
日本語のわからない海外の人が、
翻訳ツールを使って
ほぼ日を毎日読んでいるとしたら?
世界のどこかにひとりくらいは、
そんな人もいるのかなぁと思っていたら、
なんといました! ほんとうにいたんです!
彼女の名前は、マデリン。
オーストラリアに住む16歳の女の子からでした。
自動翻訳の精度に満足できず、
「公式の英訳記事をもっと出してもらえませんか?」
というメールをほぼ日に送ってきたのです。
日本語のわからない彼女が、
どうしてそんなにほぼ日を読むようになったのか、
ちょっと気になりませんか?
メールでのやりとりを通して、
彼女が読んでいる「HOBONICHI」のこと、
もっとくわしく教えてもらうことにしました。
それでは、マデリン、よろしくね。
Madeleine(マデリン)
オーストラリア在住。
現在は17歳になり、
高校の最終学年を迎えました。
地元のスピーチ大会では、
3度の優勝経験を持つそうです。
好きな科目は「数学」。
好きなゲームは「MOTHER」。
翻訳ツールをつかいながら、
いまも毎日ほぼ日を読んでいるそうです。
※プロフィールは随時更新予定です。
- マデリンからの2通目は、
かなり長文のメールでとどきました。 - どうしてマデリンは
ほぼ日を熱心に読むようになったのか?
どんなコンテンツに興味があるのか?
予想外のエピソードの数々に、
わたしたちはまたまたびっくりしました。
きっと一気に読んじゃうと思いますよ。 - あ、ちなみに、
本文中に出てくる「Tsubasa」というのは、
返事をしたほぼ日の西本のことです。
ファーストネームってやつですね。 - それでは、原文と日本語、
お好きなほうでおたのしみください。
Dear Tsubasa,
I’ve tried to explain it to many people, but no one can understand how happy your email has made me. From the bottom of my heart, thank you, Tsubasa. It has taken me some time to come up with answers to your questions that I am happy with. My response is long, but please read it through to the end. (Next time I will release it as a five-part article hahaha).
This year is my first year using the Hobonichi Techo, so last year was my first experience buying one. As soon as I saw the Smiles & Tears Weeks, I knew that was the one I wanted to buy. But between the time I decided which one I wanted and the time it actually took to arrive, there was nothing I could really do, you know? I was so obsessed with something I couldn’t even hold in my two hands. So, I couldn’t help but check the website every day.
In all honesty, I started reading the articles out of both boredom and curiosity. Often they would discuss things that as a foreigner, I didn’t quite understand, but still, I could sort of relate to. Looking back through my diary, I found the first article that really caught my eye – it was entitled, “Isn’t it time to talk about ageing and death?” Although I was only just 16, the title was quite provoking, and I couldn’t help but see what it was. I ended up saving lots of the quotes from that talk between Itoi and Agawa, but there was one that struck a chord with me:
People often tell me, “you know you’re going to get hurt if you get close to someone with a strong will, right?” But if I meet someone who seems interesting, I still end up getting close to them.
Well, those simple words spoke to a sore and lonely heart of mine, that had just gone through such an experience.
That quote does not sum up that article at all – I have much better ones for that purpose – but it expressed a feeling in me that I had never been able to express before. It wasn’t a grand statement, and it’s certainly not a statement that would apply to everyone. But it was raw, real, human. That is what I discovered the articles on Hobonichi to be like. They had no agenda, no ‘gotcha’ questions. They were just genuine conversations with genuine people. People who had experienced interesting things that they wanted to share with the world.
Trying to explain Hobonichi to other people is a difficult thing. It’s not quite a blog, a store, a newspaper, or a magazine. Well, maybe it’s all of those things, but it’s more than that too. Somehow, I don’t have to ‘know’ what it is in order to ‘understand’ what it is. Because of that fact, the translation issues haven’t stopped me from reading. Sure, I don’t ‘know’ what the original text means, and sometimes Google Translate doesn’t sound quite right. But I don’t have to ‘know’ in order to ‘understand’ what is being said.
Now, I want to tell you two stories. Maybe it won’t make sense, but they encapsulate why Hobonichi means so much to me.
* * *
At the end of last year, I entered a public speaking competition, and I had no idea what to write my speech on.
