映画監督・三宅唱さんの最新作『旅と日々』は、
つげ義春さんの『海辺の叙景』と
『ほんやら洞のべんさん』を原作に生まれました。
行き詰まった脚本家が旅先での出会いをきっかけに、
ほんの少し歩みを進める──
旅が日常的だったつげ義春さんの“感じ”を表すような、
圧巻の景色と映画の情緒。
「映画を観ていて、たまらなかった」と
感嘆した糸井は本作をどう観たのでしょうか。
ふたりの対話は、まったくあたらしいものを生むことが
難しい時代のものづくりを考える時間でもありました。

>三宅唱さんプロフィール

三宅唱(みやけ・しょう)

映画監督。1984年、北海道生まれ。
映画美学校フィクションコース初等科終了後、一橋大学社会学部を卒業。
長編映画『Playback』がロカルノ国際映画祭インターナショナル・コンペティション部門に正式出品されると、『きみの鳥はうたえる』『ケイコ 目を澄ませて』などで注目を集める。『夜明けのすべて』はベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式出品されたほか、国内の映画賞を席巻。星野源のMV「折り合い」を手がけるなど、幅広い映像分野で活躍する。

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03 充分なくらい足りている。

糸井
ぼくがいいなと思ったのは、雪のシーンです。
あの尺とカメラとの距離感。
撮影監督ひとりの意思決定では決してないだろうな、
と関心しながら観ていました。
三宅
そこまで観てくださってありがとうございます。
糸井
あの積雪の中だと、足跡もつけられない。
観ている側はおもしろいけれど、
「これはどうやって撮ったんだろう」と思いました。
三宅
大変でしたね‥‥
でも、入念に事前準備をしました。
寒いし暗い場所なので
撮影当日は頭が回るわけがないと思って、
事前にロケ場所に行って、スタッフと試しに歩いて、
カメラとの距離などを決めました。
ただ、ロケハンのときに見た雪の様子と、
撮影当日はすこし変わったりもするので、
そればっかりはよめないんです。
スタッフと共有していたのは
映画の途中にあるセリフ。
「自分たちを遠くから見たら、どんな趣なんでしょう」。
まさにこれですよね、と
あるスタッフが言っていました。

糸井
なるほど。
三宅
このセリフは映画にとって核となるものでした。
雪のシーン以外でも
遠くから映すシーンがあるのですが、
撮影できそうな場所を制作部が探してくれて、
「ここにカメラを置けばこう見えるはず」
という話をみんなで何度もしました。
糸井
カメラは何台くらい持っていくものですか?
三宅
1台です。
糸井
ということは、向きを変えて何度も撮るわけだ。
三宅
カメラの位置は何度も変えました。
なにがめんどうかって、
照明を大移動させるのが大変なんです。
機材だけではなくて電源車も動かすので大仕事になる。
照明を動かせないならカメラの向きを変えて、
画をつなげました。
やりたいことのなかで、最善の方法を見つけて。
糸井
上からの距離だけじゃなくて、
横の距離も長かったですね。
三宅
長かったですね。
俳優にだいぶ遠くまで行ってもらいました。
糸井
ああいう場面で驚いたというか、
この映画は観るべきだなって思いました。
三宅
そうですか。
糸井
つげさん原作で映画化したものって、
多くは「なにがなにをして、なんとやら」
を語っているんです。
たしかにつげさんはストーリーを描いているんだけれど、
映画とマンガでは伝えられる情報量が違うから、
『旅と日々』を観たときに
「ああ、これが観たかった」と思いました。
理由を語りすぎないというか、
ストーリーがすべてじゃないですよね。

