長くつづけた東京との二拠点生活をやめ、
住まいとアトリエを北海道・旭川に移した
chisakiの苣木紀子さん。
そこでの帽子づくりには、
もともとあったファッション的な発想に、
実用的な視点がくわわったのだそう。
今回「weeksdays」で紹介するニットキャップも、
北の地での冬の暮らしから
“体験的に”うまれたアイテムなんです。
このかわいいニットキャップ「Koko」について、
こめられた思い、工夫、つくりかた、素材のこと、
そして旭川での帽子づくりの変化の話や、
この2年の暮らしのこと、これからのことを、
伊藤まさこさんがオンラインでききました。
苣木紀子さんのプロフィール
苣木紀子
偶然教わったベレー帽作りから、
繊細なその世界に惹かれ独学で帽子作りを始める。
企業にて帽子デザイナーとして12年従事した後、独立。
日本の職人の技術、志の高さ、心遣いなどに共感し、
日本製に重きを置き、2016SSコレクションより
「chisaki」の名でブランドをスタート。
その時々に出会ったさまざまな国の材料やパーツを使用し
製作をつづけている。
趣味は登山とロッククライミング。
夫の住む北海道と、アトリエのある東京を
往き来する二拠点生活を経て、
現在は旭川に自宅とアトリエをもつ。
「weeksdays」のインタビューに
「自由でしなやかな帽子作り。」がある。
022泊3日の合宿で
- 伊藤
- 今回「weeksdays」で扱わせていただくこの帽子も、
耳を覆うことができるようになっていますが、
これもそんな体験から?
- 苣木
- はい。これ「リブワッチ」っていうんですが、
ちょっと耳が隠れるだけでも、
ほんとにあったかいんです。
もちろんすっぽり耳まで被ってもいいですし。
- 伊藤
- 首のあたりまですっぽり
被ることができるのもいいですよね。
真冬って、うなじも寒いから。
苣木さんの帽子は、長さや大きさのバランスが
さすがだなあと感じるんですけれど、
たとえばこれも試作を重ねて、
ミリ単位で調整なさったんでしょうか。
- 苣木
- そうですね。
このフラップの大きさも、かなり検証しました。
やっぱり適度なボリューム感が必要だなと思って。
短いとカジュアルすぎるんです。
- 伊藤
- うんうん。
- 苣木
- ぜんぶ下げるとほっぺたまで隠れて、
ほんとにあったかいですよ。
これで雪山に行く人はいないかもしれませんが、
うんと寒い日は、すっぽり被ると、
とてもあったかいと思います。
でもタウンユースをするときは
ちょっと曲げて(顔を出して)いただいて。
- 伊藤
- そんなふうに調整ができるのもいいですね。
- 苣木
- この帽子は、ニッターさんの工房に泊まり込み、
2泊3日でサンプルを作りました。
機械を動かしてもらって、編んでもらって、
そこから細かく修正をしていく、
ということを繰り返して、この形にしていったんです。
特徴としては「ホールガーメント」
(丸ごと立体的に編み上げる、縫い目のないニット)。
専用の機械で編んでいます。
ニットの帽子って一箇所縫い目があったり、
デザインにより上をカットして縫い合わせたりで、
縫い目が気になったり、
糸のロスが出ることもあるのですが、
ホールガーメントはこれらのことがありません。
データさえできれば立体的に筒状で出てくるので、
縫い目も気にならない、
糸ロスもなく、フィット感もいいんです。
- 伊藤
- ああ! ホールガーメントなんですね。
たしかに、ゴロゴロしたところや、
やけにキュッとしたところがありません。
- 苣木
- 日本が誇る技術なんです。
島精機さんっていう、
とても高い技術を持ってらっしゃる
編み機のメーカーさんの機械で、
世界の錚々たるコレクションブランドも、
これで立体的なニットを編んでいるんです。
まさこさん、触られてすぐ
「とっても気持ちがいい!」っておっしゃいましたね。
- 伊藤
- そう、気持ちがいいんです。
つい触りたくなる。
素材には、ベビーアルパカを使っていますし。
- 苣木
- そうなんです。
こういうニットのビーニー(ツバなし帽)って、
ウールやアクリルのものもありますが、
私はまさこさんが言われた
「やわらかい」「ふわふわ」
「気持ちいい」っていう感覚を、
この帽子に入れたかったので、
ベビーアルパカを採用しました。
アクリルなどの化繊混でも編んでみたり、
試したんですよ。
- 伊藤
- そうなんですね。
- 苣木
- そのなかでこのベビーアルパカが気に入って。
ベビーアルパカって、
赤ちゃんのアルパカの毛っていう意味ではなくって、
「アルパカが初めての毛刈りのときに刈られる、
最初のふわふわした毛」なんですね。
やわらかくて、繊維が細い、
アルパカちゃんの首から背中の一部だけを使うんです。
触ったときのふわっとしたやわらかさと、
ちょっとシルクのようなしなやかさがある。
それで、ベビーアルパカ100%、っていうのも、
もちろんあるんですけども、
今回、ナイロンとウールを少し入れています。
というのも、ベビーアルパカだけだと、
この立体的な形がキープできないんです。
やわらかすぎて。
- 伊藤
- なるほど。
- 苣木
- ベビーアルパカって、繊維の細さが、
人間の髪の毛の3分の1ぐらいしかないといわれ、
すごく細いんです。
それを編むことで、空気をたくさん含み、
やわらかくて軽くてあたたかいニットになる。
ただ、それだけだとちょっと繊維がもろいので、
帽子としてずっと長く使っていただけるよう、
ウールとナイロンを混ぜることで丈夫さを出しました。
ベビーアルパカが52%、
ナイロンが36%、ウールが12%なので、
ベビーアルパカの軽さとしなやかさは、
すごくよく出てると思います。
- 伊藤
- そのパーセンテージも、試行錯誤して?