However, there was one thing that wouldn’t leave my mind no matter how much I thought about it – Mr Itoi’s Today’s Darling 08/09/2024, which asked the question of “What do you really want to do?” That essay stuck with me, because it gave an interesting answer to a question young people like myself are asked all the time. Well, I based my speech on that daily essay, but added and changed parts to tailor it to my audience, who would be Australians, and mostly people my age.
Out of twenty competitors from across my region, that speech won.
It was not a grand speech. It did not deal with the most pressing issues of our time, like some of my competitors’ speeches. But there was something heartfelt and relatable in it. Since then, I have won two other speech competitions, both of which included at least one quote from the Today’s Darling.
The first article to really influence me was the lecture by Manabu Tauchi.
Around the time it came out, I had been looking for ‘what I really wanted to do’ with my life, and hadn’t found anything. I loved Maths more than anything, as well as reading and writing, but most of all, I just wanted to be able to do something that made a difference in the lives of others. Someone suggested Economics as something that encapsulated all of those things, but I was sceptical. Nevertheless, I read the article with great interest.
Today’s topic is money, but in the end, money is also based on human relationships. Relationships between people are the most important thing.
Just like in that very first article, those words resounded in my beating heart. Well, I decided to take Economics this year as one of my senior subjects, and I’ve really fallen in love with it. One day I would like to be an Economist who can use data to help people.
* * *
I keep coming back to Hobonichi because there is always something there that will make me grow as a person. I feel like I’m constantly quoting articles and the Today’s Darling (I’m sorry… I don’t think I can bring myself to call it Today’s Hobonichi just yet). The humanity and complexity of the company makes it different from any other site I’ve ever visited, and I know that there is no substitute. In the scheme of things, Hobonichi is a small part of my life. If the website shut down tomorrow, I’d be tremendously sad, but I would live on. Likewise, everything that 1101.com has delivered into my open heart would live on. The things that Hobonichi has given me – I will hold on tightly to them.
