日本各地のミュージアムの
常設展示やコレクションを拝見してきた
不定期連載も、第10弾。
節目の回の今回は、北陸新幹線に乗って、
彼方に立山連峰を望む
富山県美術館におじゃましてきました。
ピカソやベーコンをはじめとする
珠玉の20世紀美術から、
ポスターや椅子など
デザイン分野のゆたかなコレクション、
さらには、富山県にゆかりの深い
瀧口修造さんの特別展示室まで。
ご案内くださったのは、
麻生恵子さん、稲塚展子さん、
八木宏昌さんの学芸員のみなさんです。
担当は「ほぼ日」奥野です。

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第4回 椅子には「憧れの」がある。

──
ここに集まってくるポスターって、
国や地域による特色って、あるんですか?
稲塚
いまの時代は留学なども昔より容易ですし、
たとえば
ヨーロッパの若いデザイナーさんと話すと、
日本のグラフィックデザインに憧れていたり、
表現の上では、どんどん
ボーダーレスになってる感じはありますが
でも、
やっぱり国や地域による特色は出ますよね。
──
たとえば‥‥?
稲塚
昔のほうがわかりやすかったんですが、
中央ヨーロッパの、
かつて共産圏だった地域のポスターは、
すごく表現主義的で、メッセージ性も強い。
スイスはいまもそうなんですが、
タイポグラフィが秀でていたりします。
もう、かっこいい!
フランスのポスターでは、
タイポグラフィとイラストレーションや写真を
センスよく組み合わせていたり。
そして本当に「街に貼られている」んですよね。
生きてる。
──
おもしろーい。
稲塚
でも、世の中がいろいろと変わっても、
「自分たちの表現」
というようなものに対する高い意識を
強く感じるのが、ポーランドのポスター。
──
ポーランド。
稲塚
言葉というより、読み込んだメッセージを
イラストレーションを使って、
隠喩的に表現する傾向があるんですけれど、
その際、デザイナー自身の手から生み出された
線やフォルムを大事にしている。
伝えるテーマをどう解釈するかも含めて、
それらを、
自分自身の表現として考えているように見えます。
ポスターはみんなそうだけど、
とくにポーランドは、そういう傾向が強いです。
──
手から生み出された表現を、大切にしている。
稲塚
たぶん、ポーランドの人たちって、
自分が見てきたポスターやその歴史に対して、
愛情と強いリスペクトの気持ちを持ってる。
そして、この先は、
自分たちがつないでいくんだって意識を
ポーランドの外で活躍していても、
ずーっと持っているような感じがします。
個人の感想です(笑)。

──
応募は、アフリカとかからも?
稲塚
来ます、来ます。
中東のイランなんかも、
すごくグラフィック教育が盛んなので、
毎回たくさんご応募があります。
──
ああ、イランって、絵本作家さんでも、
個性的な人がたくさんいますもんね。
応募総数って、どれくらい‥‥。
稲塚
直近のIPT2021はちょっと特殊で、
コロナ禍で5943点の応募があったんです。
通常だと、総数でだいたい3000点台ですが。
──
コロナで、倍になっちゃったんですか。
ステイホームで時間があったのかなあ。
稲塚
それもあるし、それ以上に、
いろいろ不自由になった世界に対して、
自分の考えや思いを
アウトプットしたいという思いが、
より強くなったんじゃないのかなあと、
デザイナーや関係の方々とも話してました。
──
いわゆる「ズバリ、コロナ」みたいな、
そういうポスターですか?
稲塚
いえ、そういうものもあるんですが、
もっと「生きているって、なんだろう」みたいな
シンプルだけど根源的なテーマだったり、
これまで気に留めてこなかったような
身のまわりのちっちゃなものごとに
目を向けたポスターが多かったんです。
──
何となく、その気持ちはわかります。
みんな、コロナ禍で少し立ち止まって、
自分を省みたりしましたもんね。
稲塚
はい、そうなのかもしれません。
とくにこの美術館のポスターのコレクションって、
美術館の側の努力だけでは、集められないんです。
──
応募がないことには。世界中からの。
稲塚
そうなんです。
ポスターっていうものの性格もあって、
世界の人たちが
単に当館のIPTに対してだけでなく、
大好きなポスターのこれまでとこれからに向けて
寄せてくれた「想い」で、
成り立っているコレクションなのかな、
という気がします。