- 苣木
- そうですね!
糸屋さんに相談して物性としてはもちろん、
快適性もちゃんと検証の上、
デザイン性にもぴったり合うものをご提供くださいました。
- 伊藤
- さっき「2泊3日で」って
おっしゃっていたけれど、
そんなふうに物作りができるのって、
素敵な関係ですね。
- 苣木
- 以前の勤め先でお世話になっていた、
秋田県の工房なんです。
辞めた人間がお願いするのも筋が違うかなと思って、
ずっとお願いしてなかったんですが、
去年の冬かな、ご連絡をいただいて、
「そろそろまた一緒に仕事をしませんか」と
お声をかけてくださったんです。
- 伊藤
- 嬉しいですね!
じゃ、秋田に行って2泊3日?
- 苣木
- そう、その工房で、
朝からデータを作って出してもらって、
その場でチェックして、
ふたたび提案をして‥‥を繰り返しました。
クイックに自分が思い描いたものが形になっていき、
自分の感覚に近いものができるので、
とても早くできましたし、いいものになりました。
この帽子も最初は上までぜんぶ、
表裏、二重だったんです。
でも途中で上部を切って、
二枚重ねにしない部分をつくることで
デザインの遊びを出すとともに、
暑くなりすぎないように実用性を考えました。
この帽子は、手を動かしながら、被りながら、
感覚にしたがって、その場で作っていったかたちなんです。
- 伊藤
- その特別な機械があって、
すぐれた職人さんがいたから、
機械ではあるけれども、
手編みをしながら作っていく感覚に
近かったっていうことですね。
- 苣木
- そうなんです。ありがたいなと思います。
やっぱり「現場に行ってものができる」っていうのは、
作り手としてすごくストレスが少ないんですね。
アトリエで考えて工場に出して、っていうのは、
どうしてもタイムラグが出ますよね。
送って、つくってもらい、受け取るまでに。
直でその場でできたことは、とても助かりました。
- 伊藤
- そんな背景があったんですね。
このとき(2025AW)のコレクションって、
何型くらいありましたっけ?
展示会場にずらりと並んだ光景が壮観でした。
- 苣木
- 40型ぐらいはあったんじゃないでしょうか。
- 伊藤
- 来年の夏もそれぐらい?
- 苣木
- 来年の夏もあります、はい。
- 伊藤
- すごーい!
どうやってアイディアが浮かぶんですか?
- 苣木
- ‥‥ふふふ、どうやってるんでしょうね? 私。
- 伊藤
- ほんと不思議でならない。
- 苣木
- 定番系のものについては、自分が常に被って、
「もうちょっとこうしたほうがよかったな」とか、
「来年はこういうかんじで被りたいな」と、
ブラッシュアップして出していきますね。
あとはやっぱり人に会ったり、
「この人こういう帽子、似合いそうだな」
ということを想像して、
それを作ってみることもあります。
- 伊藤
- そっか。じゃ、街ゆく人とか、気になりますか?
- 苣木
- 気になります!
東京にいるときは、それこそいろんなところで
ボーッと座っていろんな人の帽子姿を見てたんです。
北海道に来たら、そういうのはほとんどないんですけれど、
やっぱり東京などの都会だと、
帽子もファッションのひとつですものね。
でも、北海道にいる良さは、
「道具としての帽子」が体感できたこと。
そこにちょっとだけファッション性を入れると
どうなるかな? みたいな発想はうかびます。
東京にいるときはやっぱり、お洋服中心で、
そこに帽子を合わせたらどうなるかな、
という発想でしたけれど、
北海道では機能性、ベーシックな作りに、
少しだけファッションのテイストを入れた、
より日常の道具としての帽子作りが楽しくなりました。
- 伊藤
- 人の第一印象として、まず顔に目がいきますよね。
帽子がそのアクセサリーだと考えたら、
すごく重要なのかもしれないですね。
- 苣木
- そうですね、色、素材‥‥、あと、形ですよね。
お顔がすごく小さい方は気にならないと思うんですが、
私とか、いろいろたるんできたりして!
- 伊藤
- いやいや全然シュッとしてますよ!
- 苣木
- いえいえ(笑)、ニットの帽子って、
通常、ピタッと沿うものが多いと思うんですけれども、
今回のようにちょっとワンクッションがあることで、
まずそこに視線がいく。
そうすると、多少のお顔のたるみだとか、
大きさが気にならなくなるんじゃないかなって。
ちょっとゆるいほうが雰囲気もやさしく見えますし。
- 伊藤
- たしかに、全然ちがいますよね!
- 苣木
- 違いますよね、フフ。
(つづきます)
2025-11-11-TUE