2025年3月、鳥取県倉吉市に
鳥取県立美術館がオープンしました!
ただいま開館記念展を開催しているんですけど、
出品作品のリストを見たら、
日本全国から錚々たる作家の作品が大集合で。
勇んで取材をさせていただきました。
70年代開館の鳥取県立博物館の美術部門が
分離独立して誕生したこの美術館では、
所蔵作品を展示するコレクションギャラリーも
充実しているとのことで、
「常設展へ行こう!」特別編としてお届けです。
開館記念展のパートは尾﨑信一郎館長に、
コレクションギャラリーのパートは、
学芸員の友岡真秀さんにご案内いただきました。
担当は、ほぼ日奥野です。
なお、開館記念展もコレクションギャラリーも、
取材時(2025年4月)とは
展示変えをしている箇所もありますので、
鳥取県立美術館の公式サイトでご確認ください。

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第1回  県立博物館の美術部門が独立。

──
日本における「県立の美術館」としては
最後に近い開館になるだろうと
うかがっているのですが、
あらためて、
ここ鳥取県立美術館の成り立ちについて
教えていただけますか。
尾﨑
はい。この鳥取県立美術館は、
まったくのゼロからつくられたのでなく、
1972年に開館した
鳥取県立博物館の美術部門が
独立するかたちでできた美術館なんです。

──
「博物館」は、そのまま残しつつ。
尾﨑
ええ、現在は自然と歴史の博物館として
機能しています。
今回独立した美術部門では
以前からコレクションも保有しており、
展覧会も企画・開催しておりましたし、
学芸員も在籍していました。
──
通常の美術館と
同じような機能を備えていた美術部門が、
文字通り「独立した」わけですね。
どれくらい作品を所蔵していたんですか。
尾﨑
およそ1万点です。
そのほとんどがこちらに移管されました。
今回の開館記念展でも、
そのうちの一部を展示しております。
これまで、スペースの都合で
展示できていなかった所蔵品なども、
地域のみなさま、
全国からご来館のみなさまに、
じっくりごらんいただける機会です。

展望テラスから倉吉の街を望む 展望テラスから倉吉の街を望む

──
所蔵作品のジャンルには、
何か傾向のようなものはあるんですか。
尾﨑
鳥取藩はけっこう大きな藩だったため、
江戸時代に描かれた、
藩絵師による絵画が多く残されています。
たとえば、
土方稲嶺(ひじかたとうれい)だとか。
また、20世紀初頭の画家の前田寛治、
彫刻家の辻晉堂、
写真家の植田正治や塩谷定好など
鳥取ゆかりの作家の作品も豊富ですね。
──
植田正治さんといえば、
こちら鳥取に、
雄大な大山を望む美術館がありますね。
念願かなって昨年、訪問してきました。
尾﨑
伯耆町の植田正治写真美術館、ですね。
すばらしいところですよね。
植田については、
当館でも、代表作を所蔵していますよ。
──
なるほど。では、さっそくですが、
現在開催中の開館記念展
「アート・オブ・ザ・リアル」について
会場をめぐりながら、うかがいます。
まず、会期は6月15日の日曜日まで。
残りわずかです。
尾﨑
はい。通常の企画展示は
美術館の3階だけを使う想定なのですが、
今回は開館記念で規模も大きいため、
2階のコレクションギャラリーの
5部屋のうち2部屋も使い、
およそ「1500平米」に展示しています。
──
広い! 
尾﨑
本展示は「アート・オブ・ザ・リアル」、
ということで、
まずは「写実」がひとつのテーマです。
たとえば前述の前田寛治は
パリ留学中にクールベの写実主義を学び、
『寫實の要件』という本も書いている。
日本における
リアリズムの先駆者とも言える存在。
また、鳥取の藩絵師の作品も
緻密で迫真的な表現が大きな特徴なので、
写実というテーマに沿っています。
──
こちらの所蔵コレクションと、
他館からの作品を取り混ぜた展示ですね。
見ごたえがすごそうです。
尾﨑
3~4年ほど前から準備を進めてきまして、
およそ180点の作品を展示しており、
全国の美術館から、
多くの名品をお借りすることができました。
──
それは、めちゃくちゃ楽しみです!
前のめりで申しわけないのですが、
さっそく
展示作品について教えてください。
尾﨑
わかりました。まず入口を入ったところに、
3点の作品を並べています。
これまでも話に出てきた藩絵師・土方稲嶺、
画家・前田寛治、彫刻家・辻晉堂。
当美術館を象徴する3名の作家の作品です。
江戸・大正・昭和と
時代もジャンルもそれぞれなんですが、
いずれも鳥取にゆかりのある作家たちです。

