「weeksdays」の年末年始スペシャル第3弾は、
建築家の堀部安嗣さんの登場です。
20年も前から「家をつくるなら堀部さんに」と
考えていたという伊藤まさこさんが、
堀部さんのアトリエ、
そして堀部さんの建てた家をたずね、
会話をかさねました。
「はじめまして」のふたりでしたが、
どうやら、見つめている方向は、おなじ。
家づくりは、居場所をつくると同時に、
来し方行く末を考えること──、
そんなテーマの対談、全7回でお届けします。

堀部安嗣さんのプロフィール

堀部安嗣 ほりべ・やすし

建築家、京都造形芸術大学大学院教授。
1967年神奈川県横浜市生まれ。
筑波大学芸術専門学群環境デザインコース卒業ののち、
益子アトリエにて益子義弘氏に師事、
1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。
住宅建築を主軸に活動を続ける。
2002年、《牛久のギャラリー》で第18回吉岡賞を受賞。
2016年、《竹林寺納骨堂》で日本建築学会賞(作品)を受賞。
2017年、設計を手がけた客船
guntu(ガンツウ)〉が就航。

著書に
『ガンツウ | guntû』(millegraph)
『住まいの基本を考える』(新潮社)
『小さな五角形の家:全図面と設計の現場』
(学芸出版社)

『建築を気持ちで考える』(TOTO出版)
『堀部安嗣 作品集 1994-2014 
全建築と設計図集』(平凡社)

『書庫を建てる―1万冊の本を収める
狭小住宅プロジェクト―』(新潮社)