──
他方で、反対側に並んでいる「椅子」は
勝手に集まってくるわけではなく。
稲塚
そうですね。ご寄贈いただいたものもありますが、
大半は、コレクションの方針に沿った購入ですね。
椅子を本格的に集めはじめたのは
1990年代からなんですけど、
それ以前にも、北欧のデザイン展とか、
インテリアやプロダクトに注目した展覧会を
前身の富山県立近代美術館時代から
たびたび開催してきていて。
──
なるほど、そういう文脈があって。
こちらにもありますけれど、
倉俣史朗さんの
「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」をはじめ、
美術館で名作の椅子を見ることは
まあまあありますが、
ここまでたくさんの椅子がズラッとは、
はじめてだと思います。
稲塚
やはり、ひとつのメディアで、
20世紀デザインの歴史を概観できるのは
何だろうと考えると、
平面ならば「ポスター」、
立体的なものになると、
やっぱり「椅子」じゃないかと思います。
それも基本は、
造形として凝縮した「ひとり掛け」の椅子。
建築の歴史も、
素材や技術の流れもたどることができますし。

──
たしかに雑誌なんかで特集されるのは、
インテリアまわりでは
圧倒的に「椅子」と「照明」ですよね。
いわゆる「作家が立っている」のも、
「椅子」と「照明」ですし。
稲塚
たしかに。
──
米海軍で使っていたエメコチェアって、
名作椅子として、よく紹介されていますけど、
あれって、
作者が誰だかわかってないんですよね。
稲塚
そうですね。詠み人知らずのようでも、
永く愛されているものもあるし。
──
イームズ、ウェグナー、アアルト、
パントン、フィン・ユール、柳宗理‥‥とか、
作家名を挙げればきりがないですけど、
ここに展示されている椅子は、だいたい作家名が?
稲塚
はい、わかっています。
家具やプロダクトのデザイナーはもちろん、
建築家も、けっこうつくってますよね。
──
コルビュジエとか、ジャン・プルーヴェ、
バルセロナチェアをつくった、
ミース・ファン・デル・ローエも建築家。
建築家がつくりたがる‥‥というのは、
椅子というものが持つ特徴を、
何か表しているような気がしますよね。
稲塚
そう、とくに20世紀のはじめころは、
自分の建築の中のエレメントとして
椅子を置きたいというときに、
「量産品の素敵な椅子」の選択肢が、少なかった。
それで、
自分の建築空間をつくる要素となるような椅子を、
自分でデザインしていたようです。
建築が全体ならば、
椅子はそこに住まう人にいちばん近いですしね。
──
椅子までも含めて作品だ‥‥ということですか。
デザインのしがいもあるんでしょうね。
つくる側からしてみたら。
稲塚
どこかで聞いたことで「なるほど!」と思ったのは
1軒の家をつくるより、
1脚の椅子をつくるほうが心も砕くし、
難しいことなんだ‥‥って。
──
へええ。
稲塚
それに、どんなに造形として素敵でも、
座って壊れちゃったら、ダメですよね。
そこに座る人を支え続けられなければ
椅子として成立しないわけで、
技術的な裏付けも必要なものなんです。
──
そのへんも腕がなるって感じなのかな。
ぼくはこの椅子を見ると、
いつも不安に駆られるんですけど、
ふつうに座れるんですよね?

ヘリット・トマス・リートフェルト 《ジグザグ》 デザイン1934年 製造:1990年代 富山県美術館蔵 ヘリット・トマス・リートフェルト 《ジグザグ》 デザイン1934年 製造:1990年代 富山県美術館蔵

稲塚
はい、もちろん座れます(笑)。
──
あの、板の接合部分にはめられている
「三角形のパーツ」が、
めっちゃ重要な役目を果たしているんでしょうね‥‥。
稲塚
デザインしたリートフェルト自身が
家具職人からスタートしてるし、
たぶん、これがないと
構造として「もたない」んだと思います。
1930年代の新しい発想の木の椅子が、
「人を支える」うえで‥‥。
ひとつ、「椅子のコレクション」というと、
つくられた当時のオリジナルを、
高額な価格で購入するというケースが
多いのかも知れませんが、
当館の場合は、
いま手に入る「現行品」で買っているんです。
──
そこにはこだわってはいないと。
稲塚
もちろん、制作当時のオリジナルを見て、
その「良さ」を伝えることも
デザインのコレクションとして大切だし、
意義のあることだと思っているんです。
おなじように、たとえば50年60年前、
ものによっては100年以上前の椅子が、
当初の基本デザインは変えず、
いまでも製造され続けていること自体もまた、
大きな価値なんじゃないかと考えているので。
──
現行品で集めると決めたからこそ、
ここまでたくさん並べられるわけですし。
ぼくら見るほうも、楽しいですし。
でも、これだけ一気に椅子を一望すると、
本当にひとつひとつがアイコニックです。
稲塚
建物の場合は「移動」はできませんけど、
1脚の椅子なら、どこへでも行ける。
建築家にとってみれば、自分の考えを乗せて、
遠くまで飛んでいけるものなのかなあと、
いま、話をしながら思いました。
──
昔の写真にふと写ってたりとかしますね。
あ、あの椅子だ‥‥って。
稲塚
そこに椅子が置かれているということは、
座ってくださいってことですよね。
誰かが誰かのことを思った結果、
街や暮らしをもっと良くしようと思った、
その結果として、
椅子というものはあるのかなと。
──
わあ、素敵な考えだ。
稲塚
で、そのときの「椅子」が、
じつはデザインの歴史に残るアイコニックなもので、
どこかへお出かけしたときに、
「あっ、この椅子、美術館にもあったね」なんて、
ちょっと楽しいと思うんです。
──
日本のバス停とかにも、
スチール製の丸い椅子が置いてあったり
しますもんね。
デザイナーの名作椅子とかじゃないけど、
優しさですよね、あれも。誰かの。
稲塚
そうそう、優しさなんです。
──
椅子って、誰かの優しさ。いい考えだなあ。
新作が入るようなこともあるんですか?
稲塚
ジャスパー・モリソンのプライチェアは、
発表後10年くらいで入れました。
あの椅子は、設計がすごいんです。
合板の切り方と、
その組み合わせ方だけで成立していて。
座られたことあります?

