伊藤さんの実家の庭に昔からあるという
陶器製の椅子。
今の気分にしっくりくる、
シンプルなものがないか探していたところ、
NOTA&designのスツールに出会いました。
作り手は加藤駿介さん・佳世子さんご夫妻。
日本六古窯の一つ、信楽焼のつくり手です。
滋賀県信楽町の山あいに、
列車のように(といっても、うんと広いんです)
細長い建物が縦に3つつながる
大きな古い建造物を引き継いだ加藤さんたち。
そこに、ショップ、ギャラリーを併設した
二人の制作スタジオをつくりました。
そこを伊藤さんが訪ね、スツールや信楽焼のこと、
みずからリノベーションしたという
スタジオのことなどについて聞きました。
たくさんの作品とひろびろした空間を背景に、
話はどんどん広がっていきましたよ。

NOTA&designのプロフィール

NOTA&design ノタ アンド デザイン

2015年、滋賀県信楽町に「NOTA&design」を設立。
2017年、同じ場所にギャラリーを併設した店舗
「NOTA_SHOP」をオープン。
「ノタ」とは、陶器を作る際、粘土同士を貼り合わせる
のり状の接着剤のこと。
人と人、人ともの、時代や業種など、
あらゆるものと考えをつなぐことをテーマに活動している。

●NOTA&designのウェブサイト
●NOTA_SHOPのInstagram

加藤駿介さんのプロフィール

加藤駿介 かとう・しゅんすけ

1984年、滋賀県信楽町生まれ。
東京の広告制作会社に勤務後、
地元の信楽に戻り「NOTA&design」をスタート。

自社スタジオでは陶器の制作を中心に、
グラフィック、プロダクト、インテリア、
ブランディングなど、クリエティブにまつわる領域を
横断しながら活動を行っている。

加藤佳世子さんのプロフィール

加藤佳世子 かとう・かよこ

1984年、兵庫県生まれ。
成安造形大学グラフィックコース卒業後、
大阪のデザイン事務所に勤務。
結婚を機に信楽町へ移り、
信楽窯業試験所にて「小物ロクロ」と「石膏型」を学ぶ。
「NOTA&design」では陶器のデザインから制作、
生産管理まで幅広く携わる。