But most of all, Hobonichi has affirmed my desire to be someone who is “kind, strong and interesting” over someone who is “wealthy, powerful and well-known”.
“I’m glad it exists” “I want to help protect it” “I want to support it” “I want to learn from it”
That is how Itoi defined ‘respect’ in his conversation with the high schoolers.
That is how I feel about Hobonichi.
Again, thank you Tsubasa. I hope I have answered your questions adequately. I may not know you, and I haven’t even seen your face, but you truly mean the world to me.
Love from Madeleine
ツバサさんへ
あなたからのメールがどれほどうれしかったか、
たくさんの人に説明しようとしましたが、
誰にもわかってもらえませんでした。
心の底から、ありがとうございます、ツバサさん。
いただいたご質問に対して、
納得のいく答えを考えるのに時間がかかりました。
長い返信になってしまいましたが、
最後まで読んでいただけるとうれしいです。
(次回は5回連載の記事として公開します(笑))
ほぼ日手帳は今年から使っていて、
去年、はじめて購入を経験しました。
「SMILES & TEARS」のweeksを見た瞬間、
これこそ私が欲しいものだとわかりました。
でも、購入してから手帳が届くまでのあいだ、
もどかしいくらい何もすることがありません。
この手で持つことすらできないものに、
私はすっかり夢中になってしまっていました。
だから、毎日ウェブサイトを
チェックせずにはいられませんでした。
ほぼ日を読みはじめた正直な理由は、
退屈と好奇心の両方からでした。
日本人ではない私には
よく理解できないテーマも多かったのですが、
それでもどこか共感できる部分がありました。
自分の日記を読み返してみると、
最初に心をつかまれた記事のことが書いていました。
それは糸井さんと阿川佐和子さんが対談した
『そろそろ、老いや死について話しませんか?』
というタイトルの記事でした。
まだ16歳になったばかりの私にとって、
そのタイトルはとても刺激的で、
内容をたしかめずにはいられませんでした。
この対談からたくさんの言葉を保存しましたが、
とくに心に響いたのは阿川さんのこの一文でした。
ーーーーーーーーー
まわりからも
「あれだけ我の強い人の近くに行ったら、
痛い目に遭うことくらいわかるでしょ?」
ってよく言われるんですけどね。
でも、おもしろそうな人がいたら、
やっぱり近づいていっちゃうんですよね。
ーーーーーーーーー
私はまさにそんな経験をしたばかりで、
傷つき、孤独だった心に、
このシンプルな言葉が染みわたりました。
この言葉は、
対談全体を要約するものではありません。
それが目的ならもっといい言葉があります。
でも、この言葉は、
私がそれまで表現できなかった感情を
言い表してくれました。
それは壮大な言葉ではないし、
決して多くの人に当てはまる言葉でもありません。
でもそれはむき出しで、真実味があって、人間的でした。
私がほぼ日の記事から感じ取ったのは、
まさにそういうものでした。
そこには何の魂胆もなければ、
「してやったり」というような質問もありません。
おもしろい経験をして、
それを世界と分かち合いたいと思っている人々の、
本物の人々による、本物の会話があるだけ。
他の人にほぼ日のことを説明するのは難しいです。
ブログでもなく、お店でも、新聞でも、雑誌でもない。
まあ、それら全部なのかもしれないけれど、
それ以上の何かでもある。
でも不思議なことに、
それが何かを「わかる」ためには、
必ずしもそれを「知っている」必要はないんです。
だから、翻訳の問題のことで、
読むのをやめようとは思いませんでした。
原文の本来の意味を「知る」ことはできないし、
自動翻訳がしっくりこないこともあります。
でも、言われていることを「わかる」ために、
「知っている」必要はなかったんです。
さて、ここで2つの話をさせてください。
話がちょっとずれるかもしれませんが、
これらのエピソードは、
なぜほぼ日が私にとって大切なのかを物語っています。
* * *
2024年の暮れのことです。
私はスピーチコンテストに出場したのですが、
何についてスピーチを書けばいいのか
まったくわかりませんでした。
ただし、ひとつだけ、
どんなに考えても頭から離れないテーマがありました。
それは、2024年9月8日の「今日のダーリン」で
糸井さんが投げかけた、
という問いです。
2024年9月8日の今日のダーリン
「わたしには、ほんとうにやりたいことがある」って、
そう言う人はすごいなぁと思うんだ。
「わたしには、ほんとうにやりたいことがあるんです!」と
「!」付けて語る人も、けっこういる。
そして、その裏側には無数の
「わたしは、ほんとうにやりたいことが見つかないんです」
と言う人がいることも知っている。
「わたしがほんとうにやりたいこと」って、なんだろう。
ほんとに、それを見つけている人っているんだろうか。
台本があって、それを演じている俳優がいたとする。
その台本は、じぶんが書いたものじゃないけれど、
それを演じることを求められていて、それを演じる。
