長くつづけた東京との二拠点生活をやめ、
住まいとアトリエを北海道・旭川に移した
chisakiの苣木紀子さん。
そこでの帽子づくりには、
もともとあったファッション的な発想に、
実用的な視点がくわわったのだそう。
今回「weeksdays」で紹介するニットキャップも、
北の地での冬の暮らしから
“体験的に”うまれたアイテムなんです。
このかわいいニットキャップ「Koko」について、
こめられた思い、工夫、つくりかた、素材のこと、
そして旭川での帽子づくりの変化の話や、
この2年の暮らしのこと、これからのことを、
伊藤まさこさんがオンラインでききました。
苣木紀子さんのプロフィール
苣木紀子
偶然教わったベレー帽作りから、
繊細なその世界に惹かれ独学で帽子作りを始める。
企業にて帽子デザイナーとして12年従事した後、独立。
日本の職人の技術、志の高さ、心遣いなどに共感し、
日本製に重きを置き、2016SSコレクションより
「chisaki」の名でブランドをスタート。
その時々に出会ったさまざまな国の材料やパーツを使用し
製作をつづけている。
趣味は登山とロッククライミング。
夫の住む北海道と、アトリエのある東京を
往き来する二拠点生活を経て、
現在は旭川に自宅とアトリエをもつ。
「weeksdays」のインタビューに
「自由でしなやかな帽子作り。」がある。
01旭川のアトリエから
- 伊藤
- 苣木さん、ご無沙汰しています。
先日の展示会、嵐で行けず、すみませんでした。
- 苣木
- とんでもないです。
すごい確率で嵐に当たっちゃいましたね。
でも、こうしてお話できて嬉しいです。
ありがとうございます。
- 伊藤
- 今は、北海道ですよね?
- 苣木
- そうです。旭川にいます。
病気があって、旭川の医大に入院していたので、
そのまま旭川にアトリエを構えました。
- 伊藤
- 久しぶりにお目にかかったのが今年の3月。
ご闘病のことを知らず、失礼しました。
- 苣木
- いえいえ、誰にも言っていなかったんですよ。
でも、復活してまいりました。
- 伊藤
- 入院中も病室で帽子のデザインをしていたと
おっしゃってて。
- 苣木
- そうなんです。副作用がないときを狙って、
デザインをしたり、サンプルを送ってもらって、
作業をしたりしてました。
時間はありましたから。
- 伊藤
- いま、モニター越しに、クルクルって髪の毛が。
- 苣木
- 抗がん剤の投与を始めたら、
2週間ぐらいでぜんぶ髪が抜けちゃって、
投薬が終わったら、クルクルの髪になりました。
- 伊藤
- そんなことが。でもお似合いですよ、かわいいです。
‥‥って、ご病気のことは
言わないほうがいいですよね?
- 苣木
- いいえ、全然大丈夫ですよ。
インスタでも、
お休みしてたときのことをお伝えしているんです。
- 伊藤
- そうでしたか。
ヘアスタイルが変わったことによって、
被る帽子って変わりました?
- 苣木
- ヘアスタイルもそうなんですけど、
髪を失ってみて、
「肌触り」とか、「フィット感」とか
「被り心地」がいかに帽子には大事かっていうことを、
身をもって体験しました。
髪がないと素材が直に頭皮に触れるので。
- 伊藤
- そうですよね。
- 苣木
- でも闘病中、自分が作ってきた帽子を被って
「いい素材を使ってきてよかったな」
と思いましたよ。
- 伊藤
- 本当にそうですね!
- 苣木
- 病院で被れる帽子と、
外で被れる帽子はもちろん違うんですよね。
闘病中は着ている服がパジャマでしょう、
それもちょっとベーシックな色の、
ナチュラルなものになる。
白血病や悪性リンパ腫など
血液の免疫の病気の方がいる病棟だったので、
感染症対策が徹底していて
外気に触れることができないんです。
外出はもちろん、窓も開けられない環境でした。
放射線治療後、さい帯血移植をしてもらったのですが、
その時はしばらく無菌室にいました。
そんな色がない無彩色の病室にいるから、
ちょっと気分を上げるために、
せめて帽子だけでもと色のあるものを被ったり、
スカーフを巻いたり。
副作用できつい時はもうそんなこと
気にしていられないのが現実でしたけど‥‥。
みなさん治療を受けて大変な中で、
髪の毛も抜けて体感的にも心地悪かったり、
見た目が大きく変わってしまうことに心を痛めてたり、
恥ずかしいという気持ちもあり帽子をかぶったり、
ウィッグをつけるの方が多いのですが、
『なかなかいいものに出会えない』っていうかたも
多くいらっしゃることを知りました。
この経験を通して、そういう方たちにお届けできる帽子を、
今後、作っていきたいなっていうふうに思いました。
もともと、うちのお客様には、ネットで、
「闘病中に被りたいので」という
お客様が結構多くいらっしゃいまして、
「いつか、いつか」って思ってたんですけど、
自分がリアルに感じないと、
髪がない状態での被り心地やフィット感って
わからなかったなあって思いました。
- 伊藤
- 絶対、欲している人、いますよね。
じゃ、すごく大変ななかで、
帽子を作ることがちょっと励みになったり?
