「すっごく素敵な麦藁帽子がある!」
昨年の夏、目を輝かせて
伊藤まさこさんが見せてくれたのが、
chisaki(チサキ)の帽子でした。
麦藁帽子といっても「ほっこり」や
「カントリー」な印象ではなく、
大人の女性がかぶっても、ばっちり決まりそうな
エレガントなデザイン。
たっぷり大きさがあるけれど、サイズが調整ができ、
かたちはしっかり決まるのに、素材はやわらかく、
ぺちゃんこに畳んで持ち歩くこともできると知りびっくり。
原料は麦藁ではなく紙というのにも、またびっくり。
この帽子をつくっている苣木紀子さんの
アトリエにうかがい、
帽子づくりのこと、たくさんお聞きしました。

苣木紀子さんのプロフィール

苣木紀子 ちさき・のりこ

偶然教わったベレー帽作りから、
繊細なその世界に惹かれ独学で帽子作りを始める。
企業にて帽子デザイナーとして12年従事した後、独立。
日本の職人の技術、志の高さ、心遣いなどに共感し、
日本製に重きを置き、2016SSコレクションより
「chisaki」の名でブランドをスタート。
その時々に出会ったさまざまな国の材料やパーツを使用し、
製作をつづけている。
趣味は登山とロッククライミング。
東京のアトリエと夫の住む北海道の自宅を往復する日々。

