「生活のたのしみ展」を前に、伊藤まさこさんが
セレクトショップRoundabout/OUTBOUNDの店主である
小林和人さんに会いに行きました。
日々つかうなかで「ほんとにいいなあ」と思えるもの、
そこにあるだけで穏やかでまっすぐな気持ちになれるもの、
そして、訪れたときに“どこかへ連れていってくれる”、
まるで小さな旅に出たような店づくり。
そこにはきっと、小林さんならではの哲学があるはず。
小林さんがお店を開くことになった「そもそも」のお話、
さらに遡って「原点」のこと、
そしていまにいたる活動まで、たくさんお話を伺いました。
ところどころ、小林さんがインタビュアーになって
伊藤さんの「あのころ」を聞きだす場面も。
全7回、ゆっくりおたのしみください。
小林和人さんのプロフィール
小林和人
1975年生まれ。
幼少期をオーストラリアとシンガポールで過ごす。
1999年、美大仲間とともに吉祥寺の古ビルの一角で
「Roundabout(ラウンダバウト)」を始める
(建物の取り壊しに伴い、2016年に代々木上原に移転)。
2008年、物の余白の領域に着目する場として
「OUTBOUND(アウトバウンド)」を開始。
2013年より、物がもたらす
抽象的な働きについて考える「作用」展の
開催を継続的に取り組んでいる。
2021年から富ヶ谷の生活用品店
「LOST AND FOUND」(ニッコー株式会社)の
商品選定を担当。国内外の様々な場所での展示、
スタイリングや商品企画、執筆など手掛ける。
0220代で培ったもの
- 伊藤
- 大学生の頃、好きだったお店ってありますか。
- 小林
- ありました。
ほとんど知っている人はいないと思うんですけど、
吉祥寺にあった「SIDE C」っていうお店は、
友人とよく行ってましたね。
それこそコラーニ的な世界観の家具や雑貨がありました。
それから、青山の根津美術館の近くに
今ミーレ(Miele)のショールームになってるところの
もうちょっと墓地寄りのところに
「O-parts shop」(*)っていうお店があって。
(*)2003年にノキア・ジャパンが南青山につくった
ショールーム内のインテリア雑貨店。
「Future & Technology」をコンセプトに、
デザイン性の優れたインテリア商品を扱った。
のちに赤坂に移転。
- 伊藤
- 「SIDE C」はわからないんですけれど、
「O-parts shop」は知ってます!
- 小林
- 初期のRoundaboutはかなり影響を受けました。
最初はいわゆる『2001年宇宙の旅』(*)みたいな
世界観にけっこう憧れがあったかもしれないですね
(*)1968年に公開された、
スタンリー・キューブリックのSF映画。
原作はアーサー・C・クラーク。
のちのSF映画に多大な影響を与えた。
- 小林
- 学生時代前半は多摩美のすぐ近くの
八王子の鑓水(やりみず)っていうところに
住んでたんですけど、3年から国立に住み始めて。
国立には雑貨屋さんが多く、
なかには生活雑貨に軍物をミックスして
売るようなお店もあったりして、
そういうとこは好きで
よく学生時代にのぞいたりはしていました。
あと「ALL ORDINARIES(オールオーディナリーズ)」
(*)という代官山の店も、生活雑貨とか文具とか、
あと軍物をミックスして置くようなスタイルで。
(*)1998年開店、2006年に閉店。流行に左右されないウェアを中心に展開していた。
- 伊藤
- 私は「F.O.B. COOP(フォブコープ)」(*)が好きで。
(*)ガラスワークとレストランサプライ商品に特化し、
広尾にオープンした雑貨店&カフェ。
1981年、益永みつ枝さんが創立。
のちに家具、インテリア、リビング、ダイニングなど
ライフスタイル全般へと広げ、人気店に。
2015年に閉店。
- 小林
- あ、はい!
当時日本に入って来てなかった
フランスのビストロやカフェで使われていた
DURALEX(デュラレックス)のグラスを
扱っていたんですよね。
ただ僕が知ったのは2000年頃だったので、
80年代に「F.O.B. COOP」がもたらした
衝撃っていうのは、ちゃんとは自分は受けてない。
- 伊藤
- なるほど。私と5歳違いなので、
ちょっとだけ世代が違うかもしれないですね。
- 小林
- あとはその5歳プラス、
まさこさんはほんとに中心にいて、早くから。
- 伊藤
- なんの中心ですか(笑)。
- 小林
- メディアの中心で動いてらしたから、
より早く世の中の動きに敏感だっただろうし、
時代の流れを作る、むしろ当事者だったと思うので。
- 伊藤
- そんなことはないんですけれど、
雑誌を見て近くで知らない店があったら必ず行ってました。
今はなんでもインターネットで調べられるけれど、
当時は知らないと思ったら巻末のクレジットを見て
出かけるしかなかったんです。懐かしいな。
- 小林
- まさこさんは‥‥ちょっといまさら
こんな質問もあれですけど、
最初はどんなお仕事をなさっていたんですか。
アシスタント時代とか。
- 伊藤
- たとえば、1990年代にNHK出版が刊行していた
『H2O』(エイチツーオー)というインテリア雑誌の
撮影アシスタントのお仕事をしていました。
体力の要る仕事で、
毎日トラック数台を手配して都内の家具屋を巡り、
撮影用の家具を借り回っていたんです。
「私、なんで青山通りで家具を包むための毛布を
こんなにたくさんたたんでるんだろう?」
と思ったりもしながらでしたけれど、
あの経験は、すごくよかったと思います。
大量に良い物を見る機会を得たんですから。
- 小林
- そうですよね。ああいう現場ってほんとに、
撮影するのは数点なのに、
その何倍もの数を用意しますよね。
- 伊藤
- 棚を1つ借りても、そこに並べるものが大量にあったり。
メーカーやショップにアポイントを取るのも
アシスタントの仕事なんですが、
当時は、ほとんどが固定電話だったんですよ。
- 小林
- そうですよね!
