ぶどう畑に挟まれた斜面を、
富士山に背を向けてのぼっていくと、
一軒の古民家があります。
エッセイストの寿木けいさんが
オーナーシェフを務める宿、
「遠矢山房」です。
寿木さんは、ここで暮らしながら宿を営み、
文章を書いています。
暮らしの延長上ではたらく日々に
どんな思いを込めているのでしょうか。
担当は「ほぼ日」のかごしまです。

ほぼ日の學校で、ご覧いただけます。

>寿木けいさん プロフィール

寿木 けい(すずき・けい)

エッセイスト。富山県砺波市出身。
大学卒業後、編集者として働きながら執筆活動を始める。
2023年に遠矢山房(山梨市)を開業。
二人の子どもと甲斐犬と暮らす。
『わたしの美しい戦場』(新潮社)、
『わたしのごちそう365 
レシピとよぶほどのものでもない』(河出文庫)、
『土を編む日々』(集英社)、
『泣いてちゃごはんに遅れるよ』(幻冬舎)などがある。
2026年1月に家づくりにまつわる新刊を発売予定。

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第6回 「全力でやる」という性分。

──
この先の働き方については
どう考えていますか?
寿木
いまは自分の会社のひとり社長として働いているので、
あまり先のことは考えていないですね。
とにかく目の前の仕事を1つずつきちんとする。
本の仕事も全力でやる。
宿はお客さまありきなので、
その日の予約の方に全力を尽くす。
お客様がチェックアウトしたら
倒れてもいいぐらいの気持ちでやってるんですよ。
出し惜しみをしない。
その気持ちではやっているので、
続けていけば、なにかが見えてくるかなと思っています。
たとえばまた来てくださる方が増えるかもしれないし
本を一所懸命書くことにしても
全力でやれば
次何を書くべきかも見えてくると思うんです。
いま直面している課題は、仕事の仲間をどう増やしていくか。
一緒に働くスタッフなのか、
料理を手伝ってくれる料理人なのか、
食材を取り寄せる提携先や生産者なのかは
わからないんですけど、
ひとりでできることには限界があると、
遠矢山房をはじめてからのこの2年間で見えてきました。
「チーム遠矢山房」を作っていくのを
がんばろうと思っています。
──
「全力で」という言葉が出てきました。
寿木さんは全力で本を書かれているから
わたしたちが感動して、
打ち合わせでお会いしたときも
私たちを全力でもてなしてくださってると感じました。
寿木
人を「喜ばせたい」、「びっくりさせたい」という
気持ちがあるんです。
──
出し惜しみしないというところにも
つながっていますが、
裏を返すとほんと大変なことですよね。
寿木
そうですね。
本書いた後もそうだし、
お客様をお見送りした後も
空っぽになる感覚があります。
──
子育てをしているお子さんたちにも
与えないといけない部分がありますよね。
寿木
子どもに関しては、
「与える」という感覚はあんまりないかも。
与え合ってる、循環してるっていう感じかな。
いるだけでかわいいですからね。
ご飯食べてるだけで「かわいい」と思いながら
眺めたりとか(笑)。
子どもにあんまりいろんなことを
期待してないからかもしれません。
「あれしなさい」、「これしなさい」、
「こうでなきゃいけない」とかがない
子育てしてるかも(笑)。
──
それはすごくいいですね。
「全力で」っていうのは、
できそうでできないことかなと思います。
寿木
そうですか?
みなさん、力はどこに使ってるんですか?
──
全力でがんばってるつもりなんです。
でも寿木さんを見ていると、
自分が全力じゃなかったと思います。
全力を尽くすことと
つながっていることかもしれないんですけど、
「こういう生き方をしたい」とか
「こういう生き方をしたくない」とか
考えていることはありますか?
寿木
お客さまに対しては、
出し惜しみしたくないっていうのもあるし、
子育てにおいては、
自分の小さな頭で考えたことで
子どもを縛りつけたくないのがある。
友人関係は友人関係で正直でいたいとか。
シチュエーションによっていろいろとありますね。
友人関係も宿のお客さまでも、
広い意味では人間関係。
子どもだって恋人だって人間関係だから、
斜に構えて、自分の知ってることやできることを
出し惜しみするようなことはしないようにしてますね。
「教えて」と言われれば全力で、
「助けて」と言われれば全力で、
「料理をしろ」と言われれば全力で(笑)。
──
「ほっといて」と言われたら。
寿木
全力でほっとく(笑)。
──
エッセイを書くことと
遠矢山房という宿を営むこと、
違うことをしているようだけど、
寿木さんが伝えたいことは同じなのかなと感じます。
寿木
『わたしの美しい戦場』の最後のあたりに、
ある姉妹が登場します。
児童養護施設にいる姉妹が
うちに泊まりに来る話のところです。
いわゆるふつうの家庭環境の子たちではないので、
どこまで書いていいか迷いました。
子どもだから、自分が書かれていることも
わからない年齢だし、
個人情報としてわかってしまうようなことは書けない。
でも、どうしても書きたかったんです。
本の中には書かなかったんですけど、
彼女たちに「勉強は絶対に続けてほしい」と
何回も伝えたんですよ。
自分と仲良くして、
勉強することを手放さないでほしいと。
本を書くにしても、
どこかに女性を励ましたい、
元気づけたいという思いがあります。
べつに男性のことは応援してないわけではないんですけど、
自分のスタンスとして
何か強い気持ちを込めて発信するときは女性。
中でも、女の子をエンパワーメントしたいと思いが
あります。
──
そうでしたか。
寿木さんに
わたしも勇気づけられている気がしています。
寿木
それはうれしいです。
いまの私は端から見ると
好きな場所で好きなモノに囲まれて
好きなことをしてるように
見えるかもしれないけど、
そういう生活をしたくて一歩一歩進んできました。
自分の好きなことをしながら
暮らしていけるよというメッセージを
もしかしたら「遠矢山房」での生活に込めているのかなと、
お話しながら思いました。
──
寿木さん自身も、遠い光に向かって
少しずつ進んでここまできたんですね。
寿木
そうですね。
人が諦める理由は、いろいろあると思います。
自分のことを振り返っても、
大学で東京に出てくるのもお金もかかることだし、
「ムリだよ」という人もいたけれど、できた。
子どもに障害があるからと
いろんなことを諦めながら生きてる人もいるかもしれない。
でも「できない」じゃなくて、
「できるためにはどうしたらいいだろう」と考え続ける
アイデアとか元気を人に持ってもらえたらと思います。
「できるよ」「一緒に考えようよ」って伝えたいですね。
──
学び続けることは、
やりたいことをするための下地になっていますね。
寿木
うん、そうですね。
私自身もいま学び続けています。
たとえば、草のこと。
引っ越してきたときこの庭の緑の
暴力的な勢いに圧倒されました。
そのあとに、草だらけに見える庭で
なにかできることがあるんじゃないかなと
思ったんですね。
ちょうど山梨に草を活用している方がいらっしゃったので
その方に勉強させてもらってます。
草の世界で10年も生きてきた人の言葉は深いです。
茶道もそうです。
茶道を学ぶのに理由はないんです。
「学ばなきゃいけないことだから」と思ってます。
お茶の世界って、自分がお茶をいただくときに
必ず「お先に」って言うんですよ。
このことは、どんな世界でも必要なことですよね。
特に私はお客さま相手の商売をしているので、
なくしちゃいけない大事なものが
お茶の世界にはあると思う。
──
パリの民泊のマダムのところに人が集まってきて
サロンのようになっているというお話がありましたけど、
寿木さんもそうなりそうですね。
寿木
なりそうですか?
なろうと思って始めたんじゃないんですけど、
いざ始めてみると、
いろいろな思いを持った人が遠矢山房にいらっしゃいます。
お客さまそれぞれにドラマがあって
接する時間は長くはないけど、
ふだん話さないような深くて悩みも、
話したくなる環境なんだと思うんですよね。
はからずともそういう場になっているかしらと思いますね。
──
これまで頼られるタイプでした?
寿木
全然そういうタイプではなかったです。
──
山梨に来て、
そういう役割になっていってますか?
寿木
「場所」があることが大きいと思います。
自分の場所に招き入れることで、
醸し出してる何かあるんだと思います。
──
寿木さんの人柄が人を呼ぶんだと思っていましたが、
この場所が、
人を呼び、人が話したくさせるのかもしれませんね。
ではこのインタビューはこれでおわりにしようと思います。
お話しいただき、どうもありがとうございました。
寿木
ありがとうございました。
はー! 緊張した。