開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル  第1章 会場風景 開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル 第1章 会場風景

──
土方稲嶺さんは日本画で、鶴。
作品名は《群鶴図》。
尾﨑
いわゆる「おめでたい鶴」ではありません。
羽根が泥で汚れていたりするなど、
リアルに描かれています。
18世紀の作品で、
東京の府中市美術館からお借りしています。

土方稲嶺《群鶴図》江戸時代(18世紀)府中市美術館 土方稲嶺《群鶴図》江戸時代(18世紀)府中市美術館

──
ちなみに「藩絵師」のお仕事って‥‥。
尾﨑
文字通り藩に仕える絵師で、
たとえば障壁画などを描いていたんですが、
鳥取藩の場合は、
狩野派のような一門に属さない絵師が多く、
武士が描いていたりなど、
専門教育を受けていない藩絵師も多かった。
そこが特徴的で、おもしろいところですね。
──
武士が刀ではなく絵筆を手にして。へええ。
宮本武蔵みたいな?
こちらが、前田寛治さんの作品ですか。
尾﨑
はい。パリへ留学して、佐伯祐三らとともに
「1930年協会」を結成した作家です。
30代の若さで亡くなりましたが、
前田の作品をもっとも多く所蔵しているのが、
わたしたち鳥取県立美術館なんです。
──
そうなんですね、前田寛治さん。
どんな作家か、しっかり記憶して帰ります。
ちなみに、佐伯さんも早世されてますよね。
尾﨑
はい。彼も、わずか30歳くらいで。
──
時代はちょっと違うと思いますが、
青木繁や松本竣介も早くに亡くなってるし、
関根正二や村山槐多なんて、
ハタチそこそこだったわけじゃないですか。
岸田劉生ほど有名な人でも30代とか、
若くして亡くなった画家に対しては、
限られた時間の中で
後世に残る作品を描くなんてすごいなあと、
いつも思うんです。あ、ゴッホも37歳。
尾﨑
前田寛治は33歳でした。
県立博物館時代から
前田の作品は多数所蔵していたんですけど、
スペースの都合で
常設展示できていなかったんです。
──
他の美術館でも、
たまに作品をお見かけしていたような‥‥。
尾﨑
日本の主な美術館では
だいたい作品を所蔵していると思いますが、
佐伯に比べると、知名度が低い。
当館ではコレクションギャラリーのなかで、
前田の作品を
常設的に展示しようと考えていますので、
今後は、評価も変わってくると思います。
──
佐伯祐三さんって、フォーヴィスムの画家で、
憧れだったモーリス・ド・ヴラマンクに
作品を見てもらったときに
「このアカデミックめ!」と怒鳴られた、
みたいな逸話がありますが、
たとえば
そういう歴史的場面の近くにいた人だった。
尾﨑
佐伯とは密な交流があったようですね。
前田自身は
オランダの絵画やクールベの影響を受け、
このような
暗めで重厚な肖像画を多く描いています。
──
作品名は《西洋婦人像》。
尾﨑
ただ、こういう作品だけでもないんです。
今回の展覧会では、
同じ作家を複数のセクションで紹介して、
作風の変遷を見せています。
前田も、6つのセクションのうち
4つに登場してきますので、
気をつけて見てみるとおもしろいですよ。
──
わかりました。おとなりが、辻晉堂さん。
こちらは木彫ですか。
作品名は《詩人(大伴家持試作)》。
東京国立近代美術館の所蔵、なんですね。

