おしゃれな女性ファッション誌『sweet』で
連載中の「シンVOW」では、
毎回、すてきなゲストをお迎えし、
VOWについてあれこれ語りあっております。
このページでは、紙幅の都合で
『sweet』に載せきれなかった部分を含め、
たっぷりロングな別編集バージョンをお届け。
担当は、VOW三代目総本部長を務める
「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
山口晃（やまぐち・あきら）
1969年東京生まれ、群馬県桐生市に育つ。96年東京芸術大学大学院美術研究科絵画専攻（油画）修士課程修了。2013年『ヘンな日本美術史』（祥伝社）で第１２回小林秀雄賞受賞。17年桐生市初の藝術大使に就任。
日本の伝統的絵画の様式を用い、油絵という技法を使って描かれる作風が特徴。
都市鳥瞰図・合戦図などの絵画のみならず立体、漫画、インスタレーションなど表現方法は多岐にわたる。
近年の展覧会に、2015年個展「山口晃展 前に下がる 下を仰ぐ」（水戸芸術館現代美術ギャラリー、茨城）、18年個展「Resonating Surfaces」（Daiwa Foundation Japan House Gallery、ロンドン）、23年「ジャム・セッション 石橋財団コレクションX山口晃 ここへきて やむに止まれぬ サンサシオン」（アーティゾン美術館、東京）等。2023年ニューヨークのメトロポリタン美術館に作品が収蔵される。
成田国際空港や東京メトロ日本橋駅のパブリックアートを手がける一方、新聞小説や書籍の挿画・装画など幅広い制作活動を展開。
19年のNHK大河ドラマ「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」のオープニングタイトルバック画を担当。また、東京2020パラリンピック公式アートポスターを制作。
Born in Tokyo (1969), Yamaguchi grew up in Gunma prefecture, and graduated from Tokyo University of the Arts in 1996 with MA in Oil Painting. In 2013, his book Hen-na Nihon Bijutsushi won the 12th Kobayashi Hideo Award. He assumed a post as the first artistic ambassador in his hometown of Kiryu city.
He uses oil painting technique in traditional Japanese style. Known for painting bird’s-eye view cities and battlefields, along variety of media, including sculpture, manga and installation.
His major solo exhibitions include “Yamaguchi Akira: Stepping Back to Seek the Underneath” (Contemporary Art Gallery, Art Tower Mito), “Resonating Surfaces” (Daiwa Foundation Japan House Gallery, London), “Jam Session: The Ishibashi Foundation Collection x Yamaguchi Akira, Drawn to the Irresistible Sensation” (Artizon Museum, Tokyo) amongst others. One of his work was acquired by The Metropolitan Museum of Art in New York in 2023.
He has further developed the wide range of his practice through public artworks at locations including Narita International Airport, and at Nihonbashi Station (Tokyo Metro). He has also created illustrative work and cover art for a variety of serialized newspaper stories, novels and so forth, continuing his prolific practice across a broad range of fields. For 2019 NHK Taiga Drama, which is an annual historical drama television series, he was put in charge of creating a painting for the background of the opening credit for the TV show “IDATEN-The Epic Marathon to Tokyo”. He has also produced the official art poster for the Tokyo 2020 Paralympic Games.
- ──
- 自分は、この「さんりお」のネタが
昔から大好きなんです。 - でも、どうして好きなのかが、
自分でもずっとよくわからずにいて。
- 山口
- ああ、なるほど。
- ──
- これまでのお話を聞いて、
山口さんはどう思われるのか‥‥を、
うかがってみたくなりました。
- 山口
- まず、いわゆるディスクリプション、
つまり絵を見たときに、
そこに何がどう描かれているのかを
言葉で説明した場合、
この「さんりお」なる御仁と
本物のサンリオのキティちゃんとは、
ほぼ、同じものになりますね。
- ──
- ええっと‥‥？
- 山口
- つまり、
この「さんりお」のディスクリプションを
書くと、こうなるのです。 - 半袖のＴシャツと
肩紐のついた半ズボンを穿いていて、
赤いリボンをした白いメス猫。
かわいらしいヒゲが６本生えており、
目と鼻の下に
ちんまりとした口がついている‥‥。
- ──
- おお、キティちゃんです。まごうかたなき。
実際はぜんぜんちがうけど（笑）。
- 山口
- 明らかに異なっているのは、三白眼ですね。
- この黒目のちいささ。
ひるがえって、本物のキティちゃんの目に
