さあ、冬季五輪です。今年はイタリア。
ミラノとコルティナダンペッツォ(長い!)で
2月6日から2月22日まで開催されます。
かつては膨大な量のメールを
狂気じみた長さで翌日に掲載していた
「観たぞオリンピック」シリーズですが、
東京オリンピックでその形式は終わり、
その後に開催されたオリンピックからは、
ぼくが1日に1本、原稿を書く
というスタイルでひっそり続けています。
あ、ぼくというのは、ほぼ日の永田です。
さて、今回のオリンピックでは、
さらにのんびりと、書けたら書きます、
というくらいの感じで行きたいと思います。
そしてリアルタイムの観戦実況的な発信は、
Xの「#mitazo」をご覧ください。
さあ、はじまったらはじまっちゃうよ?
開会式から閉会式まで、よろしくお願いします!

 

永田のX(旧Twitter)アカウントはこちらです。
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#18

ふたつの「あきらめない」

 
オリンピックの終わりには、
いつも前向きな気持ちになっている。
自分が何をやり遂げたというわけでもなく、
18日間の競技を熱心に観たというだけなのに、
ふつふつと何かが湧き上がる感覚がある。
勘違いだとしても勘違いでかまわない。
寝不足だったり不規則だったりで、
身体的にはけっこうしんどかったりしても、
目はむやみに遠くを見ている。
やらなければ、という気分になっている。
ミラノ・コルティナ2026オリンピック、
日本は冬季最多となる24個のメダルを獲得した。
その数が我々をポジティブにさせているのだろうか?
違う、メダルの数は関係ない。
なぜなら、どのオリンピックでも
終わったあとにこの高まりがあるからだ。
いや、すごいと思いますけどね、24個。
このオリンピックを振り返ってみて、
どうだったのかなと考えるよりはやく、
ぼくにはこの18日間のテーマがひとつ思い浮かんでいる。
ありふれていて、わざわざ表明すると
ちょっとばかみたいだと思うけど、書いてみる。
大切なことは、「あきらめない」ということだ。
けっきょくそうだなあとぼくは思う。
生涯追い続ける目標、みたいなことじゃなく、
どんなささやかなことだってそうなのだ。
あきらめなければかならずかなう、
なんてことはもちろんない。
なんなら、かなわないことがふつうで、
それを基準にしたってかまわない。
「あきらめない」というのは、
世界に向かってエントリーすることなのだと思う。
ああ、どうしてもおおげさになっちゃうな。
このオリンピックで目撃した
ふたつの「あきらめない」を挙げよう。
ひとつは、いま誰もが想像しているそれと同じだ。
フィギュアスケート、ペアで金メダルを獲得した
「りくりゅう」こと三浦璃来選手と木原龍一選手の演技。
金メダル候補としてミラノに乗り込んだ彼らは、
ショートプログラムで、自分たちの大きな武器である
リフトでまさかのミスをしてしまい、5位と大きく出遅れる。
そんなこと、書かなくても知ってるよ、と思うでしょう?
これがね、2年とか4年とか経つと忘れちゃうんだよ。
なんか、だいたいの結果しか覚えてなくて、
「ショートでどうなったんだっけ?」みたいになるんだよ。
ともかくふたりはそのシーズンの主要大会ですべて優勝し、
絶対の金メダル候補でありながらショートでミスをし、
最終グループにも入れない順位で最後のフリーを迎えた。
それでも「あきらめなかった」から金メダルをとった、
というようなあらすじをわざわざ書きたいわけではない。
ぼくが、これをずっと覚えておこうと強く思ったのは、
ショートプログラムでミスをしたあと、
木原龍一選手が「ずっと泣いていた」ということだ。
翌日、なにかというとぽろぽろ涙を流し、
「ぜんぶ終わっちゃったな」と思っていたということだ。
つまり、木原龍一選手は、いったんあきらめている。
こころが折れている。ショートの演技終了後、
というだけではなく、一日、ひきずっている。
ぼくらの知っているアスリートたちは、
たとえ悪い結果が出ててもしっかり切り替える。
「起こってしまったことはもうしかたないので、
つぎにしっかり集中しようと思いました」かなんか言って、
見事に逆転の筋書きを組み上げ実践する。
けれども、木原龍一選手は、三浦璃来選手いわく、
「ずっと泣いてるんですよ」状態だった。
長くスポーツを観ているけど、
そこまでの状態は聞いたことがない。
わけても、木原龍一選手は三浦璃来選手の9歳年上で、
年齢的にも経験的にも実際の生活においても、
リーダー的な存在である。
そんな彼がどんぞこに陥って、
そこからふたりは復活したのである。
これを「あきらめなかった」からだ、
とまとめるのは大雑把過ぎる気がするし、
2年後とか4年後に読み返したときに
まったくぴんと来ないと思うので、
のちのちの自分のために
ぼくはもうすこし細かいメモを追加しておく。
重要なのは、仲間がいたことだ。
三浦璃来選手がいたことだ。
おそらく、木原龍一選手が男子シングルの選手なら、
金メダルはとれなかっただろう。
しかし、りくりゅうはペアであり、
大きなミスをして「終わっちゃったな」と思ったのは、
りくりゅうの半分に過ぎなかった。
逆説的にいえば、三浦璃来選手が
ちょっとでもそっち側に引きずられていたら、
あの奇跡みたいなフリーの演技はなかっただろう。
51対49でも世界最高得点はあり得なかっただろう。
木原龍一選手をはげます三浦璃来選手のことばや態度を、
木原龍一選手がすこしでも疑ったら、
大逆転の金メダルはなかっただろう。
もう、『ONEPIECE』のセリフみたいになっちゃうけどさ、
仲間がいれば、そして仲間が信じられたら、
どうしようもない状態でもなんとかなる。
そしてそれってすぐにできることじゃない。
ふだんから仲間を信頼していること。
あたりまえに仲間を信頼していること。
それが、ほんとうの「あきらめない」につながる。
ぼくがあの演技から学んだのは、そういうことである。
もうひとつの「あきらめない」は、
それこそこういうところに書いておかないと
数年後にすっかり忘れてしまいそうなことだ。
フリースタイルスキー男子デュアルモーグルで
堀島行真選手は銀メダルを獲得した。
決勝はモーグルでも金メダルをとった
カナダのキングズベリー選手に果敢に挑んだが
滑り切ることができず、惜しくも2位となった。
ぼくが覚えておきたいのは、
その決勝戦ではなく、2回戦のことだ。
堀島行真選手はこの種目の初戦となる2回戦で、
アメリカのニック・ペイジ選手と対決した。
デュアルモーグルは並行するコースを
ふたりの選手が同時に滑り、相手に勝つことで
トーナメントを勝ち上がっていく。
だから、最終的にどんなスコアになろうと、
相手より1ポイントでも上回ることに意味がある。
滑走がはじまり、まずペイジ選手が先行する。
モーグルはターンとエアとタイムの
3つの要素で得点が決まるため、
速ければいいというわけではないが、
相手より速くゴールするというのはとても重要なことだ。
堀島選手はやや遅れながら行く。
一発勝負だから、危険を承知で攻める。
そして2つ目のジャンプ台の直前で
コブに蹴られてスキーが暴れる。
そして、ジャンプ台に完全に斜めから入ってしまう。
空中での姿勢は完全によじれて斜めになる。
そして、そのまま回転したあと、
着地のところでほとんど後ろ向きに尻もちをつく。
ゴールに背を向けての転倒である。
モーグルを観たことがある人なら、
それがどのくらい大きなミスかわかると思う。
しかし、そのあとにめずらしいことが起こる。
転倒して、雪にバウンドした堀島選手の体勢が戻るのだ。
尻もちをつき、その勢いを利用するようなかたちで、
堀島選手は立った状態に復帰する。
しかし、述べたようにそもそもの体勢が後ろ向きなので、
堀島選手はゴールに背を向けて経っている状態になる。
2つ目のジャンプ台からゴールまで数十メートルはある。
堀島選手は後ろ向きの状態のまま、どうしたか。
そのまま滑ったのである。
後ろ向きのままでゴールしたのだ。
ゴールは対戦相手のペイジ選手よりわずかに速く、
総合的に見事2回戦を勝ち抜いた。
結果を言ってしまえば、対戦相手のペイジ選手は、
中盤でコースアウトしてゲートをくぐれなかったので、
堀島選手はゴールしさえすれば勝利することができた。
しかし、転倒した時点で堀島選手はそれを認識できていない。
もちろん、ラッキーなことが起こったのだとは思う。
しかしあの奇跡的な復帰は、
堀島選手が前半のターンの暴れも含めて、
「なんとかしようとしていた」から、
現実になったことであるようにぼくには思える。
まえにも書いたかと思うが、
モーグルというのはものすごく厳しい競技だ。
とんでもないコブの連続するコースを、
速さと美しさを気にしながら、
一気にすべり降りなくてはならない。
しかも、途中で2回ジャンプしながら。
モーグルというきびしい競技で
2大会連続のメダルを手にした堀島選手は、
おそらく「なんとかする」ということが
身体の芯に染みついているとぼくは思う。
どんなアクシデントも、どんな失敗も、なんとかする。
モーグルはそういうスポーツだ。
ジャンプ台に斜めに入ることはアクシデントだ。
空中の回転がよじれてしまうのも、
着地で尻もちをつくのも、もちろんアクシデントだ。
そして、そのあとバウンドして復帰することも、
同じくアクシデントなのだと思う。
堀島選手は、それらをなんとかした。
つねに「なんとかしよう」としているからなんとかできた。
これも「あきらめない」のひとつのかたちだとぼくは思う。
平常心として、「あきらめない」ことが、
「なんとかする」ことが、身についている。
だからこそ、咄嗟のときに、なんとかなる。
あの「背面ゴール」は世界中で話題になったという。
たしかにきびしいモーグル競技ではめずらしい姿だ。
しかし、あれは、堀島選手がふだんからあきらめず、
つねになんとかしようとしているからこそ、
実現できた姿なのだと思う。
そしてこの2回戦突破があったからこそ、
堀島選手は銀メダルを手にすることができた。
そういう積み重ねのすえに、メダルはある。
堀島選手の銀メダルも、りくりゅうの金メダルも、
あらゆるメダルが、いろんなものを乗り越えたすえにある。
オリンピックの18日間にぼくらが目にするのは、
さまざまなものを乗り越えてきた人の、
壮大なダイジェストなのだなとぼくは思う。
それらを受け取って、わずかばかりでもポジティブになり、
元気が湧いてくるのは当然のことだ。
ああ、ミラノ・コルティナ2026オリンピックが終わりました。
うれしいことに、明け方の閉会式を観終えた今日は祝日です。
これまでにそんな大会ってあったかな。記憶にないんだけど。
オリンピックの開会式と閉会式の翌日って、
自動的に祝日にしてくれてもいいんだけどな。
今回のオリンピックもたくさんいろいろ書きました。
好きなことを仕事のなかに混ぜ込めて、
あいかわらずぼくはとんでもなく幸運だと思います。
読んでくださったかた、
そしてXの「#mitazo」ハッシュタグで
いろいろいっしょにたのしんでくださったかた、
ほんとうにありがとうございます。
例によってつぎはどうなるかわかりませんが、
遊べるようなら、また遊びましょう。
2026年2月23日 永田泰大(ほぼ日)

(最後までお読みいただきありがとうございました。)

2026-02-23-MON

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