装丁につかう革の手配に半年をかけ、
金属のケースに入れてつくった、
『あゝ、荒野』の特装版、20万円。
使ったインクは300キロ、
930点もの大道さんのプリントを、
1枚1枚、いつどこで撮ったのか
調べあげてつくった、
全832ページにおよぶ最新写真集。
ああ、とんでもない。
紙のための木を伐り倒すところから、
町口さんの本つくりは始まっている。
大好きな森山大道さんのこと、
写真集というものが持つ魅力と凄み、
造本家(というか町口さん)の
広大な活動のフィールド、
と~んでもないお仕事ぶりについて、
たっぷりうかがってきました。
担当は「ほぼ日」奥野です。

>町口覚さんのプロフィール

町口覚(まちぐちさとし)

造本家。1971年東京都生まれ。デザイン事務所「マッチアンドカンパニー」主宰。日本を代表する写真家たちの写真集の造本設計、映画・演劇・舞踏・展覧会のグラフィックデザイン、文芸作品の装幀など幅広く手掛ける。2005年、自ら写真集を出版・流通させることに挑戦するため、写真集レーベル「M」を立ち上げると同時に、写真集販売会社「bookshop M」を設立。2008年から世界最大級の写真フェア「PARIS PHOTO」に出展、世界を視野に日本の写真集の可能性を追求し続けている。造本装幀コンクール経済産業大臣賞、東京TDC賞など国内外の受賞多数。2021年1月から〝Through the Pandemic〟をテーマに、自身のレーベルより作品集を季節ごとに刊行している。https://bookshopm.base.ec/

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第2回 こんなオトナ、他にいない。

──
大道さんは、信頼するお仕事相手には
「勝手にやっていいから」
っておっしゃる方だとよく聞きますが、
町口さんの『あゝ、荒野』を見て、
何かおっしゃったりとか、しましたか。
町口
すごく、よろこんでくれたよ。
──
おおー。
町口
基本的には毎回「お任せ」でやってて、
ありがたいことに、
楽しみにしてくれていると思う。
ただ、緊張するけどね。
だって「まるっきりお任せ」とかって。
怒られはしないんだけど(笑)。
──
プレッシャーがすごそうです。
町口
たしかに、自分の性格的には、
ああだこうだ言われるのはイヤだけど。
──
ですよね(笑)。
町口
でも、何にも言われないっていうのも、
勝手に緊張しちゃうんだよね。
相手は、何と言ったって森山大道だし。
2004年から毎年、
ずっと大道さんの本をつくってるけど、
毎回毎回、それだから。
「こういうことで、どうでしょうかね」
「いいね」って。
そういうやりとりが、
もう20年くらい続いてるんだけど。
──
ええ。
町口
最初の『ROUTE16』は子どもじゃん。
まだ、俺。
──
子ども?
町口
やり方が子どもだなと思う。

──
どういうところが子どもですか。
町口
これ、国道16号線を
車の中から撮ってる写真集なんだけど、
あのとき、大道さん、
スカーラっていう
モノクロームのポジフィルムで撮った、
ものすごい量の
国道16号線の写真をポンとくれたの。
──
ええ。また、ものすごい量を。ポンと。
町口
まず、その中から、
「たったの16枚でつくっちゃおう!」
ってさあ、その発想が子ども。
「国道16号線だから16枚!」って。
──
なるほど‥‥。
町口
さらに俺、育ちが横浜で
16号線って身近な道路だったんだけど、
そこをトボトボ歩いて、
「16号線のアスファルトでも撮るか!」
なんつって、これ、
俺がデジカメで撮った写真なんだよ。
──
え? 大道さんの写真じゃ‥‥。
町口
ないんだよ(笑)。どうかしてるよね。
これ、モノクロにして銀で印刷したら
いい感じになるなとか思って。
俺が撮った国道16号線の写真を、
左側に銀で印刷して、
右側に大道さんの写真を組み合わせた。
──
こっち側は、町口さんの写真‥‥!
町口
そう、俺が撮った写真なのよ。じつは。
これ持ってる人、いまだに、
大道さんが撮った写真じゃないかって、
思っているんじゃないかな。

