糸井

『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』を
ある必然性で一本にする、
というアイデアはわりと早めに出たんですか？

三宅

そんなことはなかったです。
オムニバスのように独立したものにしたほうが、
シンプルで潔いんじゃないかっていうことも考えました。
でも、どこかでシム・ウンギョンさん演じる
脚本家の李を軸にして一本にしようかと思いついて。

糸井

『海辺の叙景』と『ほんやら洞のべんさん』は
ちょっと毛色が違う作品なんですけど、
うまいこと映画にしたなと思いました。
だから、映画にするには材料が少ないとはいえ、
つげさんが連載されていた
「アサヒグラフ」の旅のエッセイなしには、
この映画はつくれなかったんじゃないですか。

三宅

おっしゃる通りです、はい。

糸井

もうね、その辺がたまらなかったです。
あまりマンガを描いていない頃の
旅の話も大事にされているんだなというのが。

三宅

たしか「アサヒグラフ」の連載なんですが、
つげさんが旅して撮った写真と、
それをベースに描かれた絵を
見比べられるものがあったんです。
写真の時点で素晴らしいんですけど、
絵になるとより断然「すごすぎる」と思いました。

糸井

違うものになるんですよね。

三宅

写真がそのまま記録されているわけではなく、
「つげさんの目と手をとおすと、
景色がこんなに立ち上がるんだ」と思いました。
写真に映らないものが
絵では描くことができるのかと実感して、
ますます、映画になにができるんだろう
っていうことを考えました。

糸井

何度もそこに立ち帰るわけですね。

三宅

単に撮ればいいだけじゃない。
絵を描くようにして撮らなきゃいけないところも
多々あるなと思いました。

糸井

よくそこで、気負かされずに、
最後までつくることができましたね。

三宅

そうですね。

糸井

ファイトを維持するっていうことが、
作り手としては大変なところだと思うんですが、
どうやって気持ちを維持したんですか？

三宅

どうでしょう‥‥
こんな罰当たりな仕事はやっちゃいけないって、
常々思っていました（笑）。
途中で白旗をあげようと思っていたくらいです。

でも、企画を進める段階で、
主演をウンギョンさんに演じてもらう
というアイデアが頭に浮かんだときに、
「もしかしたらいけるかもしれないぞ」
っていうのは思ったので、
俳優に引っ張ってもらったんだと思います。

糸井

最初は違うアイデアだったんですか？

三宅

マンガのとおりに、
日本人の中年男性の設定で脚本を書いていました。
でも、どうにもうまくいかなくて。
いろいろ試行錯誤しているうちに
ウンギョンさんの姿が浮かんで、
そこから一気にエンジンがかかりました。

糸井

シム・ウンギョンさんが主演だったおかげで、
どう言えばいいんでしょうかね‥‥
人も景色のようになるというか、
饒舌にしゃべらなくても、
「ただそこにいるだけで満たされている」
っていうのは思いました。

三宅

たぶん、国籍もなにも関係なく、
ウンギョンさん自身のパーソナリティが
そうさせている気がします。
ものすごく特別な人だと思います。

糸井

特別な人ですか。

三宅

ええ、似た人が思い浮かびません。

糸井

俳優として、
うまいへたは関係ないってことですよね。

三宅

そうなんですよね。
前提として、彼女は演技がめちゃくちゃうまいです。
そのうえで、ちょっとすごいエピソードがあって、
彼女は自分が出た作品に関して、
テイクごとの違いを覚えているらしいんですよ。
何年前の撮影でも、いまだに。

糸井

何度も同じシーンを撮りますよね。
そこで、OKだったりNGだったりするわけで、
どのテイクでどんな演技をしたのか覚えているんですか。

三宅

そうらしいです。
この映画でも、どのシーンのどのテイクが
本編で使われたのか、使われなかったのか、
俳優として記憶しているんだと思います。
それは、「プロフェッショナルだから」
というひと言では片づけられない能力だと思います。

糸井

いやあ‥‥ほんとですね。

三宅

きっと彼女にこの話をしたら、
「いや、仕事なんで」くらいにしか言わないと思います。
でも、それくらい客観視して、
カメラの前に立てているのはすごいし、
自分の演技を外から見る目があるんだと思います。

糸井

相手が自分の演技をどう受け止めるのか、
外の目でチェックしているんでしょうかね。

三宅

撮影中に彼女と一緒にモニターを見ることがありました。
泣いたりわめいたりする場面のない映画ですが、
もしあったとしても、泣こうがわめこうが、
カットがかかった後は一緒にモニターを見て
「ここはもっとこうしましょうか」と、
相談できちゃうような気がしましたね。

そこに心がないわけではなくて、
毎回本気で撮影に挑んでくれていました。
その上で客観視できるっていうのは、
素晴らしいなと思います。

糸井

なんだろう‥‥自然物みたいな人ですね。

三宅

別の星の生きものかもしれません（笑）。

糸井

そう思うと、今回の映画で、
そこに入り込めた堤真一さんはすごいですね。

三宅

堤さんは、その場にある箪笥や囲炉裏と同じように、
その場にいてくれました。

糸井

はあ、箪笥や囲炉裏と同じように。

三宅

その感じっていうのは、
この映画にとってとても大事でした。

糸井

“感じ”っていうのはこの映画全体に漂っていて、
夏のシーンが学生の前で披露されますよね。
ウンギョンさん演じる李は、
映像を見て「うまくいってない」と感じていた。
そうじゃないと、あんな雪山に行かないだろうし。
うまく言えないんですけど、
その“感じ”になんともいえない可笑しさを感じました。

三宅

可笑しさというのは気にしたところなんです。

糸井

そうでしたか。

三宅

つげさんの、たしか日記に書いてあったことですが、
あるとき、気分が良くて受けちゃったテレビの取材で、
調子に乗って喋りすぎてしまい
帰ってからめちゃくちゃ後悔した、
という話がぼくは大好きなんです。

ぼくも、映画賞といった華やかな場で褒められて、
花束なんてもらっちゃったりしたあとに、
帰り道でものすごく寂しくなることがあります。
自分の実感と現実がズレているというんですかね。
本来なら空気に呑まれて
大喜びすればいいものの、そうはなれない。
ぼくの場合は人前で隠してしまいますけど、
つげさんのマンガの人物や李の場合は
ポロッとものすごく正直に言っちゃうんです。

糸井

わかります（笑）。

三宅

あれこれ言うのは野暮かもしれないんですけど、
李が「うまくいかなかった」と口にする理由について
ぼくの考えでは、完成した映画には
李が書いたこと以上のものが映っていて、
監督の仕事は見事だと思う一方で、
自分は脚本家に向いていないのではないか、
ということで肩を落としているんです。

糸井

ああ、なるほど。

三宅

という理屈で、映画監督のぼくが書いて（笑）。
ややこしいですね。

糸井

ややこしいけれどすごくいいです。
それくらい創作っていうのは、
くんずほぐれつするものですよね。

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