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20代の頃、寿木けいさんにお会いしたことがあり、
このインタビューでは約20年ぶりの再会となりました。


お互い社会人になりたてのときで、
異業種交流会のような飲み会で一緒になりました。
そのときも周りの人とは
ちょっと違う空気を出していた寿木さん。
初対面の私に飲み会での振る舞いを
さり気なくアドバイスしてくれたことを覚えています。
当時からこの人の話を聞きたいと思わせる
説得力のようなものがありました。
変わらない凛とした声色を聞いて、
昔の記憶が蘇ってきました。
ほぼ日の學校の動画では寿木さんの声が聞けますし、
とっても美しい遠矢山房の様子が動画で見られます。
ぜひ見てみてください。

(終わります。読んでいただきありがとうございました)

2025-11-18-TUE

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  • 寿木けいさんが、
    山梨での生活の日々を描いた本はこちら。

    『わたしの美しい戦場』
    (新潮社)

     

     

    山梨に引っ越して遠矢山房をはじめてからの約1年で、
    起きた出来事や考えたことを書いたエッセイ。
    お客さんと交わした印象的な言葉や心を込めて作った
    お料理のお品書きなどもあり、
    寿木さんがどれだけ心を尽くして
    おもてなしているのかが伝わってきます。
    読むと、まるで遠矢山房で時を過ごしたような気持ちになります。

     

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