COLUMN

晴れの日雨の日
[3]紫陽花の開く瞬間を見る

宮下奈都

BonBonStoreの傘をおとどけするweeksdaysの1週間。
よみものとして、小説家の宮下奈都さんに、
3編のエッセイをおねがいしました。
外が雨でも、晴れた日でも、
ゆっくり、のんびり、おたのしみください。

みやした・なつ

小説家。福井県福井市生まれ。
上智大学文学部哲学科卒業。
2004年、文學界新人賞佳作に入選した
『静かな雨』で小説家デビュー。
2007年の長編『スコーレ No. 4』が話題となる。
瑞々しい感性と綿密な心理描写で、
いま、最も注目される小説家のひとり。
2016年『羊と鋼の森』で第13回本屋大賞受賞。
同作は2018年、映画化され話題に。
また『静かな雨』も2019年、映画化されている。
文庫最新刊は『緑の庭で寝ころんで』
単行本最新刊は『ワンさぶ子の怠惰な冒険』

Twitter

ちょうど今、目の前に大きな窓があって、
その向こうに中庭の緑が見える。
紫陽花のつぼみが大きくなって、
もうすぐ花を開かせようと機を窺っているのがわかる。

いつも不思議に思っているのだけど、
私は紫陽花のつぼみが開く瞬間を見たことがない。
まるで、だるまさんがころんだなのだ。
ほんの一瞬目を離したすきに、
そっとつぼみは開いている。
どんなに気をつけて見ているつもりでも、
ひとの目を盗んで花開くのだ。

たぶん、雨だ。
雨が目をくらませる。
雨が輪郭をぼんやりさせた隙に、紫陽花は咲く。
緑の葉っぱは雨の中でいきいきと羽を広げる。
だから、雨の日は楽しい。
晴れているときには見えないものが見え、
聞こえない音が聞こえる。

雨がきらいだというひとは、気概があるなぁと思う。
一年の三分の一くらいを、
ここ福井でなら一年の実に半分を、
いい天気だと思わずに過ごすのだ。
そんな勇気は私にはない。
雨の日はしあわせ。
晴れの日はうれしい。
晴れた日に生まれた子どもは
祝福されているといってよろこび、
雨の日に起こることを待ちかまえる。

雨の日も晴れの日もいいと思えるのは、
私がよくできたひとだからではない。
もちろん、そんなことはぜんぜんない。
土砂降りの中を出かけなければならないなら気が重いし、
荷物が多いのに傘をさして
遠くまで歩かなくてはいけないときはうんざりする。
ただ私は、雨の日と晴れの日を選ぶことができる。
好きな日に本を読んだり、散歩に出たり、
洗濯物を干したりすることができる、
というだけのことなのだ。

雨の日がいやだというひとも、
初めて好きなひとに出会ったのが雨の日だったり、
雨の中で大きな仕事の成功の知らせを聞いたりすれば、
気持ちは変わるんじゃないかと思う。
なにより、雨の日は好きなことだけしていればいい
という決まりがあったら、
雨がいやじゃなくなるような気がする。

福井は、今日も雨。
好きな仕事をたくさんしよう。
それからおいしい紅茶を淹れて、
中庭の紫陽花を眺めていよう。

2021-06-16-WED