白目はない。
あちらの目は「黒目だけ」なので。
- ──
- そうでしたっけ‥‥よく覚えてらっしゃる。
さすがは「見る人」だなあ。
- 山口
- つまり、言葉で説明すれば同一人物なのに、
実際にはまったくの別人。
その飛躍、落差に、おかしさやおもしろさを
感じてらっしゃるんじゃないでしょうか。 - わたくしなどは、
となりのページの「理想の看護婦」などが、
とてもいいなあと思いますが。
- ──
- ああ、手がいっぱい生えちゃってる人。
『VOW 30周年スペシャル』より
- 山口
- この絵を見た瞬間、
「あ、仏像ってこうやって生まれたんだな」
としみじみ感じ入りました。
つまり、千手観音なら千手観音、
仏さまの持つ象徴性を、
そのまま形に落し込むとこうなるんだなと。 - 絵としてはまだまだ粗削りで、頭でっかち。
つまり整ってはいない。でも、そこがいい。
- ──
- ここから美的に整えていくと、仏像になる？
- 山口
- 何らかの象徴性を備えたものがうまれる、
その瞬間の生成原理を感じます。 - 造形として整えていく前の段階の何かを、
ためらわずに出しているので。
- ──
- この絵の作者は。
- 山口
- そう。
- ──
- コンセプトの原液が濃厚に凝縮された
原始の海みたいなものですかね。
- 山口
- 何かの「兆し」の段階では、
だいたい、どこもかしこも整っていない。
ただ、それを整えていくにしたがって
いわば「デザイン化」されてしまいます。 - その過程で、
兆しの状態が持っていたこの不気味さや
トンがり具合が、
漂白され薄まっていくものですけれど、
この絵は、いい感じに、
まだまだ原初の不気味さを残しています。
- ──
- めちゃくちゃ不気味ですよ。
- 山口
- 投稿人の感想もじつに的確なものでした。
- こんな姿になるんだったら、
わたしは
看護婦になるのをやめようと思う‥‥と。
- ──
- わはは、でしょうね（笑）。
- 山口
- ただ、わたしは思うんですけど、
まったくこれは本当に創造の一環ですね。 - 表出というものの「力」を感じさせます。
そして、そんな創造行為が
市井の片隅で日々行われていること、
そのことに感じ入る。
思わず笑っちゃうのもわかりますが、
やむにやまれず「表出」したものだとか、
創造行為、
クリエイティビティを随所に感じます。
- ──
- 山口さんのおっしゃる「表出」について、
つまりそれって何なのか、
もう少し詳しくうかがってもいいですか。
- 山口
- たとえば「表現」というものが
「わたしは、このような絵を描きました」
という「サイン・署名」であるならば、
「表出」は
いわば「指紋」のようなものでしょうか。 - 描いてる最中に勝手についてしまってる。
作品に。つけた記憶もないのに。
それでいて、
それこそがもっともその人を表している。
もっとも「含んでいる」んです。
- ──
- それが、表出。
- 何でしょう、表現と表出とは、
「意識でコントロールできる／できない」
のちがい、というふうにも言えますか。
- 山口
- ええ、表現はコントロールできますけど、
表出は、基本的にコントロールできない。 - だからみな無自覚ですし、
「あなた、こういうことよくやるよね」
と他人に指摘されても、
そんなつもりなどないと憤ってみたり、
「あ、そう？」
なんてまるで気づいてなかったりする。
ある場合には、むしろ
直したい部分だとさえ思っていたりも。
- ──
- おのれから、にじみ出てしまうもの‥‥。
- 山口
- そうです。そして、そういうものにこそ、
いちばん「その人」が含まれている。 - そしてわたしは、そこが見たいんですよ。
- ──
- アンコントローラブルな表出ってやつを。
- でも、VOWも創造物である‥‥という
ご意見については、
ちょっとうれしい気がしています。
VOWも人間の営みの産物だよなあって、
ずーっと思っていたので。
- 山口
- 誰の許可も得ることなく、
自分の身のまわりに存在する諸形式を
ブリコラージュして、うみだす。 - それが「創造」の根本です。
完全なゼロからひねり出すのではなく、
手近の素材や型、
手癖や道具などを組み合わせて、
何とか体現、現前させようとする。
その姿勢自体が、クリエイティブです。
- ──
- なるほど。
- 山口
- その意味で、このVOWなるものも、
人間による創造の一環だと思いました。 - 路上の「とまれ」の投稿にも、
いろいろなことを考えさせられますね。
- ──
- どんなことでしょうか。たとえば。
- このネタもVOWの定番のシリーズで、
「とれま」とか「どよれ」とか
「とまと」とか、
さまざまな変異体が報告されています。
『VOW 30周年スペシャル』より
- 山口
- ここには、
描いた人の姿勢だとか手癖など、
つまり「身体性」がにじみ出ています。 - こういうものを描くときって、
案外フリーハンドだったりするんです。
- ──
- えっ、そうなんですか。
型があるようなものでもないんですか。
- 山口
- 型を使って描いたキワと違うし、
線に重なりがあるでしょう？
あるていど固く練った塗料を、
まだあたたかいうちに、
プリッと置くように描く。 - そういうものとして眺めると、
描いた人の呼吸とか身体の動きなどが、
見えてくるんです。
- ──
- 路上の「とれま」から！
- 山口
- その人なりの書き順や筆圧、
どこに身体の重心を置いているのか。 - たとえば、これを描いた人の場合は、
この逆三角形の
いちばん上の線から描いていますね。
そして、そこから一気に描かず、
いちど筆を離している。
線と線の間に隙間を空けるためです。
- ──
- 本当だ。微妙に、つながってない。
でも、どうして？
- 山口
- いわゆる「水抜き」です。
雨の水が溜まってしまうんですよ、
塞いでしまうと。
水が溜まると
車のタイヤがスリップします。 - 路上に何かを描く場合には、
必ずどこかで、隙間を空けてやらないと。
- ──
- 何でそんなことまで知ってるんですか！？
- 山口
- ははは、何ででしょうね（笑）。
- とにかく、じっくり見てやれば、
息遣いだとか身体性といったものが、
描かれたものから
みるみる立ち上がってくるんですよ。
- ──
- なるほど‥‥。
- お聞きしていると、描かれたものは、
絵や文字などの「記号」というより、
描くという行為そのものなのですね。
- 山口
- その人の「痕跡」……言ってみれば、
「描いた人そのもの」ですよ。
- ──
- それが「とれま」だったのか‥‥！
参りました！
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（つづきます）
2025-08-09-SAT
