福岡のうきは市にアトリエと住まいを構える
木工作家の山口和宏さん。
長いこと、山口さんのカッティングボードを使ってきた
伊藤まさこさんが、「weeksdays」のために
アレンジをお願いして、
山桜のカッティングボードと、
メープルの木べらをつくってもらいました。
おりしも東京にいらした山口さんを
伊藤さんのアトリエにお招きして、
この仕事に就いた経緯、木のこと、仕事のこと、
そして料理のことなど、おしゃべり。
そのようす、3回にわけておとどけします。

(写真は、まだ暑い頃、伊藤さんといっしょに
山口さんの工房と自宅におじゃましたときのものも、
いっしょに紹介しますね。)

山口和宏さんのプロフィール

山口和宏 やまぐち・かずひろ

1956年北九州生まれ。
1986年家具工房独立。注文家具製作をスタート。
1995年うきは市吉井町(現在の場所)に工房をかまえる。
この頃からカッティングボードやうつわを作りはじめ、
各地で展示会をスタート。
2018年jingoroをオープン。
jingoro
山口和宏さん

その1
山口さんが木工作家になるまで。

▲福岡県うきは市にある、山口さんの工房。まだ暑い頃に、おじゃましたときの写真です。

伊藤
山口さんとは長いお付き合いですけれど、
「どうして木工作家になられたのだろう?」
ということを知らずにいるんです。
そもそも、どんな経緯で
いまのお仕事をなさっているんでしょう?
山口
はじめから木工作家を目指していたわけじゃないんです。
20代の後半に
「何をすれば自分は生きていけるんだろう?」
って自問して‥‥。
ぼく、本当に社会への適応能力がないんです。
伊藤
そんなあ!
山口
ほんとうなんです。
だから「なにかひとつ、自分に向いてるものがあれば、
なんとか生きていけるんじゃないかなぁ」と思って、
大工さんをはじめ、いろいろなアルバイトをしました。
でもどれも向いてなくて、
たまたま書店に入って手に取った本が、
飛騨高山の工芸家で、オークヴィレッジの代表の
稲本正さんの出された『緑の生活』でした。
そうしたら、すごく新鮮だったんです。
読んでいると、もうすっかり木工職人になった気分で、
「もしかしたら、ほんとうに、ぼくもなれるかな?」って。

▲工房に隣接した山口さんの自宅。玄関からつづく居室に、できあがったばかりの作品が並んでいました。

伊藤
どんなことが、若かった山口さんの心に届いたんでしょう?
山口
最初、仲間の5人で立ち上げたそうなんです。
兄弟2人と、友達3人で。
1人は大工さん、1人はろくろ職人、そして
木工の職業訓練校に修業に行って戻ってきたメンバーで、
工芸村を立ち上げるんですが、
そういった話とかもすごく新鮮で楽しくて。
いろんな自然のことも書いてあって。
伊藤
今、活躍されてる木工家さんは、
そこの出身のかたも多いですよね。
山口
森林たくみ塾という工芸学校ですね。
それで、ぼくも行ってみようかなぁ?
‥‥と思ったんですけれども。
伊藤
けれども?
山口
九州は作陶の盛んな土地で、
たまたま、ぼく、焼物が大好きなので、
大分とか、佐賀の唐津とか。
そういった所に焼物を見に行っていたんです。
するとちょうど今住んでいるうきはの隣の村に
焼物と木工の工房をされている方がいると知りました。
遊びに行ってみたら、
ちょうどぼくと同じくらいの年齢の男の子が5人くらい、
働いていたんです。
それもすごく新鮮で、たぶんその人たちも、
あんまり社会に適応しないようなタイプのような気がして。
伊藤
(笑)。
山口
それで、もう、すぐ、
「社長さんに会いたいんですけど!」と、
そこで働かせてもらいながら、木工の基礎をまなびました。
そこではいろんな人たちとの出会いがありました。
お料理している方とかもいらして、
もう自分にとっては、本当に新しい世界だったんです。
福岡市内のおいしいコーヒー屋さんや、
いろんなおいしい所、かわいいお店を
紹介してもらったりしながら、
休みの日はよく出掛けるようになりました。
伊藤
山口さんって、かわいらしいものがお好きですよね。
お家もすごくかわいらしいし、お店も、
つくられるものも。
山口
そうなってしまうんですよねぇ。
憧れを持っていて。
伊藤
それがきっとお好きなものってことですものね。
その工房には長くいらっしゃったんですか?
山口
3年くらい勉強しました。
うきはに古民家があるよと友達が紹介してくれて、
そこに移って独立をしたんです。
ところがその土地が、生活するのに困難で、
山奥の古民家だったから、水を谷から引いていて、
その水が冬になると止まってしまうような土地なんです。
伊藤
おいくつくらいのときですか?
山口
30です。そういった環境で生活しつつ、
しばらくして結婚したんですけれど、
そこの場所では生活が無理なので、
せめて住む場所だけでも便利なところでと、
空き家を探しました。
仕事はしばらくの間、
その山奥の工房まで通っていたんですけれど、
生活しているうちに住んでいる場所が好きになって、
縁あってそこに工房と住まいをつくることになり、
いまに至るんです。
伊藤
山口さんがお住まいのところは、
杉工場もあるし、
作家さんもたくさん住んでらして、
かわいいカフェとかもあって。
山口
カフェ、できてますね。
伊藤
福岡とはいえ、
大分にかぎりなく近い場所の小さな町に、
すてきな人や店が集まるんですよね。
山口
ぼくも不思議なんです。
うきは市‥‥むかしは吉井町(よしいまち)でしたが、
ぼくが来た頃、
一回りか二回り上くらいの方たちがいて、
その人たちが、絵描きさんとか、
骨董屋さんをやっていたんですよね。
その人たちの所に、いろんなアーティストが
やってきていました。
伊藤
やっぱり集まるんですね、
どなたか素敵な人がいると。
山口
そうだと思います。
でも、世代がちがうし、
ぼくの友達のタイプとはちょっと違ってる、
だからぼくはやっぱりひとりだったんですよ(笑)。
なかなかうまく話が合わなくて。
で、どうしようかなぁと思っていたら、
「四月の魚」というお店ができて、
毎日のように遊びに行くようになりました。
「四月の魚」は、いま、関昌生さんという方が、
ワイヤーで、いろんなかわいい小物を作っていますが、
最初は古道具屋さんだったんです。
伊藤
私、行ったことないんですが、
すごく素敵なお店だとききました。
山口
そうなんです。古道具は「古道具坂田」の坂田和實さん
何度か来られたりしてて、
すごく趣味がいいっていうか、センスがいい。
やっと本当にぼくの居場所が1つできたんです。
そこに、やっぱり毎日のように来る人たちもいて、
少しずつそういった仲間が増えてきました。
伊藤
楽しくなってきたんですね。
山口
お酒を飲んだり、いろんな会をしたり、
イベントをやったりしてましたね。
伊藤
で、それから、じゃあ、30何年ずっと?
山口
そうですね。30年ちょっとになります。
(つづきます)
2019-03-25-MON