さあ、冬季五輪です。今年はイタリア。
ミラノとコルティナダンペッツォ(長い!)で
2月6日から2月22日まで開催されます。
かつては膨大な量のメールを
狂気じみた長さで翌日に掲載していた
「観たぞオリンピック」シリーズですが、
東京オリンピックでその形式は終わり、
その後に開催されたオリンピックからは、
ぼくが1日に1本、原稿を書く
というスタイルでひっそり続けています。
あ、ぼくというのは、ほぼ日の永田です。
さて、今回のオリンピックでは、
さらにのんびりと、書けたら書きます、
というくらいの感じで行きたいと思います。
そしてリアルタイムの観戦実況的な発信は、
Xの「#mitazo」をご覧ください。
さあ、はじまったらはじまっちゃうよ?
開会式から閉会式まで、よろしくお願いします!

 

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#05

忘れられないキス&クライ

 
オリンピックの団体戦が好きだ。
うれしいものも、悔しいものも含めて、
思い出す光景がいくつもある。
多くの人がまず思い浮かべるであろう、
アテネの男子体操の「栄光の架橋」。
いまだ生々しい悔しさの残るパリの柔道団体。
ああ、最後の抽選で、よりによってリネール!
「康介さんを手ぶらで帰らせるわけにいかない」の
ロンドン男子水泳メドレーリレー。
「ふなきぃ」という弱々しい名言で知られる
長野オリンピックのスキージャンプ団体。
陸上のヨンケイこと400メートルリレーは、
リオでウサイン・ボルトを驚かせた
男子日本チームの銀メダルもいいけど、
個人的にはアンカーの朝原選手が
メダルが決まった瞬間にバトンを放り投げて
それが行方不明になったことが印象深い
北京のそれを挙げたい。
あのバトン、見つかったんだっけな?
あと、団体戦で好きな話としては、
たしか水泳のメドレーリレーの第一泳者は
リレー中であっても個人の正式記録として
タイムが有効だという話。
個人戦よりも団体戦のほうでのびのびと
ちからを発揮できるタイプの選手がいて、
ベストタイムを記録する選手が少なくないそうだ。
それは、なんだかわかる気がする。
チームで団結し、みんなのために個人が戦う団体戦は、
不思議なちからを個人に与える。
昨日の明け方に観たフィギュアスケートの団体戦は、
そんなぼくの「団体戦の記憶」に
きっと長く刻まれることになると思う。
そしてその区分は、うれしい記録でも悔しい記録でもない。
結果的には銀メダルだったけど、
そういうことが理由ではない。
ミラノ・コルティナオリンピック、
フィギュアスケート団体の最終日は劇的だった。
三浦璃来選手と木原龍一選手のりくりゅうペアが
パーソナルベストを出して1位となり、
女子フリーの坂本花織選手も高得点を出して、
1位のアメリカと59ポイントでぴったり並んだ。
そして最終種目は男子フリー。
この種目に勝ったほうが団体の金メダルを得る。
アメリカは「4回転の神」ともいわれるエース、
イリア・マリニン選手がショートに続いて出場。
対して日本は佐藤駿選手がリンクに立った。
佐藤駿選手はこれがはじめてのオリンピック。
そして、当たり前だけど、
このオリンピックではじめて滑ることになる。
団体では前日、鍵山優真選手が男子ショートに出場し、
完璧な演技でマリニン選手に競り勝っていた。
しかし、佐藤駿選手はフリーの演技に定評がある。
去年の全日本フィギュアスケート選手権大会では、
佐藤駿選手は鍵山優真選手に次ぐ2位となったが、
じつはフリーの得点に限れば鍵山選手を上回っていた。
とりわけ、ジャンプの安定感はほんとにすばらしい。
まずマリニン選手が滑った。
ぼくはフィギュアに詳しいわけではないので、
観ながら詳しく見極められなかったのだけれど、
実況と解説の方によれば、途中の連続ジャンプが
予定どおりに行かなかったりして、
かならずしも完全な出来栄えではなかった、らしい。
しかしそれでも個人戦の
金メダル候補といわれるマリニン選手は、
200点を超える高得点を叩き出した。
佐藤駿選手が最終滑走者としてリンクの中央に立った。
素人目に観ても、すばらしいスケートだった。
ジャンプはすべてが成功した。
画面左上のシグナルもほとんどグリーンだった。
演目「火の鳥」の最後のポーズを決めた瞬間、
佐藤駿選手は会心の表情で拳を振り下ろした。
しかし、フィギュアスケートは、
そもそもの演技の構成点が得点の上限を決めるということを、
素人のぼくでも知識としては知っている。
まったくミスなく滑っても、
勝利に届かないことがしばしばある。
あの瞬間、どうだったのだろう?
フィギュアスケートのファンはどっちが勝ったのか
予想ができていたのだろうか。
見守っていたチームメイトは、
どのくらい確信していたのだろうか。
そして、滑った佐藤駿選手本人は?
結果、佐藤駿選手は194.86ポイント。
マリニン選手に5.17ポイント届かなかった。
しかし、言うまでもなく、
すばらしいパフォーマンスだった。
テレビのまえでぼくらは心から拍手を贈ったし、
チームメイトも佐藤駿選手を称えていた。
日本チームのキス&クライは、
最高の順位には届かなかったけれど、
銀メダルのよろこびに包まれている、はずだった。
しかし、その輪の中央で、
佐藤駿選手は泣き崩れていた。
たぶん、理屈では、頭では、
完璧な演技をしても届かないことがあることを、
十分に理解していたと思う。
フィギュアスケーターは、
そういうシミュレーションを何度も何度もくり返して
リンクに上がっているはずだから。
しかし、佐藤駿選手の涙は止まらず、
キス&クライの真ん中で顔を上げることさえできなかった。
あの涙は、アスリートの本能だとぼくは思う。
理屈では割り切れても、戦う本能が、
かんたんに笑顔に切り替えることを許さなかったのだろう。
そしてその本能的な涙をもっとも理解しているのが、
ともに団体戦を戦った仲間のスケーターたちだった。
涙はあっという間に彼らに伝播し、
検討を称えるはずだった拍手は、
佐藤駿選手を励ます拍手へと変わった。
へんな言い方だけど、あそこにいた誰もが、
自分のことのように泣いていた。
ああ、たまらない光景だったな、あれは。
ぼくはあのキス&クライをずっと忘れないと思う。
オリンピックの団体戦が好きだ。
それは、勝ち負けを超えたとんでもない風景を
ときどきぼくらに見せてくれるからだ。

(つづきます)

2026-02-10-TUE

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