[番外編]本を書きました。その3
やっと解けた長年の疑問。

前回、地域一番企業という考え方があったといいました。
同時に、その地域の概念が、人それぞれに解釈が違って、
なかなかズバリと説明し切ることができない。
なんだかモヤモヤしたモノがありました。

生業店の多いのが博多うどんの特徴です。
生業店というのは、
経営者が自ら料理を作ってふるまうお店。
家族総出で営業していることがほとんどで、
繁盛したから支店を出そうと思う経営者がとても少ない。
暖簾分けはあるのです。
けれど、人気をとると二店目、三店目と
次々、お店を増やしていく
博多のラーメン屋さんとは違って、
うどん屋さんはお店を増やそうとほとんどしない。

経営者の方と話をしても、
野心を感じるコトがないのですネ。
うどん屋なんて、誰でもできる商売。
少々繁盛したと言って、調子に乗って店を増やしたら、
あとから大変なことになる‥‥、
って気持ちがひとつのお店を守らせるのでしょう。

ところがそういう博多のうどん屋さんの中にも、
多店化展開をしている会社が数社ある。
その例外的な会社のひとつが
「牧のうどん」という店でした。



10軒以上もありますから、
外食産業としては立派なチェーンストアの規模。
うどんのような料理において、
チェーン店であるということは、
「贔屓にしてやろう」
と思う気持ちを阻害する大きな要素のひとつなのです。
にもかかわらず、
「あなたの好きな博多うどんのお店を挙げてください」
というアンケートを地元でとると、
ナンバー1の座を獲得する。
不思議な存在感をもっている店で、
なのに秘密に包まれていたのです。

公式ホームページはない。
広報誌のようなものもなければ、
地元のテレビや雑誌に出ることもほとんどなくて、
調べれば調べるほど謎が謎をよぶ不思議な会社。
その会社の中を見ることはできないかなぁ‥‥、
と思ったのです。
特に工場。

実は博多うどんを食べ歩くにあたって、
見るならやっぱり本店だよね‥‥、と、
牧のうどんの本店を訪ねたのです。
博多空港から1時間近くも走った田舎町。
まもなく本店というその直前に、
偶然、牧のうどんの工場を見つけたのです。
しかもその工場から次々、車がやってきて、
開店直前の本店経由でどこかに向かって飛び出していく。
こりゃ、本格的なチェーンストアのやり方だ‥‥、
と、思ってますます、工場の中をみたくて
しょうがなくなったのです。

どこかにツテはないものかしら。
無理だろうなぁ‥‥、
と思っていたら、あっさり取材がOKになる。
しかも牧のうどんの常務が会ってくれるというので、
ワクワクしながら行ってみて、
ボクの目からあっさりウロコがとれちゃった。

20世紀の外食チェーンが、
お店を増やすために我慢した、
いろんなコトを我慢しないで
お店を増やすことに成功していたのです。

工場はある。
けれど大規模でもなく
機械化されているわけでなく、
ちょっと大きな厨房みたいなところで
仕込みがなされてた。
お店で働く人たちだって、マニュアルなんかで縛られず、
のびのび、いきいき働けている。
これはすかいらーくや
ロイヤルホストが必死にやってきたこと。
つまり20世紀の外食産業のビジネスモデルを
ひっくり返した、新たなビジネスモデルが
そこにあってビックリしたのです。


職人がいるであろう場所に職人の姿がない。
女性がニコニコ働いていて、
営業の根幹部分でシニアや女性が重要な役割を果たしてる。
特別な商品を売っているわけじゃないという。
日常的なたのしみを、
いつも変わらず提供し続けることでファンが増えていく。
お客様はプロの消費者。
彼らの期待に応えるために、工場があり、
厨房があり、そして働く人がいて‥‥、と。
しかも出来ない約束は絶対しない。
その約束の最大のモノが、
半径1時間半以上のところで商売はしないというコト。

つまりずっと悩んでいた
「外食産業における地域」とは一体何か?
という疑問に対する答えが、あっさり出てしまった。
目のウロコがとれたわけです。

この本を書きながら、飲食店の経営者の人たちに
1時間半というビジネスモデルがあるかもしれない‥‥、
と、「牧のうどん」の話をしたら、
確かにそうに違いない。
そう賛同を次々受ける。
ある特定の地域において、
ご当地料理、ご当地ブランドとして
熱烈なファンを持ってる会社を注意深く見てみると、
どこもが大抵半径1時間半という地域で
経営していたりする。

博多うどんがどういうものか、
無性に食べたくなる本でもある。
それと同時に、自分たちの身の回りにある
新しいビジネスモデルに従ったお店を探してみたくなる。
そんな本でもあると思います。
ぜひ、ご一読。
よろしくお願いいたします。



サカキシンイチロウさん
書き下ろしの書籍が刊行されました

『博多うどんはなぜ関門海峡を越えなかったのか
 半径1時間30分のビジネスモデル』

発行年月:2015.12
出版社:ぴあ
サイズ:19cm/205p
ISBN:978-4-8356-2869-1
著者:サカキシンイチロウ
価格:1,296円(税込)
Amazon

「世界中のうまいものが東京には集まっているのに、
 どうして博多うどんのお店が東京にはないんだろう?
 いや、あることにはあるけど、少し違うのだ、
 私は博多で食べた、あのままの味が食べたいのだ。」

福岡一のソウルフードでありながら、
なぜか全国的には無名であり、
東京進出もしない博多うどん。
その魅力に取りつかれたサカキシンイチロウさんが、
理由を探るべく福岡に飛び、
「牧のうどん」「ウエスト」「かろのうろん」
「うどん平」「因幡うどん」などを食べ歩き、
なおかつ「牧のうどん」の工場に密着。
博多うどんの素晴らしさ、
東京出店をせずに福岡にとどまる理由、
そして、これまでの1000店以上の新規開店を
手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。






2016-01-07-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN