──

山口さんは、
「表出」の部分まで見ようとしてるから
「長い」んでしょうか。
つまりその、
鑑賞時間といいますか、そういうものが。

山口

自ら何かをつくっている人は
鑑賞時間が長いとよく言われるようです。

つまり「描いている」んです、見ながら。
わたしもです。
他人の絵の前に立って、
なるほど、ここをこう地塗りして、
ここでハイライト、最高！　‥‥だとか。

──

お相撲さんの笑っちゃうポーズの瞬間を、
路上の「とれま」を、
あんなにも長い時間「見ている」読者は、
山口さん以外には、なかなか‥‥。

山口

ははは、そうかもしれません。

──

でも、個々のネタを
そこまで噛みしめながら味わっていくと、
１冊を読み切るのにも、
けっこうな時間が必要になってきますね。

山口

そうなんです。

とりわけ今回は、取材の内容が
どこかどうおもしろいか‥‥だったので、
１ネタずつチェックしはじめたら、
とてもじゃないけど、
すべてのページに目を通せませんでした。

──

いやあ、そうでしょう。それは。

山口

ただ、この「閉店のお知らせ」とかもね、
やはり立ち止まらざるを得ない。
流し読みなど、決して出来ない代物です。

だって、店主の長年の思いが、
こんなにも溢れてしまってるんですから。

──

新宿御苑で47年‥‥ってやつですね。

山口

ササッと済ませようと思ったら、
１分かそこらで読み終わってしまう分量。

でもここは、この場所は、
彼に許された最後のスペースなんですよ。
もしかしたら、
何十年も何も言わずにやってきた店主が、
店を閉める段になり、
ようやく今しかないと思って吐き出した、
そういう思いかもしれない。

──

いわゆる「表出」とも言える部分ですか。
これまでの話で言いますと。

山口

誰か他人のほうを向いてないんでしょう。
この店主は、これを書くにあたって。

──

閉店のお知らせ‥‥といいながら。

山口

美術の制作に似ています。

つまり、目の前の作品を導いていくのは、
自分の本当の興味に忠実な‥‥
言ってみれば
作品の声として聞いているものなんです。
その声に従うと、
自分の当初の意図からズレてきちゃって、
それは成り行きまかせの
いい加減なことなんだろうかと思うけど、
じつはそっちのほうが、含むものが多い。

──

だから店主は「２枚目」を書いたのかな。
きっと、最初は意図しなかったであろう
「２枚目」を。

つまり、この「閉店のお知らせ」には
「２枚目」が存在するじゃないですか。
「続きの物語」というべきものが。
ようするにあれは、
心の奥底の表出があふれちゃっていて。

山口

表出の部分というのは、
表現の部分より圧倒的に大きいんです。

──

なるほど。氷山のように。

山口

そのように圧倒的にたっぷりしたものを
表出すればするほど、純度が高まる。
そしてその純度に対して、
見る人は「共振」していくものなんです。

その共振がつまり、
「美術における、支持者の獲得」という
ことなんですが。

──

だから、この「閉店のお知らせ」は、
こんなにも人の心をつかむのか。
表出しちゃって、共振させてるから。

みなさん、これを挙げてくるんです。
おもしろかったネタとして。

山口

やっぱり、わたしにしても、
貼り紙の作者と「同期したい」ので。

この人は、店を閉めるにあたって、
なぜこんな貼り紙を書いたんだろう。
その部分を理解したいんですよね。

──

そもそも山口さんが、
こうして
ひとつひとつのネタに立ち止まって、
そこから
深め広げていこうとされているのは
どうしてなんでしょうか。
昔から
そういう子どもだったんでしょうか。

山口

何でしょうね。
美術に関わっている人間というのは、
もともと性分があったのか、
そのように
躾けられてしまうところもあります。

いろんなものを
「これっていったい何なんだろう？」
「何が起こっているんだろう？」
という目で見るように。

──

なるほど。つねに問いかけがある。

でも、VOWに対して
そこまで踏み込んでくださるのって
おどろきですし、うれしいです。

山口

あ、そうですか。

──

これまで、ぼくはVOWを
そういうものと思ってなかったので、
「反省」まではしませんし、
VOWとの距離感って、
今後も変わらないと思うんですけど。

山口

ええ、ええ。

──

そんなふうに向き合ってくれる人が
世の中にいるのかと思うと、
やっぱり、うれしいなと感じますね。

投稿人もうれしいんじゃないかなあ。

山口

そうですか。わたしとしては、
そうやって楽しむ‥‥
そうやってしか楽しめないものだと
思っているだけなのですが。

北野武さんだったかな、
こんなふうに言ってたことがあって。
「お笑い芸人がいくらがんばっても、
素人がけつまずいたときの、
あのおもしろさには勝てない」って。

──

ああ、なるほど。VOWに通じますね。

山口

ただそこで、その素人さんが、
けつまずいて骨折しちゃったら、笑えない。

派手に転んだけれども、
まあ、大事なさそうだから笑えるんですね。
心の安堵とともに、ポッと笑いが出る。
そう考えると、笑いというのは、
自分の恐れを鎮める行為なのかもしれない。

──

恐れを鎮める‥‥？

山口

ええ。ガガッと一気に上がった心拍数を、
笑いによって息を吐き出し、
そのことで、心を落ち着かせている。
胸の高鳴りを鎮めている。

もっと言えば、
何らかのストレスにされされた自分を
慰撫する、覚ます、
そのために、「後づけ」のようにして、
「ワハハ、おもしろい」
という感情が湧き起こっているのかも。

──

聞いたこともない話です。

山口

いま、適当なことを言っていますので。

──

わはは、何ですかそれは（笑）。
でも、めちゃくちゃおもしろいです。

いまのお話でふと思い出したんですけど、
昔の誰かが、
まあるいお月さまに雲がかかるだか、
雲間からお月さまが顔を出すだか忘れましたが、
とにかく、
そのようすを見て呵々大笑した、と。
つまり「笑い」というのは、
それまでの安定した状態に変化をきざす、
それによって引き起こされるんだ、
という話だったんですが、
何で読んだのかすっかり忘れましたけど。

山口

ええ。

──

当時のぼくは、理屈は理解したんですが、
ぜんぜん納得いかなかったんです。

いやいや月にたなびく雲がかかるだけで、
何がおもしろいんだ、と。
山口さんは、その気持ち、わかりますか。

山口

いやあ、わからないですけど、
何事かを悟ったという話なんですかね。
なんだ、わしは今までこんなことも
わからんかったのか、わっはっは、みたいな。

でも、こんなわかった風なことを言うよりは
「ぜんぜん納得がいかなかった」の方が、
他者の不可解さが立ち現れてていいですよね。

──

あ、ほんとですか。

山口

さっきまでの話でいえば、
ガガっと一気に高まってしまった何かが
抜けどころを求めたときに、
満月に雲がかかっても誰も骨を折らない、
誰も死なない‥‥
つまり心を動くにまかせて
差し支えないんだと思えば、
この場合それが、
現象として「笑い」となった。

そういうふんわりした理解でよければ、
わからなくもないですよね。

──

なるほど。
なんにせよ心は「変化」に反応すると。
それが「笑い」となることもある。

山口

精神的にも身体的に
高ぶった自分を安定状態に戻そうとする、
笑いというものは、
そのためのプロセスなのかもしれません。

‥‥ってまた口から出任せいってますが、
今日の取材、
こんなことで大丈夫だったのでしょうか。

──

大丈夫です。

これまでになかったVOWインタビュー、
本当にありがとうございました。

◎たぬきんカルテットのみなさんです 👉️８歳以上からタヌキさんの大事なところが触れるようになれる理由がわからない。（大阪府／みかん）♨️たしかに。タヌキさんも「あっ…」って。‥‥ちょっとほしいかも。