- 伊藤
- 借りる時間に合わせてルートを組んで、
逆算してロケバスに乗り、
トラックと一緒に移動して。
撮影後の返却も、
雑誌に掲載するためのクレジットを書くのも、
アシスタントの仕事でした。
パソコンもインターネットもない時代でしたから、
大変だったんです。手書きでしたし。
- 小林
- 90年代‥‥92、3年?
- 伊藤
- そうですね、94年ぐらいまでですね。
95年になるちょっと前に独立をしたんです。
- 小林
- その時に、インテリアから、雑貨に?
- 伊藤
- はい、インテリアはあまりにも体力を使うなあ、と。
そんなふうに思いながらアシスタントをしていたある日、
わたしがついていた先生が食器や雑貨のスタイリングで
ある料理家さんの本を担当することになりました。
そのお手伝いをして、びっくりしたんです、
「こんな世界があるんだ」
「私に向いているかも?」って。
私、元々食いしん坊だし、
こんなふうにテーブルの上で収まる世界が好きだな、って。
- 小林
- 「これだ!」って思ったんですね。
- 伊藤
- テーブルの上の世界を自分で決められる、
っていうのがよかったんです。
それに、美味しいものが食べられますし!
- 小林
- なるほど、なるほど。
確かに事前に、自宅のテーブルの上で
ちょっとシミュレーションもできる。
インテリアはそういうわけにはいかないですね。
- 伊藤
- 「料理が主役」っていうのも面白くて、
「私は独立したら料理のスタイリストになります」
って言ったら、『オレンジページ』から
小っちゃい冊子みたいな仕事が来たんです。
何にもお見せできる経歴がなかったのに。
- 小林
- すごいことですね。
じゃあ、独立した「伊藤まさこ」になってからは、
料理にフォーカスしたスタイリストだったんですね。
- 伊藤
- そうなんです。それからしばらくして、
『ku:nel(クウネル)』っていう雑誌が出て来て、
普通の暮らしが素敵、という提案が始まって。
- 小林
- そうですね。2003年でしたね。
まさしく伊藤さんの世界だなって感じますが、
伊藤さんはその前の90年代なんかは、
当時主流だったかもしれない
テーブルマナーに則った豪華な料理写真じゃなく、
脱・ナプキンリングみたいな、
シンプルな料理写真の提案をしていたんですか。
- 伊藤
- 『H2O』はずいぶん新しい感覚の雑誌でしたけれど、
それでもスタジオで
きちんと作り込んだ撮影をしていました。
独立してからは、
もっと普通のことができないかなあって、
ずっと思っていて。
- 小林
- 独立して「伊藤まさこ」として
スタイリングができるようになった当時は、
どんなお皿を使っていましたか。
インポートのお皿なのかな、作家物じゃなくて。
- 伊藤
- そうですね、仕事で集めるときは
リース屋さんに行ったりして。
- 小林
- そうですよね。まだ個人作家のシンプルな器って、
94、5年頃って恐らくそんなに
一般的じゃなかったですよね。
- 伊藤
- 今のようにたくさんはなかったです。
それでも西麻布の「桃居」など
よい作家の器を扱っているギャラリーに行って、
いいなあと思うものを個人的に買っていました。
恩塚正二(*)さんの作品とか、好きでした。
(*)1946年福岡県生まれの陶芸家。
1986年に田川市に築窯。器などの実用品だけでなく、
2001年からはオブジェの製作も。
のびのびした作風で知られた。2025年没。
- 小林
- いま伊藤さんらしい器と言えば「白」ですが、
当時はまだ白くはないですよね。
- 伊藤
- まだ白くはなかったです。ふふふ。
- 小林
- けっこう土あじ。
でもいわゆる民芸品ではなく、
作家物といっても
情念を器にぶち込む的な感じではないですね。
- 伊藤
- 洗練されているものが好きでした。
私も20代なのにギャラリーのオーナーさんは
すごくちゃんと相手にしてくださって。
それでちょっとずつ買うようになりました。
- 小林
- 著作を出すきっかけはどんなことでしたか。
- 伊藤
- 料理研究家の先生の本の
料理のスタイリングを1冊任されたとき、
その先生の器をまず見せてもらって、
足りないと思うものを家から持っていったんです。
そうしたら編集の人が
「伊藤さんって自宅でこんな器を使っているんだ?
本を出してみない?」って誘ってくださった。
そうしてつくった本が
『まいにちつかうもの』だったんです。
- 小林
- なるほど! 野田琺瑯が紹介されていた本!
- 伊藤
- そこからは、いただける仕事があるのは嬉しいことだし、
一所懸命に仕事をしようという時期が続きました。
スタイリングをすることと、本を出すこと。
‥‥って、いつの間にか私の話に?!
- 小林
- ふふふ、訊きたかったんです。
(つづきます)
2026-05-02-SAT