ジャスパー・モリソン 《プライ・チェア》 1988年 富山県美術館蔵 ジャスパー・モリソン 《プライ・チェア》 1988年 富山県美術館蔵

──
ないです。
稲塚
決して見た目のフォルムだけじゃなくて。
座面の下をよく見るとですね、
支える構造の部分の合板が、
浅いカーブを描いたような形で切られている。
座ったときに合板がたわんで、
座った人の身体を受け止められるような、
そういうつくりになってるんです。
──
へええ‥‥知らなかったです。
稲塚
それも、熱を加えて
合板を曲げたりしてるんじゃなくて、
まるでペーパークラフトみたいに、
1枚の合板から切りだしたパーツを組み上げているだけ。
その、構造の軽やかさ。
その上きっと、効率的な製造や流通のことも考えている。
最新の技術とか新しい素材とかではなく、
アイディアが素晴らしいんです。
──
座面側面のネジをそのまま露出させている感じも、
何だかいいですよね。
稲塚
そう、隠すんじゃなくて、
何てことのないふつうなネジなんですが、
デザインのポイントにしてる。
──
ついつい、「木目調の目隠しシール」とかを
つけてしまいそうなところ。サービス精神で。
稲塚
ふふふ(笑)。
あと最近、入れたのがチェコの椅子です。
これなんですが。

──
チェコ。
稲塚
20世紀初頭の「キュビスム」は絵画や彫刻の展開として、
ヨーロッパを中心に広がりましたけれど、
チェコだけですが、建築やインテリアにも及んだんです。
この椅子は、建築家が、
自分で設計した建物のなかの椅子として
デザインしたものになります。
オリジナルは、1910年代の発表なんですけれど。
──
言われてみれば、たしかにキュビスムだ。
へええ‥‥。
稲塚
よく見ると、椅子のプロポーションにあわせて、
木目の方向も考えてあるんですよ。
コロナの少し前かな、
チェコ国立プラハ工芸美術館のコレクションをお借りして、
チェコのデザインの
100年の歴史をたどる展覧会をやったんです。
オリジナルを貸していただき、展示したんですが、
プラハ工芸美術館が監修した、
販売できるレプリカがあるということで、
またとない機会だねと館内でも話して、収蔵となったんです。
──
なるほど、ちょっと前に、知り合いが
「ずーっと憧れていた椅子が届いた!」っていう
Instagramの投稿をしてたんです。
憧れの‥‥というのがあるジャンルですよね、
椅子って。
稲塚
本当に。わかります。憧れ、あります。
わたくしごとで恐縮なんですけれども、
20代の終わりのころに、
はじめて「自分の車」を買ったんです。
中古車だったんですけど、
その車の値段と、ずーっと憧れだった
コルビュジエのソファの値段が
ほぼ同じだったことがありまして。
──
おお(笑)。有名な「LC2」ですか。
稲塚
がんばってコルビュジエを買えば一生モノだぞ、
車は乗れてせいぜい10年だぞ‥‥って、
さんざん迷った挙げ句、
結局は「現実」に流れてしまいました(笑)。
──
憧れと現実のはざまで(笑)。
稲塚
はい。なので、いまも変わらず憧れなんです。
コルビュジエのソファ。
でも、憧れがあるって、いいものです。

(つづきます)

2022-07-14-THU

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  • 開館5周年記念「ミロ展ー日本を夢みて」 7月16日(土)からスタート!

    「ミロ展ー日本を夢みて」

    東京、愛知と巡回し大盛況だった
    「ミロ展ー日本を夢みて」が
    7月16日(土)より、
    いよいよ富山県美術館へやってきます。
    世界ではじめて、
    本国スペインよりも早く
    ミロの本を書いた
    瀧口修造さんゆかりの地・富山で、
    大人気だった展覧会をしめくくります。
    親日家だったミロと日本の関係に
    注目した展覧会には、
    スペインやニューヨークなど世界から
    ミロ作品が集結します。
    詳しいことは展覧会の公式ページで。