三宅
ストーリーは器でもあるというか、
景色やキャラクターを
引き立てるためのものでもあったと思います。
きっかけがなければ、
人は風景を見ないと思うんです。
なので、ストーリーは欠かせないものなんですが‥‥
糸井
ストーリーを無視してはいなかったです。
どうなるのかなって思わされましたから。
でも、もしかしたら言葉がわからなくても、
観れたかもしれない。
三宅
ぼくの映画の理想は、
字幕なしでもおもしろい映画なんです。
飛行機に乗るときに、
日本語字幕がついていない映画がありますよね。
ああいうときは、わざとヘッドホンをせずに、
ただ画面だけを見ていることがあります。
それでもおもしろい映画っていうのがあって、
『旅と日々』は字幕なしでも
おもしろい映画にしたいと思っていました。
糸井
字幕なしでもおもしろいと思います。
ただ、セリフがどうでもいわけではなくて、
セリフもおもしろかった。
もともと、マンガのセリフもおもしろいですしね。
三宅
はい、何度もそれを思いました。
つげさんが書かれるもともとのセリフがおもしろくて、
脚本を書いているときになにを足しても引いても、
うまくいかないことが続いたんです。
糸井
そうでしたか。
三宅
たとえばつげさんがエッセイや対談で喋られたことを
セリフとして足そうとしたんですが、
そうするとその部分だけ浮いちゃって。
結局原作のセリフに全部戻したらしっくりきて、
「いよいよ映画化する意味がないじゃん」
と打ちのめされました(笑)。
もう充分なくらい足りているというか、
「そこにある」って感じがしました。

糸井
でも、マンガにはなかったシーンも、
いろいろありましたよね。
三宅
撮りながら、原作から離れた場面やセリフを、
少しずつ入れられるようになりました。
糸井
でも、加筆は最低限だなと思いました。
三宅
『海辺の叙景』の脚本作業のとき、
はじめ机の上では
なにも足せなかったんですけど、
ロケハンで見つかったものはなぜか
足すことができたんですよね。
今回、伊豆諸島の神津島で撮影をしたんですが、
そこで出会った博物館はマンガに出てきません。
原作は千葉の房総半島、大原が舞台なので
そもそも景色が違うけれど、
神津島から受け取ったものは
ストーリーの中に並べられたんです。

糸井
足で稼いだものなら、
画の中におさまってくれた。
三宅
なぜか、ストーリーに馴染んでくれました。
糸井
後半の雪深い場面も、
そんなにマンガでは長く描かれていないですよね。
たった1コマを引き伸ばして、会話劇にして。
三宅
『べんさん』の方は、
けっこうおしゃべりなマンガですからね。
糸井
決して、血湧き肉躍らない物語だけれど、
こういう作品が海外の映画祭で
ノミネートされているんだから、
伝わっているってことですよね。
三宅
そうだとうれしいですね。

© 2025『旅と日々』製作委員会 © 2025『旅と日々』製作委員会

(つづきます)

2025-11-09-SUN

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  • 映画『旅と日々』

     

    強い日差しが注ぎ込む夏の海、雪荒ぶ冬の山。
    息を呑むようなうつくしい景色に
    佇む人々の小さくて大切な日常の歩みが、
    しっかり映し出されている映画です。

    原作は、つげ義春さん。
    フランスのアングレーム国際漫画祭で
    特別栄誉賞にかがやき、
    「マンガ界のゴダール」と評されます。
    原作となった『海辺の叙景』と
    『ほんやら洞のべんさん』、
    そして日常的に旅をしてきた
    つげさんのエッセンスが汲み取られ、
    映画になりました。
    独特な静けさを持った作品世界をつくりあげるのが、
    俳優シム・ウンギョンさんや堤真一さん、
    河合優実さん、髙田万作さんといった俳優陣です。
    ぜひ劇場で、音とともにお楽しみください。

    11月7日(金)より、TOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか全国ロードショー

     

    旅と日々の劇場情報は公式サイトよりご確認ください。
    監督:三宅唱
    出演:シム・ウンギョン、河合優実、髙田万作、佐野史郎、堤真一
    配給:ビターズ・エンド ©2025『旅と日々』製作委員会

     


     

    連載「俳優の言葉」では『旅と日々』主演の
    シム・ウンギョンさんにお話をうかがいました。