COLUMN

晴れの日雨の日
[2]祝福されて生まれた子

宮下奈都

BonBonStoreの傘をおとどけするweeksdaysの1週間。
よみものとして、小説家の宮下奈都さんに、
3編のエッセイをおねがいしました。
外が雨でも、晴れた日でも、
ゆっくり、のんびり、おたのしみください。

みやした・なつ

小説家。福井県福井市生まれ。
上智大学文学部哲学科卒業。
2004年、文學界新人賞佳作に入選した
『静かな雨』で小説家デビュー。
2007年の長編『スコーレ No. 4』が話題となる。
瑞々しい感性と綿密な心理描写で、
いま、最も注目される小説家のひとり。
2016年『羊と鋼の森』で第13回本屋大賞受賞。
同作は2018年、映画化され話題に。
また『静かな雨』も2019年、映画化されている。
文庫最新刊は『緑の庭で寝ころんで』
単行本最新刊は『ワンさぶ子の怠惰な冒険』

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初めての子どもを産んだのは、秋の終わりだった。

陣痛が始まって分娩室に入ってからが長かった。
どんなに痛みが強くなっても、
何時間経っても、生まれてこなかった。
分娩室で二晩を過ごし、痛みと疲れで頭が朦朧として、
今日が何日なのか、
外が朝なのか夜なのかもわからなくなった頃、
このままでは危ないから帝王切開にしましょう、
といわれた。
生まれてくる子が無事ならなんでもいいと思った。

準備をしてきますね、
と助産師さんや看護師さんが出ていった。
分娩室とは別に手術室があるらしい。
束の間、ひとりになったときに、
痛みを逃しながらお腹の子に話しかけた。
もし自力で生まれてきたいなら、今がチャンスだよ。
ふっ、と通じた感覚があった。
すぐに看護師さんたちが戻ってきて、
ベッドを移動する直前になって、
お腹の赤ん坊がぐりんと降りてきたのがわかった。
看護師さんが急いで確認してくれた。
そして、うれしそうに、「ほんとや、もう生まれる!」。

そこからはあっという間だった。
子どもはくるくるまわりながらこの世に躍り出た。

とても疲れていたけれど、充足感に満ちて、
私は生まれたばかりの子どもを抱いた。
今まで私の中にしかいなかった生きものが、
形と重さを持ってここにいる。
それだけで世界はこんなにも満ち足りるんだと知った。
時間の感覚が薄れていて、
今が何時なのかもわからなかった。
閉じられていた部屋のカーテンを開けると、
明るい光が差し込んできた。
外はよく晴れて、空がまぶしかった。
この子は運がいい、と思った。
祝福されて、明るく晴れた日に人生が始まるのだ、と。

ただ、おかしなことがあった。
だいぶ後になって気がついたのだ。
この子の出生時間は午後五時半だった。
容態が落ち着くまで、
産後二時間は分娩室で過ごしたはずだ。
部屋に戻ったときに
カーテンが閉じられていたのは当然だったと思う。
夜だったのだから。
よく晴れた日に生まれてきた祝福された子ども、
というのは
いつどこで生まれた記憶の捏造だったのかなと思う。

2021-06-15-TUE