──
どういう気持ちで、こういう写真集を?
町口
これをつくった2004年以前から、
俺、ずっと森山大道の本を見てきてさ、
いざ、自分がつくるとなったら、
ここでヒヨッちゃダメだろ~と思って。
ケンカを売ってやれくらいな気持ちで、
やっちゃったんだと思う。
──
町口さん30代の前半‥‥のころ。
町口
若いよね(笑)。
半分「怒られるかもな」とか思いながら、
大道さんのところへ
ラフを持っていったんだよ。
で、いや、こんな写真撮ってないとか、
これ誰の写真だ‥‥とかって、
絶対に言われるって思うじゃん、ふつう。
──
別の案は用意せずに、
1案しか、持って行かなかったんですか。
町口
ないない。これだけ。
で、大道さんに、
「すみません、
あんなにたくさん写真を預かりましたが、
16号線なんで16枚にしました」
とかって言って、さらに
「で、すみません、俺、地元横浜なんで、
久しぶりに帰って
国道16号線トボトボ歩いて、
アスファルトの写真を撮ってきたんです」
って、見せたの。
──
お、おお。
町口
こういう本にしたいんですけど‥‥って。
──
そしたら‥‥。
町口
「いいね!」と。
──
大道さん!(笑)
町口
そう言われたの、よく覚えてる(笑)。
その答えを聞いて、
「この人、やっぱりとんでもねぇな」
と思ったんだよ。
──
本当ですね、「器」というか‥‥。
町口
だいたい、若いころっていうのはさ、
オトナに対して、
ケンカ売りたくてしょうがないよね。
だけど、ケンカ売ったのはいいけど
「いいね!」だって。
「こんなオトナ、会ったことねぇ!」
と思った。「ヤバいっ!」と。
──
なるほど(笑)。
町口
肩透かしをくらったって感じだった。
そのときに、若いころの大道さんも、
寺山さんとか、
そのとき出会った先輩たちに、
「いいね!」
って言われてきたのかなあと思った。
──
ああ‥‥。
町口
聞いたわけじゃないけどね。
もしかしたら、そうなのかもなって。
それまで、
雲の上の人だなって思っていたけど、
これは、ひょっとしたら、
森山さんとは
ずっと本をつくれるかもとも思った。
──
実際、その後もずーっと関わられて。
町口さんのつくった大道さんの本て、
たくさん、ありますもんね。
町口
たしかに長くやってるけど、
毎回「初戦」の気持ちでやってます。
──
初戦。
町口
大道さんは大道さんで不変なんだけど、
俺は、いつでも初戦の気持ち。
なかでも『あゝ、荒野』は、
自分にとっては
ターニングポイントになった本だから、
特装版をつくりたい‥‥という
「覚書」を書いて、
パルコ出版の藤本さんに渡してみたんだよね。
──
覚書‥‥それは、いわゆる「企画書」ですか?
町口
うん、寺山、森山、寺山、森山‥‥で
ふたりを拮抗させる本をつくったけど、
そのふたりが、
つまり「寺山修司」と「森山大道」が
実際に、
赤コーナーと青コーナーに立って、
睨み合っているような、
そういう本をつくりたいんです‥‥と。

──
ええ、ええ。
町口
そしたら、オッケーが出ちゃって。
それが、そこに置いてある特装版なんだけど。
──
おおー、立派な‥‥重っ!!!
町口
1冊20万円、限定50部。
──
えっ! に、にじゅうまんえん?
町口
狂ってるでしょ。
で、重いでしょ。ケースが金属製だからね。
──
金属製!?
町口
うん。

(つづきます)

2021-06-11-FRI

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  • 町口さんが、またまた、
    とんでもない本をつくってしまいました。
    東京工芸大学に収蔵されている
    930点の貴重なオリジナルプリントを、
    全832ページ….
    厚み6センチ….重量5キロの本に….。
    しかもそれだけじゃなく、
    930点のプリントすべてについて
    町口さんが大道さんに聞き込み調査して
    (大道さんが言うには「事情聴取」)、
    「この写真が、いつどこで撮られたか」
    というデータが添えられているんです。
    さらにはオリジナルプリントのサイズ、
    各作品をデータ化する際に
    オリジナルから
    「何パーセント縮尺されているか」まで
    1枚1枚、記載されている….!
    なんたる資料性。徹底的なつくりこみ。
    大道さんへの愛とリスペクトなしには
    絶対にできないと思いました。
    造本家・町口さんのとんでもないお仕事。
    ぜひ、手にとって見てください。
    重いですけど。
    今回とくべつに、大道さんのサイン本を
    数量限定でご用意しました。
    お買い求めは、こちらのページから。

    ※2021.06.15 追記
    大道さんのサイン入り「森山大道写真集成5」は
    ウェブでは完売してしまいましたが
    渋谷PARCO8階「はじめての森山大道。」会場に
    まだ在庫がございます。