ぶどう畑に挟まれた斜面を、
富士山に背を向けてのぼっていくと、
一軒の古民家があります。
エッセイストの寿木けいさんが
オーナーシェフを務める宿、
「遠矢山房」です。
寿木さんは、ここで暮らしながら宿を営み、
文章を書いています。
暮らしの延長上ではたらく日々に
どんな思いを込めているのでしょうか。
担当は「ほぼ日」のかごしまです。

ほぼ日の學校で、ご覧いただけます。

>寿木けいさん プロフィール

寿木 けい(すずき・けい)

エッセイスト。富山県砺波市出身。
大学卒業後、編集者として働きながら執筆活動を始める。
2023年に遠矢山房(山梨市)を開業。
二人の子どもと甲斐犬と暮らす。
『わたしの美しい戦場』(新潮社)、
『わたしのごちそう365 
レシピとよぶほどのものでもない』(河出文庫)、
『土を編む日々』(集英社)、
『泣いてちゃごはんに遅れるよ』(幻冬舎)などがある。
2026年1月に家づくりにまつわる新刊を発売予定。

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第4回 オンとオフの切替え。

──
エッセイの中に、
「料理はダンスするように楽しい」と書いてありました。
お料理が好きなんですね。
宿のお料理も
ぜんぶ自身で考えて作っていて、
寿木さんの独自の世界観が感じられます。
寿木
好きですね。
季節のいちばんおいしいものを集めて
刃物を入れて水を加えて熱を通して‥‥。
この工程でリフレッシュできます。
自分だったらこういうものを
食べたいなあっていうのをお出ししてます。

──
お料理の本のレシピも
簡単でおいしいですね。
寿木
本に載せるためのレシピを考えるのと、
目の前の方に料理をお出しするのは
まったく違うことだなと、
この宿を始めてからよくわかりました。
──
どういうところが違いますか?
寿木
宿の料理はライブという感じです。
撮影のための料理だったら、作り直すこともできるし、
カメラマンさんの技術に救われるところもあります。
でも宿でお出しする料理は、
旬のものをできたての状態でお出ししたい。
あたたかいものはあたたかいまま、
冷たいものは冷たいまま
ヌルヌルしてるものはヌルヌルしてるままを
食べてもらいたい。
カリカリはもうカリカリのまんま出したい。
そういう面で本番勝負というか、緊張感があります。
──
宿だと流れもあるから
作り直しはしにくいですね。
寿木
うん、なかなか。

──
エッセイの中で、
髪の毛1本でも、宿の印象を変えてしまうので、
落ちてないかチェックする」っていう。
お料理のことでもそうだと思うんですけど、
宿を営むことの緊張感が書かれていました。
暮らしている場所に
お客さんを招くのは緊張感がありますね。
寿木
髪の毛のことは象徴的で、
掛け軸を飾ってお花を整えても、
畳に真っ黒な髪の毛が1本あると、
横着してる印象を与えてしまうと思うんですよ。
窓の隅っこにほんの少しクモの巣がついているのと
畳に髪の毛が落ちてるだったら、
髪の毛のほうが嫌なんですよね。
そういう点で神経を張り詰めている面はあるけれど、
それはあくまでもお客さまがいらっしゃる前までの話。
いざお客さまが来たら、
「元々きれいでした」とか
「うちはホコリなんかありません」という顔で、
シレッとするようにしています(笑)。
迎える側の気持ちも大事だなと思いますね。
──
そこは女優になる。
ただお客さんを招く前はピリッとする時間も
やっぱりあるんですね。
寿木
あります、あります。
そんなときに限って、ほうきをかけてて
障子を破いちゃったりするんですよ。
「こんなときにー!」と思いながら
急いで障子を張り替えたり(笑)、
まだまだ、完璧にはできていないです。
──
わたしには完璧に見えますよ。
お客さんを招く緊張感も
たくさんのお客さんを招くうちに
慣れていくんですかね。
寿木
そうですね。
ガチガチに準備するんじゃなくて
手放していきたいですね、
まだそのあたりは自分の中でバランスは取れないんです。
お客さまが来る前はすごいがんばっちゃうんで。
──
オンとオフの切り替えは意識していますか?
自宅と仕事場が同じ空間のなかで
頑張る時間があったりリラックスする時間があったり
しますよね?
寿木
一連の仕事の流れが、
オフとオンの切り替えになっているような気がします。
お客さまに朝ご飯をお出しして、
お話したりお茶を飲んだりして思い思いの時間を
過ごされたら
お客さまがチェックアウトしますよね。
その後で茶碗を洗う。
その無心で洗ってる行為が瞑想に近いというか、
オフになってる。
きれいになった器やコップを見て、すっきりする。
あーよく働いた!と。
その後で車を運転する予定がない日であれば、
朝からビール飲んだりもする(笑)。
そういうことで生活の中で
うまく自分を甘やかすようなことをしていますね。
──
お客さまがいるまでがオンで、
その後お皿洗いとかがオフになっている。
皿を洗う行為が瞑想みたいだと考えるのはいいですね。
寿木
はい。自然とオフになります。
その後、犬のブンの散歩に行って風を感じて汗をかいたら
それもオフになる。
──
気持ちよさそう。リラックスできそうです。
寿木
心がけ次第かもしれませんね。
手を動かしたり、何か違うことをすることで
切り替わることありませんか?
お昼ご飯を食べるときでも
ハンカチ1枚敷くだけで、結界が張られるというか。
手を洗うだけでも、
休憩モードに気持ちが替わったりしますよね。
──
緑豊かなお庭の草刈りも
寿木さんご自身でやっているんですか?
寿木
そうなんですよ。
草だらけにしておくと蛇も出るし、
自然って待ってくれない。
自分が困るから、やらざるを得ない状態です(笑)。
夏は草が生い茂るし、
秋は秋でたくさんなった柿を
収穫したり片付けたり。
冬は薪のことをしなきゃいけないし、
春は梅がたくさんなるんですよね。
──
とにかくやることが多い(笑)。
寿木
でも総合点では、
東京にいた頃よりも今のほうが元気かもしれません。
通勤もないし、会議だってない。
すべてが自分と相談するだけなんですよ(笑)。
そういう意味では時間の余裕がある。
それが心の余裕にもなって、
体力的な余裕にもなってると思います。
──
それはいいですね。
寿木
ストレスがないので。
ただ草刈りで体を痛めるっていうのは、あるんですよ。
木の枝を切るだけでも手を使うし、
肩凝りとか腰痛とかそういうのはあるんで、
それはすぐストレッチとかで
リカバリーするようにしています。
ため込んじゃうと動けなくなるので、
体のケアはこまめにやっています。

(明日に続きます)

2025-11-16-SUN

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  • 寿木けいさんが、
    山梨での生活の日々を描いた本はこちら。

    『わたしの美しい戦場』
    (新潮社)

     

     

    山梨に引っ越して遠矢山房をはじめてからの約1年で、
    起きた出来事や考えたことを書いたエッセイ。
    お客さんと交わした印象的な言葉や心を込めて作った
    お料理のお品書きなどもあり、
    寿木さんがどれだけ心を尽くして
    おもてなしているのかが伝わってきます。
    読むと、まるで遠矢山房で時を過ごしたような気持ちになります。

     

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