『堀部安嗣の建築 form and imagination』
(TOTO出版)
などがある。

●ウェブサイト

その5
街に住む。

堀部
ベトナム戦争で3カ月ぐらい、
ずっとジャングルを彷徨ってた兵士がいて、
その人の手記を読んだことがあるんです。
基本的にはもう自然しかなくて、
目に入るものは土の色と木の緑、後は空の色で、
そこにずっと3カ月いて、3カ月後にあるものを見て
「美しい」と思ったんですって。
その美しいと思ったものが‥‥。
伊藤
何だろう?
堀部
赤いコカ・コーラの缶だった。
伊藤
!!!
堀部
東京のこういう景観の中で、
コカ・コーラの空き缶見たって、
美しいとは思わないけど、
ずっと自然に囲まれ続けてきて、
あの人工的な赤とロゴを美しいなと思った。
そのときにどうしようもなく
自分は現代を生きている人間だということを、
兵士が確認できて幸せだったというんです。
そういう人工物を否定するわけではなくて、
やっぱりそういうものと自然を、
自分の心身共にうまくバランスを取っていくというか。
そういう自然と人工の共存が大切だと思います。
単純に、電気もそうですよね。
止まったら、もうね。
伊藤
2011年の地震が起こった時に、
東京から少し離れたところに
家をつくるのもありかもしれないと
思ったことがあったんです。
近くに川が流れていて、
そこからトイレに使う水を引いて、
屋根の上に光のソーラーパネルをつけて、
そこにいるだけで、インフラが止まってしまっても、
1カ月や2カ月は何とかなる家を
つくったらどうかなって。
私も切羽詰まってたんでしょうね、あの状況の中で。
ちょっと地震が落ち着いて数年後ぐらいに、
とても無理なことだったと思ったんですけれど。
もしお金があったら、住まいとは別に、
そういう場所が持てたら
素敵だなぁって。
でも、それも、今、だんだん薄れてきちゃいました。
それよりも、東京のマンションを
手入れして住みたいという気持ちが大きくなって。
堀部
ええ。
伊藤
でもそれには、荷物を持ちすぎだなと
考えるようになったんです。
おそらく食器も、4人家族の10倍くらいあるなって。
自宅兼仕事場でもあって、撮影もするし‥‥と、
それをいいことに、いっぱいあるんです。
いまは全部使ってるものなんですけど、
将来、いるのかな? って。
いずれ娘が独立したら、ひとり暮らしになるわけで、
おそらくワイワイと大勢のお客様を呼ぶこともない。
親しい人を1人、2人呼ぶことはあるだろうけれど、
みんなでワイワイしたいんなら外へ行けばいいし、
そうすると、広いダイニングテーブルは要らない。
堀部
なるほど。
伊藤
あと、私は暑がりで、長湯をしないので、
あんまり広い湯船はいらなくて、
それよりシャワーを充実させたい。
それと今の部屋は築50年で、段差があるんです。
いまは慣れましたけれど、
いずれ段差問題は大きくなる。
そんなふうに気づくことを心のメモにつけていたら、
住まいの形が見えてくるかなって思って。
堀部
でもね、マンションの内部のことを考えるよりも、
それがどういう地域にあるとかという方が
大きいんじゃないですか。
例えば近くに図書館があるとか、
歩いてすぐのところにコンビニが3、4軒あるとか、
スーパーがあるとか、銭湯があるとか、
お気に入りのお店があるところに囲まれているとか。
そうすれば自分の家の中には
そんなにいろんな要素がなくてもいいと思うんですよ。
伊藤
なるほど。
堀部
街全体に住んでるという考えで、
足りないものは補完し合う。
私的な独占がない方が、
結果的には共存共栄ができるし、お金も動く。
伊藤
今の住まいで気に入ってるのは、
坂の途中の住宅街で、坂の上と坂の下は、
それぞれ個性の違う商業地区なんです。
上は教会があったり公園があったりの山の手、
下は飲み屋さんとかがある下町。
そのどちらもが賑やかで面白くて、
しかも住まいのエリアは静かなんです。
堀部
住んでいて、楽しいんですね。
伊藤
はい、楽しいです。
「場所」ということでいうと、
年老いたときに、友達が突然ピンポーンって来てくれる
場所の方がいいなと思っています。
「みかん、たくさんもらっちゃった。
玄関前に置いとくからね」とか、
そういう関係が築ける場所がいいですね。
堀部
よく、地方はそういうお付き合いが
残っているというけれど、
地方は車社会になっちゃったから、
免許を返上したら、
そういう付き合いもできなくなっちゃいますよね。
その点、東京は恵まれていますよ。
徒歩で街を楽しめますから。
伊藤
そうですね。電車もあるし、バスもあるし。
そして古い建物っていいなと、住んでいて思います。
マンションには、それこそ50年前に建ったときから
住んでるのでは? みたいな
おじいちゃんやおばあちゃんがいる。
世帯数は少ないのですが、
みんな「こんにちは」っていい合う関係。
堀部
まだそういうことが残っているんですね。
定住率が高いんじゃないかな。
伊藤
そうですね。自分のマンションに
愛着がある人が多いような気がします。
ちなみに堀部さんはどういうお家に住まわれてるんですか。
堀部
マンションですよ。
ごく普通です。
伊藤
ご自身でリノベーションをなさって?
堀部
それが、してないんです。
そういうものですよ。
というのは、ぼくはある程度人の家の設計で
やりたいことがやれてるタイプだと思うんです。
クライアントが煩いから自分の思い通りにできないとか、
そういう欲求不満はないんです。
伊藤
そういえば、知人のスタイリストの方は、
いつもシンプルな服を着ている。
同じ服を2枚も3枚も持っているんですって。
仕事柄、
いろんなものを見てるのに、自分は着ない。
どうして? と訊いたらこう言ってました。
「人の着るものをいつも考えてるから、
僕はいいんだ」って。
堀部さんもきっと、そういう感じなんですね。
堀部
そうですね。
ただ、今、父のために考えている家が、
将来的に自分の住まいにもなるのかな、とも思います。
でも、それも父のことを考えているからいいわけで、
自分のために自分の家を建てるという発想では、
僕は、なかなか設計できないです。
父というフィルターがあるくらいのほうが、ちょうどいい。
あるいはもし僕の設計した家を手放すという施主がいたら、
そこに住んでもいいかもしれないな、くらいの感じです。
とにかく自分のためだけに、
最初から最後まで自分の家だ、みたいなことで
設計はなかなかできないですよ。
伊藤
すっごく意外です! そうなんですね。
建築家のなかには
自邸をしっかりつくられるタイプのかたもいるのに。
堀部
やる人とやらない人がいますね。
ただ、建築家が自邸を設計したら、
そのイメージをぬぐうことができないんですよ。
「この人はこういうことだ」と、
手法から美意識から、何から何まで
そこに凝縮されてるっていうふうに見られちゃう。
もうそれがずっと一生つきまとってしまうわけですし、
モデルハウス、ショールームにもなるわけじゃないですか。
それが僕はすごく苦手で。
服だったら、また変えればいいけれど、
家はそれができないから、怖い。
だから人のためにつくった家に
たまたま住んでるぐらいの方が気楽かな。
「家ってこんなもんでいいや」って思ってる方が、
僕の場合は心地いいです。
自分のワールドは何とかで、
ミクロコスモスをつくるんだみたいな感じになると、
ちょっとね(笑)。

(つづきます)

堀部安嗣さん設計の
「善福寺の家」(N邸)[5]


2階の一部、
リビングからひと続きになったところにあるのが、
子ども部屋。
ドアはついていないのですが、
ちゃーんとひとりの時間が持てるような
作りになっています。

「両面から使える書棚を壁がわりにして、
奥を子ども部屋、
手前はNさんのワークスペース、
というふうに分けています」

ネジで固定しているという書棚は、
いずれ「広く使いたい」となった時に、
動かして壁づけできようにしてあるとか。

家に自分たちを合わせるのではなく、
自分たちの暮らしの変化に応じてくれる家。
一生のおつきあいですもの、
その気づかいは住む側にとって
すごくうれしい。

(伊藤まさこ)

堀部安嗣さんの著書
『住まいの基本を考える』
(新潮社)2,640円(税込)


●新潮社のサイト
●Amazon

この対談のきっかけのひとつにもなった
堀部さんの著作です。
情緒と機能性をあわせもつ、普遍的な住まいのかたちを、
堀部さんの近作8軒の写真や手描き図面とともに
解説する本です。

「住まいは食や衣と同じく、人の心身に大きく作用する
とても重要なものです。また風土や環境や地域の文化と
密接につながっていなければならないものだと思います。
この本に示した私の考えや作品は、
あくまでも近年の私自身の試行錯誤の結果であり、
一般解、標準解を目的にしたものではありません。
一人一人が住まいという樹木の太い根幹を考え、
それぞれの地域、環境、暮らしの中に
豊かで多様な枝葉が茂ってゆく
一つのきっかけになる本になればと願っています。」

(「はじめに」より)

2020-01-07-TUE