
ぶどう畑に挟まれた斜面を、
富士山に背を向けてのぼっていくと、
一軒の古民家があります。
エッセイストの寿木けいさんが
オーナーシェフを務める宿、
「遠矢山房」です。
寿木さんは、ここで暮らしながら宿を営み、
文章を書いています。
暮らしの延長上ではたらく日々に
どんな思いを込めているのでしょうか。
担当は「ほぼ日」のかごしまです。
寿木 けい(すずき・けい)
エッセイスト。富山県砺波市出身。
大学卒業後、編集者として働きながら執筆活動を始める。
2023年に遠矢山房(山梨市)を開業。
二人の子どもと甲斐犬と暮らす。
『わたしの美しい戦場』(新潮社)、
『わたしのごちそう365
レシピとよぶほどのものでもない』(河出文庫)、
『土を編む日々』(集英社)、
『泣いてちゃごはんに遅れるよ』(幻冬舎)などがある。
2026年1月に家づくりにまつわる新刊を発売予定。
- ──
- 小学生のお子さんがいて
お客さんを招いてもてなして
エッセイストとして文章を集中して書く時間も
必要ですよね。 - 私は子育てをするなかで「大変‥‥」と思うことが
何度もあったから聞きたいんですけど、
何を支えにして、大変さをやり過ごしてるのですか?
- 寿木
- そうですね。
まず大前提として「やるしかない」状況だというのが
あるんです。
「やらない」という選択肢はないわけで、
「どうしたら楽にできるかな」と考えます。 - 今の働き方の基本として、
本を書く仕事と、宿をする仕事を
きっちりわけています。
「今日は原稿書き、明日は宿の仕事」みたいには
してないんですね。
1週間は原稿を書くとか、
枠を決めてやってるんです。
最初の頃は、午前中は原稿で午後は宿の仕事をする日も
あったんですけど、
それはダメだってわかったんです。 - 頭がパンクしちゃって、
どの仕事も中途半端になる。
今はそれはやめています。 - 宿の予約がないときは、
原稿を書くことに全振りします。
原稿を書く期間は、
判でついたように正確に暮らします。
「午前中の2時間と午後の2時間で3000文字を書く」と
決めているんです。
その間に水泳をする時間や家事をする時間があって、
夏だったら草刈りをする。
犬の散歩に行く時間も決まってる。
それを、ただただ守っていくんです。 - そうすることで心が立っていられる。
今日500字書いて、明日は3500字書けばいいとか、
そういうふうにはしてないんですよ。
- ──
- ノルマと時間を決めているんですか。
- 寿木
- そう、決めてるんですよ。
おんなじことをできるように毎日をしていく。
- ──
- 「筆がのってないから原稿が書けない」
ということはしないんですね。
- 寿木
- しないです。とにかく書く。
下手でも、読みにくくてもいいから書く。
最後まで書く。
こうして出来上がったことで
文章を直すことができます。
文章を直すのは書くことに比べると楽なんです。
だからとにかく言い訳しないで書く。
しがみついてでも書く。
- ──
- 覚悟がすごいです。
- 寿木
- リサーチが足りないから書けないと思うときは
リサーチをする。
書けない理由は自分でわかるから努力する。
書けなーいと言ってゴロゴロしたりはしないですね(笑)。
- ──
- そういうスタイルになったのは
いつ頃ですか?
- 寿木
- 2025年の夏に出版した
『わたしの美しい戦場』を書いたときですね。
別の仕事の締め切りもあるし、
お客さまを迎えるためにやっておきたい仕込みがあるから、
後で書くことはしないことにしました。 - いまは、2026年の春に出す本を書いてるんですけど、
それも今お伝えしたスケジュールで
しがみついて書いています(笑)。
- ──
- 自分を律していますね。
会社員時代もそういった働き方でしたか?
- 寿木
- んー、段取りは考えるのが好きで、
会社員時代は「ダンドリータ」というあだ名でした(笑)。
ジローラモさんが表紙になってた雑誌『LEON』で
アデオスとかアデージョという言葉があったのを
覚えてます?
- ──
- 覚えてます。
- 寿木
- 艶の男と書いてアデオス、
艶の女とアデージョというのが流行ってた(笑)。
そのときライターさんが私に「ダンドリータ」と
名付けたんですよね(笑)。 - 学生時代のアルバイトからもそういうタイプでした。
きっちり仕事して
早く遊びに行ったり、飲みに行ったりしたい。
- ──
- 何時までに仕事を終わらせて、
すっきりさせてから飲みに行くみたいな。
- 寿木
- うん、そういうところはありましたね。
やることって次から次へとあるから。
- ──
- 原稿はアイデアが降りてくるまで待つとか
してしまいがちですが、
問答無用にとにかく書くという覚悟がすごい。
- 寿木
- 「書く」ことに関しては、
ひとりの作業なので段取りはしやすいですよね。
チームの仕事になってくると、
段取りはしにくくなると思うんです。
- ──
- 先ほどビールを飲んだり、
ダラッとする時間があるとおっしゃっていましたが、
ある意味ちょっとスケジュールに
組み込んでいますか?
- 寿木
- どうだろう(笑)。
それはやれていないかな。
でもどこかでそろばんを弾いてるでしょうね。
今ビール飲んでも大丈夫だぞーとか、
このままちょっと1時間ぐらい
ひっくり返ってても大丈夫だなって(笑)。
- ──
- さすがダンドリータ(笑)。
(明日に続きます)
2025-11-17-MON
-
寿木けいさんが、
山梨での生活の日々を描いた本はこちら。
『わたしの美しい戦場』
(新潮社)
山梨に引っ越して遠矢山房をはじめてからの約1年で、
起きた出来事や考えたことを書いたエッセイ。
お客さんと交わした印象的な言葉や心を込めて作った
お料理のお品書きなどもあり、
寿木さんがどれだけ心を尽くして
おもてなしているのかが伝わってきます。
読むと、まるで遠矢山房で時を過ごしたような気持ちになります。