作曲家がいて、ある映画音楽を依頼されたとする。
その映画の物語は、作曲家がつくったわけではない。
いわば、曲づくりの腕を見込まれて手を貸したものだ。
『モナリザ』の画家が、依頼されて肖像画を描いた。
彼に描いてほしいと頼まれたところが出発点だ。
「わたしがほんとうにやりたいこと」ではなくて、
世の中のことはほとんどが「たのまれたこと」である。
「たのまれたこと」ばかりに忙しくて、
「わたしがほんとうにやりたいこと」ができない、
と言っている人がいっぱいいることを知っている。
もしかしたら、ぼくもそんなことを言ったかもしれない。
コピーを書く仕事も、もともと「たのまれたこと」だ。
作詞の仕事も、だれかが歌うための詩を考えるものだ。
たいていの仕事は、ほんとうにやりたかったものではない。
技術や味わいを認められて、手を貸すというものである。
商品としてお金と引き換えにやるものばかりじゃない。
友人の手伝いであるとか、おもしろそうだからやるとか、
お金のやりとりされない「たのまれたこと」も多い。
でも、「ほんとうにやりたいこと」をやったのとはちがう。
いやだったのかと言われたら、そんなことはまったくない。
矢野顕子の名刺みたいになっている「ひとつだけ」は、
アグネス・チャンが歌うためにつくった曲と詩だ。
「ほんとうにやりたいこと」というのは、
「たのまれたこと」をやっているときに見つかるもの、
かもしれないなぁ、と思うのだ。
今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「ほんとうにやりたいこと」を探すのは、ヒマなときでいい。
私のような若者がいつも問われる質問に対して、
興味深い答えを与えてくれたそのエッセイは、
心に深く残りました。
私はその日のエッセイをもとにスピーチを考えました。
聴衆であるオーストラリア人、
それもほとんどが同世代の人たちに向けて、
部分的に加えたり、変更したりしながら。
そして私の住む地域から集まった20人の出場者の中で、
そのスピーチが優勝したのです。
それは壮大なスピーチではありませんでした。
他の出場者のように、
現代の差し迫った問題を取り上げたわけでもありません。
でも、そこには心から共感できる何かがありました。
その他にも、
私は2つのスピーチコンテストで優勝しました。
どちらのスピーチも「今日のダーリン」の引用を、
すくなくともひとつは入れていました。
私が最初にほんとうに影響を受けた記事は、
ほぼ日で公開されていた
金融教育家の田内学さんの講義でした。
それが公開された頃、私は自分の人生で
「ほんとうにやりたいこと」を探していましたが、
何も見つけられずにいました。
私は何よりも数学が大好きで、
読書や文章を書くことも好きでした。
でも、何よりも誰かの人生に
変化をもたらせるようなことがしたかったのです。
ある人にそれらすべてを包括するものとして、
経済学をすすめられましたが、私は懐疑的でした。
それでも、大きな関心を持って、
ほぼ日に載っていたその記事を読みました。
ーーーーーーーーー
今日はお金がテーマの話ですけど、
お金も結局、人と人の話がおおもとですから。
人同士の関係が何よりも大事なもの。
ーーーーーーーーー
いちばん初めの記事のときと同じように、
その言葉は私の高鳴る胸に響きました。
そして私は今年、高校の選択科目のひとつとして
経済学を履修することに決め、
すっかりその魅力に取りつかれています。
いつか、データを使って人々を助けることができる
経済学者になりたいです。
* * *
私がほぼ日に何度も戻ってくるのは、
そこにはいつも人として、
私を成長させてくれる何かがあるからです。
私はいつもほぼ日の記事や
「今日のダーリン」を引用している気がします。
(もう「今日のダーリン」ではないのですが‥‥)
ほぼ日の人間らしさと複雑さが、
私がいままで訪れたどのサイトとも違うもので、
代わりになるものはないと知っています。
長い目で見れば、ほぼ日は私の人生の小さな一部です。
もし明日ウェブサイトが閉鎖されたら、
途方もなく悲しいですが、私は生きていけます。
ほぼ日から受け取ったすべてのものが、
同じように私の心の中で生きつづけるでしょう。
ほぼ日がくれたものを、
私はこれからもしっかり握りしめます。
何よりも、ほぼ日は、
「裕福で、力があり、有名」な人よりも、
「やさしく、つよく、おもしろい」人でいたいという
私の願いを肯定してくれました。
「その存在があってよかった」
「その存在を守る手伝いをしたい」
「応援したい」「学びたい」
これは、糸井さんが高校生との対談の中で
「敬意」を定義した言葉です。
これが、私がほぼ日に対して感じている気持ちです。
ツバサさん、メールをありがとうございました。
ご質問に十分お答えできていれば幸いです。
あなたのことを存じ上げませんし、
お顔さえ拝見したこともありませんが、
あなたは私にとって、ほんとうに大切な存在です。
Love from マデリン
- このメールを読み終えたあなたは、
こんなことを思っているのではないでしょうか? - 「そのスピーチ原稿、読んでみたい!」と。
- はい、わたしたちも同じ気持ちです。
オーストラリアの高校生が、
「今日のダーリン」から何を感じて、
どんなスピーチを考えたのか、
たしかに気になりますよね。
(しかも、3回も優勝するなんて‥‥!) - メールをくれたお礼とともに、
西本は追加でこんなお願いをしてみました。 - 「あなたが話してくれたスピーチについて、
もっと知りたくなりました。
それはどんなスピーチだったのでしょうか?
私たちにも共有していただけませんか?」 - 数日後、マデリンからのメールには、
お気に入りのスピーチ原稿が2つ添付されていました。
(明日の更新につづきます)
2025-10-01-WED