chisakiのウェブサイト

その2
私、帽子作りを続けていいんだ。

伊藤
ブランドのデザイナーになり、
販路も広がっていくと、
ひとりで作っていたときのように
ぜんぶ自分で縫うわけにはいかないと思うんです。
職人さんや工場に依頼しなきゃいけないですよね。
苣木
はい。ただ、システムは変わったとはいえ、
サンプルを作って、パターンを起こすのが
自分の仕事なのは変わりませんでした。
それを職人さんに渡す、ということが変化でしたね。
すばらしいことに、職人さんが、テイストを変えずに、
ちゃんと引き継いで、作って下さった。
ただやっぱりどうしても量産となると、
効率を求められることが最初は多くて、
「そんなの手間がかかり過ぎてできない」
って言われたりもしました。
その悩みを社長に相談すると、
「本当に自分がやりたいんだったら、
職人さんなり工場の人たちを納得させるぐらい
頑張れ、粘れ」っていうふうに言われて。
伊藤
なるほど。ほんとうにスパルタ!
苣木
そうですね(笑)。
今思えば、それがよかったなと思います。
伊藤
デザインは、好きにさせてくれてたんですか。
「こういうのは駄目だ」みたいなことはなく。
苣木
そうなんです。
展示会の前に社長のチェックが
あることはあるんですけど、
「やるんだったらちゃんと結果を残せ」っていう、
ただそれだけだったと思います。
「これが君がやりたいことなんだね。
俺はちょっとこれは分かんないけど、
ちゃんとオーダーが取れるって思ってるんだろ?」
と。
伊藤
なるほど。
当時は、どういうものがお好きだったんですか。
苣木
そのときは、今よりも
ハンドクラフト的なものが好きでした。
たとえば、ニットは手編みですし、
ネーム1つ付けるのも、
普通はミシンで正確に縫い付けるのを、
ランダムにステッチを入れて付けたり。
パーツも業者に頼むわけですが、
型で抜いてもらえばいいものを、
揺らぎみたいなものを残すために、
全部手で切ってもらったり。
本当に細かいところなんですけれどね。
会社の先輩からは、
「それをやることで、売り上げが100個、
200個変わるのか?」と言われながら。
伊藤
「趣味じゃないんだからね?」
というようなニュアンスですよね、きっと。
苣木
そうですね。
もともと量産の会社なので、
効率が悪そうなものが実際売れるのか、
判断のしようがないわけですよね。
だから先輩が言われることも「その通りだな」と。
伊藤
そう言われても、へっちゃらでしたか?
苣木
いや、すっごく悔しくてですね(笑)、
「絶対結果を出してやる!」と、やり続けました。
12年。
伊藤
じゃ、その間に、
帽子作りの基本どころか、
なにもかもを習得して?
苣木
もちろん、熟練の職人さんにしか
できないこともあるんですよ。
たとえば今回のように、
1本の紐をグルグル巻いて縫っていく
「ブレードを縫う」という作業は、
特殊なので、私にはできません。
だからそこは任せて、
私は他にないもののアイディアを出すことが仕事になる。
そんなふうに職人さんとコンビを組んで、
やってきたという感じです。
伊藤
そうですよね。
その会社でブランドを担当して、12年、
そこで独立をなさったんですね。
そこで最初に作ったのは、
どういう帽子だったんですか。
苣木
独立して最初に作った帽子も、
担当していたブランドと、
大きくテイストは変わっていません。
ただ、辞めた以上、既存のお客様に私から
「新しいブランドを始めたので展示会に来て下さい」
なんていう営業はできません。
最初、とても不安で、独立したのはいいけれど、
「実際、私はご飯を食べていけるのか」と。
伊藤
どうやって広めたんですか?
苣木
すごく不思議なんですけど、
それまでのお客さんたちのあいだで
「あたらしいブランドを始めたらしいよ」と噂になり、
たくさんの方が来てくださったんです。
「私、帽子作りを続けていいんだ」って、
そのとき思いました。
頑張ろうって思った。
そうして今、5年目です。
忘れもしない、中目黒の川沿いにある展示会場でした。
お金もそんなにないし、と思ったら、
元々取引先だった社長さんが安く貸して下さって。
1人きりでは接客も満足にできないと思ったら、
友達が2人来てくれて、
展示会の設営も全部手伝ってくれて。
‥‥本当に、そうです、
そんなことがありました。
伊藤
よかった! 
じゃあ、オーダーもたくさん?
苣木
そうなんです。
伊藤
すごいですね。
苣木
本当ありがたいです。
前の会社からのお客様は、
もうかれこれ17年のお付き合いですし、
海外のお客様も、1年ほどは余裕がなかったんですけど、
自分の「chisaki」っていうブランドで、
もう1回パリに挑戦したときに、
たまたまお客さんがブースにいらして、
「え、名前が違う! どうしたの?」みたいに、
またお客さんとして戻って来て下さって。
伊藤
なるほど。不思議ですね。
苣木
不思議ですね。ありがたいです。
伊藤
最初にベレー帽の作り方を教えてくださった方が、
原点ですよね。そこからして、縁に恵まれている!
苣木
(笑)そうですよね。その方にお礼が言いたいんですが、
どこにいらっしゃるか、分からなくて。
すごく残念なんです。
中野にいらっしゃった
「ナオさん」っていう名前だけは覚えているんですけど。
伊藤
またお目にかかれるといいですよね。
海外のバイヤーの方の反応はどうですか。
「また日本と違うなあ」とか思われますか。
苣木
そうですね。反応が早いというか、ダイレクトで、
好き嫌いがすごくはっきりされている。
「これどうですか?」って営業しても、
「それはいりません。うちっぽくないから」って。
伊藤
日本は違うんですね。
苣木
そうですね、その方の判断というよりも、
気になるものはお写真を撮って行かれて検討。
伊藤
日本のお客様は、
迷う時間ごと楽しまれていると思います。
苣木
それは多いですね。
個人ではなくチームでいらっしゃることが多いので、
ワイワイと、被ってもらって。
伊藤
今回「weeksdays」で扱わせていただくのは
女性向けのものとして作られたと思いますが、
ユニセックスで使えるものも、
作られていますよね、
苣木
はい、サイズさえ合えばどうぞ、と考えています。
ブランド自体はユニセックスとは
言っていないんですけども、
木型とかパターンによっては、
性別が関係ないものもあるので。
伊藤
木型は男性、女性が別なんですね。
苣木
そうなんですよ。
すごくトラッドに言えば、の話なんですけど、
メンズは中折れのエッジがすごくきいていたり、
レディースはちょっと丸かったり。
ほんの少しの違いですけれど、
昔の木型は男女別でしたね。
伊藤
サイズの違いだけじゃないんですね。
苣木
それだけじゃないですね。ただまあ、
そこは緩やかに「サイズが合えばどうぞ」と。
伊藤
今、ビジネスマンが帽子を被らなくなりましたし、
若い男の子は、顔がちっちゃいですし、
どんどんユニセックスになっていますよね。
磯野波平さんは通勤に帽子を被っていますけれど。
苣木
(笑)波平さん、確かに!
(つづきます)
2020-05-12-TUE