- 苣木
- そうですね。
闘病中の日記にはどの素材がいいとか、
サイズ感はどうとかこんな帽子があったらいいかも
とか走り書きしていました。
- 伊藤
- 髪があるのとないのでは、
気温の感じ方も違いますよね、きっと。
- 苣木
- はい。それに髪があると
蒸れないんだっていうことも分かりました。
直に被ると、帽子ってすごく蒸れるんです。
- 伊藤
- そうなんですね。
- 苣木
- シルクなど、天然素材がなぜいいかというと、
湿気を吸ったり、外へ放ったり、
肌や空気と自然に調和してくれるんです。
特にシルクは繊維がとても滑らかで摩擦も少なくて、
髪が抜けて頭皮が敏感になっている時でも
安心して身につけられるんですよね。
優しい気持ちにもなるし、
精神的にも良い効果があったと思います。
洗いたての枕カバーが痛いと
感じる時にかぶって寝たりしていました。
思いがけずではありましたけど、
病気をして髪の毛が抜けて、
そういうときに心がどうなるか
ということも分かりましたし、
体感としてどういう帽子がいいか、
っていうのも分かったので、
今ならちゃんと、そういう背景も含めて、
自分でいいなと思えるものを作れるなって思いました。
- 伊藤
- 悩んでらっしゃるかたに、
すごく心強いと思います。
3月にお会いしたときは、
「もうすっかり元気です」って
おっしゃっていましたが、
あの頃から通常営業に戻った、
という感じだったんですか。
- 苣木
- そうですね。いまは完全に通常営業です。
家とは別にアトリエを借り、
薬も飲んでいない状態です。
- 伊藤
- すごーい!
- 苣木
- 12、3キロ痩せたんですけど、
それも戻りました。
- 伊藤
- よかったです、ほんと。
スタッフのみなさんとはオンラインで?
- 苣木
- はい、基本はオンラインですけれど、
ひとり北海道に移住してきたスタッフがいまして。
- 伊藤
- え? 苣木さんとしゃべってて、
いいなと思われたのかな。
- 苣木
- 何回か打ち合わせで北海道に来てもらううちに、
ここの環境が気に入ったのと、
北海道でもいくつかの市町村の小中学校で
山村留学という制度があるようで、
うちのスタッフは2人の子供と自然の中で
過ごしてみたいと移住してきました。
アトリエのある旭川からも
30分ほどのところに住んでいます。
- 伊藤
- 山村留学、かわいい名前ですね。
夏が暑い場所にいると、
北海道に住みたいっていう人も
増えてきたのではないでしょうか。
- 苣木
- そうかもしれないです。
ここもだいぶ暑くなってきましたけれど、
東京に比べたらもちろん涼しいので。
- 伊藤
- ところで、いま、オンラインの画面で、
苣木さんの背景に、
いっぱい帽子が見えますよ。
- 苣木
- そうなんです。
次の秋冬のコレクションの
デザインが始まったんです。
- 伊藤
- もう1年後の?!
そっか、そうですよねえ。
それを旭川のアトリエでなさっているんですね。
やはり北海道は東京に比べて、
冬に帽子を被る方が多いですか?
- 苣木
- 多いかなぁと思います。防寒としてあった方が安心!
基本、スーパーに行くにもコンビニにもほとんどが車移動で
ましてや冬はずっと外にいることはまずないのですが、
外に出ると冷気で耳の上の方が冷たくなって、
痛くなっちゃいます。
耳の上の方だけでもカバーされていると
寒さが軽減される気がします。全部カバーできたら最高!
- 伊藤
- そんなに寒いんですね。
だから耳まですっぽり被る
ニットキャップがいいわけですね。
- 苣木
- すごくいいですね。
私、ベレー帽が好きなんですけど、
こちらに移住してきてから、
耳まで隠れるようなフラップのついた
ベレー帽を作りました。
- 伊藤
- やっぱり体感してこそ、ですね。
わからないですもの、耳の上が寒いって。
- 苣木
- 私、雪山に登るんですけど、
極寒だと何が寒いって「眉間」です。
痛くなるんですよ、雪の中で。
- 伊藤
- 眉間が痛いって!
- 苣木
- 「バラクラバ」ってあるじゃないですか、
目だけ出す「目出し帽」のことですけれど、
あれは眉間が隠れることも、暖かさの理由なんです。
- 伊藤
- うわぁ、ほんとうに体験してこそ。
(つづきます)
2025-11-10-MON