01
この場所からはじめる

伊藤
はじめまして。
いいところですね! 
おふたりとも、こちらが地元ですか。
加藤
僕はここ信楽で、妻が兵庫県です。
伊藤
そうなんですね。
加藤さんは、東京にもよくいらっしゃるとか。
加藤
はい。
僕たちは3つの仕事をしていて、
1つはこのお店とギャラリーで、
いろんな作家の方の作品を扱ったり
企画展を催しています。
もう1つが隣の工房で行なう焼きものの制作。
オリジナルもあれば、
今回の「weeksdays」さんのスツールのように
特注品を作ったりもしています。
3つ目がデザインディレクションで、
グラフィックや空間、
インテリアスタイリングやコーディネートまで
いろいろと受けていて、
東京での仕事も多いんです。
伊藤
わぁ。それは大忙しですね。
加藤さんがこの道に進まれたのは、
ご実家が信楽焼の窯元だったり?
加藤
両親とも焼きものの家系で、
父方の親戚がここで事業を営んでいたんですが、
あるとき、ほぼ廃業状態になったと
親戚づたいに聞いたんです。
ちょうどその頃僕たちが
自分たちで焼きものをはじめたいと思っていたので、
この場所を引き継ぐことにして、
10年前に2人でゼロからスタートしました。
伊藤
ゼロからというのは、
10年前はここはどんな感じだったんでしょう。
佳世子
そのまま仕事ができる状態では
全くなかったんです。
使われていない型や土、機械まで
ものすごい量が山積みになっていました。
2~3年かけて
2人で不要なものを捨てたり片付けたりしてから、
スタジオの壁や天井を自分たちで塗ったりして
整えていきました。
伊藤
片付けるだけでもそんなに? 
それほどこの場所に
魅力を感じられたんですね。
加藤
僕はここにUターンしてくる前に
東京で広告の仕事をしていたんですけれど、
人も仕事も多くておもしろい反面、
何か違うなと感じていたんです。
仕事が多かったり大きかったりすると
分業せざるを得ないですけど、
僕はやっぱりつくるところから
届けるまでを自分でやりたいと思ったので、
ここに帰ってくることに決めました。
伊藤
でも、もともと不要なものばかり詰まった場所なら、
普通はそちらの方に目が行っちゃいますよ。
この場所のポテンシャルに気づかれたのがすごいです。
加藤
ここは作品を作るのに
十分な広さがあるというだけではなくて、
両サイドに建物がなくて
外を見れば自然の風景が広がっています。
このスケールが感じられるのが大きな魅力でした。
伊藤
ほんと、すごく素敵なロケーションです。
工房部分のリノベーションのこと、
もうすこし詳しく聞かせてください。
どんなふうにされたんですか。
加藤
この建物自体は元の古い木造のままで、
内側だけ、必要な部分に手を加えました。
たとえば天井はもともと天井板が張られていたんですけど、
それを取ってしまって、
あえて骨組みを見せることにしました。
スタジオの方は壁の色を塗っていますが、
ここは壁ももとのまま、
床だけを新しく作って、
コントラストをつけました。
伊藤
古いところと新しいところ、
対比がきれいですね。
加藤
屋根も瓦なので、
床もフローリングにすると
和風っぽくなりすぎるんですよね。
僕たちは古いものの良さも大事にしたいけど
現代的なものも好きなので、
ハイブリッドな空間にしたいなと思ったんです。
ここで扱っているものは
工芸、デザイン、アート、ファッションとさまざまなので、
どれも違和感なく扱えるような場所をめざしました。
伊藤
信楽焼というとやっぱり、
素朴で力強い焼きもの、
それからたぬきの置物が一般的なイメージですよね。
街の方たちは加藤さんたちの斬新な活動に
驚かれたりしなかったですか。
加藤
うーん、どうでしょうか。
でも、つくっているものについて言うと、
たぬきもそうですけど
信楽はもともと“大きいもの”をつくる町なんです。
その技術は活かしたいので、
僕らも器のような小さいものはあまり作っていなくて、
今回ご依頼いただいたスツールのような
比較的大きなサイズの焼きものを作ることが多いですね。
それと、僕がここで活動をはじめた理由のひとつは
地元の方たち‥‥とくに若い人たちに
いろんなものを見てもらえる場所を作りたかったんです。
でもいざはじめてみると
県外から来られる方がほとんどなんですけどね。
伊藤
地元の方はあまり来られないんですか。
加藤
Uターンをして
上の世代の方たちと話す機会を得てわかったのが、
この街には職人として技術を持っている方が
すごく多いんです。
そういう方たちにとってはこういう場所も
あまり目新しくないんでしょうね。
伊藤
なるほど。
何かしら焼きものに関わってきた方たち。
加藤
そうなんです。
作ることはできるんだけど、
何かをはじめたいとか
こういうものがつくりたいと
思っている人は少ないんです。
なぜかと言うと、
ここで事業を立ち上げた初代の人たちは
戦後の頃が多くて、
いいものをつくろう、豊かな暮らしにしようと思って
信楽焼をはじめたんですね。
それから人口が増えて生活が豊かになり、
事業も伸びて2代目・3代目になってくると、
僕の父もそうでしたけど、
何か目標があって作るというよりは
家業だから継ぐという方が多かったみたいです。
伊藤
家を継ぐか、
他にやりたいことがあるなら家を出るか。
加藤
はい。
こういう産地のような場所では
昔からのビジネスができ上がっているので、
卸先のルートも含めて継ぐというのが
一般的だったみたいです。
でき上がった焼きものは卸問屋から地元の問屋、
その次、という形で卸されていって、
自分で作ったものを使う方に直接届けるということが
難しかったんですよね。
それも時代とともに変わってきて、
今こうして届けるまでを含めて
自分たちでできるようになりました。
伊藤
じゃあ、もともと
自分たちでやりたいという気持ちがあったから
この場所でスタートを決められたんですね。
加藤
そうですね。
それと、お店を作ることに決めたとき、
やまほん」さんの存在は
僕の中で大きかったです。
伊藤
「やまほん」さん、
伊賀のギャラリーですね。
お近くでしたか。
加藤
信楽と伊賀は隣町で、
ここから車で15分くらいの場所にあるんです。
立ち上げられてもう25年くらいかな。
ギャラリーの近くには電車の駅もないし
もともと何もないような場所だったんですけど、
そこで表現する場を設けて、
作家と共に育って、
文化をつくっていかれて‥‥。
それを目の当たりにして、
僕たちも自分たちや
僕らの世代がいいと思えるものを
この場所から発信していきたいと感じました。
伊藤
そんな出会いがあったんですね。
加藤
けれど、
「やまほん」さんをそのままトレースするのでは
僕たちがやる意味がないので、
いいと思う部分を集めて
自分たちなりに編集したりして。
「やまほん」さんは主に
建築とキュレーションを手掛けてらっしゃるので、
僕らだからできることというと、
やはり自分たちで作ることかなと思っています。
(つづきます)
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