左:辻晉堂《詩人(大伴家持試作)》1942 東京国立近代美術館 右:前田寛治《西洋婦人像》1925頃 鳥取県立美術館 ※編集部撮影 左:辻晉堂《詩人(大伴家持試作)》1942 東京国立近代美術館 右:前田寛治《西洋婦人像》1925頃 鳥取県立美術館 ※編集部撮影

尾﨑
はい。
辻は京都市立芸術大学で教鞭をとりながら、
陶器の彫刻作品を多く制作しました。
こちらは初期の木彫作品で非常に写実的。
おっしゃるとおり
現在は東京国立近代美術館の所蔵ですが、
かつては
鳥取県立博物館に寄託されていたんですよ。
──
あ、そうなんですか。かつてはこちらに。
昭和期の作品‥‥ということですね。
尾﨑
1942年、
第29回院展で第1賞を受賞しています。
辻の作品もまた、
「鳥取」と「リアル」を象徴する当展に
ふさわしい作品だと考え、
こうして、展覧会の冒頭に展示しています。
──
これら3作品の次に、いきなりクールベ。
写実といえば、って感じの作家ですよね。
さらにモネ、ピカソ、マティス、モランディ、
高橋由一、岸田劉生、リヒター‥‥って、
さすがは開館記念展、
何かもう、超有名作家の作品が続いています。
尾﨑
ありがたいことに、日本を代表する美術館が、
すばらしい作品を貸してくださいました。
ちなみに、こちらのクールベの絵については、
ちょっとしたエピソードがあるんです。

右:ギュスターヴ・クールベ《波》1870頃 国立西洋美術館(松方コレクション) ※編集部撮影 右:ギュスターヴ・クールベ《波》1870頃 国立西洋美術館(松方コレクション) ※編集部撮影

(つづきます)

2025-06-02-MON

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  • 6.15(日)まで! 大充実の開館記念展 アート・オブ・ザ・リアル   時代を超える美術

    この連載をつうじて詳しくお伝えしていますが、
    鳥取県立美術館の開館記念展
    「アート・オブ・ザ・リアル 時代を超える美術」
    は、2025年6月15日(日)まで。
    日本各地の美術館から、
    名作・大作・話題作が鳥取に大集合しています。
    若冲、応挙、ウォーホル、リヒター、ピカソ、
    モネ、クールベ、リキテンスタイン‥‥。
    ふだんは東京国立近代美術館で見ている大作
    藤田嗣治《アッツ島玉砕》も、現在は鳥取に。
    見といたほうがいいと思います!
    また、辻晉堂の彫刻や植田正治の写真、
    鳥取ゆかりの版画作品など、
    コレクションギャラリーの展示も充実してます。
    テーマによって会期がそれぞれなので、
    いまコレクション展示では何が見れるのかなと、
    ホームページでチェックしていくと吉。
    また、ミュージアムカフェ
    「GARDEN By SEVENDAYS CAFE」では
    開館展限定コラボのタルトをいただきました!
    展覧会タイトルの頭に「T」をつけた
    「TART OF THE REAL(本物のタルト)」。
    本物の‥‥という名前にふさわしい、
    とろっとチーズがおいしいタルトでした。

    さらにミュージアムショップでは
    ウォーホル《ブリロ・ボックス》の缶に入った
    キャンディも売ってました(買いました)。

    会期やチケット、イベント情報など、
    詳しくは鳥取県立美術館のサイトでご確認を。

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇

    015 諸橋近代美術館篇

    016 原美術館ARC 篇

    特別編 鳥取県立美術館 篇