おいしい店とのつきあい方。

074 どこでも一緒? その19
究極のプライバシーを大きな空間で。

心置きなく時間を無駄遣いするコトができる場所。
香港で日々忙しく過ごす人たちが、
ボクを連れて行ったのは飲茶の専門店でした。
香港に行くと、必ずといっていいほど
食事の場所に選ぶのが飲茶のお店。
ボクも何軒かのお店を贔屓にしていた。
それらすべてのお店が、蒸気を噴き出すワゴンが
テーブルの間をグルグル回るにぎやかな店。
それが当たり前と思っていたボクにとって、
そこはまるで異空間。
ゆったり配置されたテーブルに、
座り心地のいい椅子が並んでいて
ワゴンの気配はどこにもなし。
テーブルとテーブルの間の通路を、
時折お店のスタッフがゆったりとした仕草で歩く。

レストランというよりも、
ココはお茶をたのしむお店だからねぇ‥‥、と。

たしかに上等なホテルの喫茶室のような雰囲気。
分厚い生成りのリネンの
ジャケットを着たサービススタッフ。
詰め襟のプランテーション趣味とでもいいましょうか‥‥、
植民地時代の東南アジアで
富豪の館に勤める執事のような装いで、
背筋を伸ばして、左手を軽く握って腰の後ろ側にあてがい
こちらに近づいてくる。

おひさしぶりでございます。
今日はどのお茶をご用意いたしましょうか。

‥‥と、そっと一言。
テーブルを囲んでいるのはボクを含めて3名でした。
メニューはどこにもありません。
なのに、2人はモニョモニョ、
お茶の名前らしき言葉を告げて注文します。

「そちらの紳士は何をお飲みになりましょう‥‥?」

そう聞くスタッフに2人は
「彼は僕たちのゲストだから、
 茶碗だけをもってきてくれればいいよ」
と告げるのでした。

好きな茶葉を買って預けてあるんだよ。
いい茶葉を、正しく保存していくと
どんどん値打ちがあがっていく。
ワインと同じと言ってもいいかもしれないネ。
たまに市場にでまわらないような珍しい茶葉が
この店に持ち込まれるコトがあったりもして、
そんなときにはみんなでそれを買ったりする。
ちょうど先日、20年ぶりの出来栄えという
高山茶があるというから、ボクらの仲間で買い占めた。
ちょっと高くはあったけれど、
いい車を一台買ったと思えばいい出費。
だって、ロールスロイスにお湯をかけても
飲めないからネ‥‥、と。

そう言いながらテーブルの上に置かれた紙切れに
数字を書き込む。
見せてもらうと点心の名前がズラリと並んでて、
食べたいものに個数を書き入れ
それをもって注文とするという仕組み。
テーブルの縁にさりげなくおいたそれを、
気づいたサービススタッフがさりげなくとり、
厨房へと運んで持っていく。

食べたいものをちょっとずつ。
一度に何種類もの料理をたのむのは粋じゃないし、
できたてを食べることができなくなるからもったいない。
だから一度に2種類、あるいは3種類。
お茶と一緒にたのしみながら、
またしばらくしたら紙に書き込み
テーブルの縁にそっと置く。
何かを食べたいからといって、
お店の人を呼ぶわけじゃない。
急いでいるコトもないからお店の人が気づくまで、
お茶を飲んでぼんやりしたりお喋りしたりすればいい。

サービスしている彼らも耳を閉じるコトができるんだよね。
目だけを働かせていれば、
サービスをしそこなうことがないんだから。
僕らも彼らに気づいてもらおうと
余計な努力をしなくてもいい。
お腹をほどよく満たすまでの2時間、あるいは3時間。
究極のプライバシーを
個室ではない大きな空間で味わえるのって、
すばらしいとは思わないかい‥‥、と。

ところでお茶のお替わりをしたいときには
どうするんですか?
‥‥と、ボクは聞きます。

ちょうど、お茶に差し湯を
おねだりしたかったんだ‥‥、と、
お茶の入った急須の蓋を持ち上げて、ちょっとずらした。
しばらくして、テーブルの前を通りかかった
サービススタッフがその蓋のズレに目を留めて、
蓋を持ち上げ急須の中を覗き込む。
お湯が少なくなっているというコトを確かめ、
お湯の入ったポットを持ってきて
中に注いで蓋をあるべき場所に戻した。

言葉を使わず合図する。
たのしく、そして優雅に食事をする
知恵を知っているとはすばらしいコト。
日本の料理にも西洋料理にも
そういう知恵は沢山あるに違いない‥‥、
としみじみ思った。
さすがにお茶は
酔っ払ってしまったんじゃないかと思うほどにおいしくて、
なにひとつとして無駄を感じぬ3時間。
良い経験でありました。

サカキシンイチロウさん
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『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
半径1時間30分のビジネスモデル』

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出版社:ぴあ
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著者:サカキシンイチロウ
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「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
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福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
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その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。

2016-08-25-THU