまうと、
自分のお店を開業したとき、苦労する。

それからホテルという場所は無条件にいい食材が
常時厨房の中に届けられる場所でもある。
食品メーカー。
卸問屋。
食材を運ぶことをなりわいにしている人たち。
彼らみんなが、ホテルとの取引実績があるということが
他のお店への営業の看板になるから、最大限の協力をする。
新しい食材。
希少な食材はまずホテルのシェフに
特別の情報として届けられる。
夜中にちょっと足りない食材が出来たからと、
電話をかければとんでやってくる業者すらいる。

それに比べて船の中では食材調達はままならない。
出港する際、蓄えた分の食材を丁寧に使う。
だから「計画的」に、節約しながら
おいしい料理を作らなくてはいけなくなる。

料理に合わせて食材を調達するホテルのシェフ。
食材に合わせて献立を考える船のシェフ。
自分の店をもったときに、
やはり船のシェフの考え方の方が
利益を出すのに有利だったりするのです。

それになにより、ホテルの厨房は
完全な分業体制で管理されてる。
食材や食器を洗う人はただただそればかり。
オードブルを作る人は、オードブルだけ。
大きなホテルになると、鍋を触らせてもらうまでに
10年かかってしまうなんてことが
常識だったりするのですネ。
ホテルの厨房で本格的に料理とよべるものを
作らせてもらえるまでに10年。
火を使う料理と言っても、ソース作りに煮込み、
焼き物と調理場の種類がたくさんあって、
だから一通り料理が作れるようになるのに
20年から30年。
献立を立てられるようになるのにそこからまた10年。
30年から40年ほどかかってやっと一人前‥‥、
と呼ばれる。それがホテルの中のフランス料理の厨房仕事。
20歳から仕事をはじめたとして、一人前になるのを待って
独立したらもう50歳。
それでは体力も気力も、ピークを越える。
なにより時代の流行に合わせて
物事を考えることができなくなるから、
独立の可能性が少なくなっちゃう。

かと言って10年程度、ホテルにいたぐらいでは、
じゃがいものを皮を上手に剥けるようになった程度と
言われたりする。

ただ例外が幾つかあります。
例えばホテルのパティシエ。
あるいは、ホテルの中国料理のシェフは
若くして独立開業が出きる人たち。
そう言われます。
さて、なぜなのか?
また来週といたします。

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2016-11-24-THU