いろんなミュージアムが所蔵する作品や
常設展示を観に行く連載・第5弾は、
日本初の国立の美術館・
東京国立近代美術館にうかがいました。
もうまったく書き切れないですが、
セザンヌ、横山大観、アンリ・ルソー、
和田三造、靉光、藤田嗣治‥‥の名品から、
具体美術協会や「もの派」など
世界に誇る日本のアーティストの傑作まで。
見応え抜群、煌めきの所蔵作品を、
丁寧に熱く解説してくださったのは、
主任研究員の成相肇さん。
所蔵作品もすごいけど、成相さんの
東近美への「愛情」もすごかった‥‥!
それはもう、
聞いてるこちらがうれしくなるほどに。
担当は、ほぼ日奥野です。さあどうぞ。

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第3回 「無期限貸与」の戦争画の数々。

成相
こちら3階の最初の部屋は、
戦争にまつわる作品を展示しています。
藤田嗣治の《アッツ島玉砕》も、
このあいだまで、ここに出ていました。
──
あの、圧倒的に迫ってくる作品。
成相
当館のコレクションの中でも、
戦争画、戦争記録画は
重要なポジションにあると言えますが、
それらが、
まとまってここに展示されています。
──
重要‥‥と言いますと。
成相
まず厳密に「収蔵」とは言えないんです。
というのも、当館の戦争画は、
アメリカから無期限貸与されているもので、
「お借りしている作品」なんです。
もともとは、第二次世界大戦のあとに、
アメリカが
戦利品として持ち帰った作品なんですが、
それらがまとめて、
70年代に返還されることになるんです。
──
ええ。へえ‥‥。
成相
ところが、国のルールとして、
いったんアメリカの財産になったものを
「寄付する」ことができなかった。
だから「永久にレンタルします」という。

鈴木誠 《皇土防衛の軍民防空陣》1945年、無期限貸与 鈴木誠 《皇土防衛の軍民防空陣》1945年、無期限貸与

──
《アッツ島玉砕》もですか?
成相
そうです。
ですから、あの作品は、いかに有名でも、
重要文化財にはなりえない。
──
つまり「借りてる」状態だから。
成相
厳密には、日本のものでは、ないんです。
──
休館中の国立西洋美術館のもとになった
松方コレクションも、
戦争のあとにフランスに接収されて、
のちに返還されたものの、
《ファンゴッホの寝室》など数点は、
返してもらえなかったという話ですけど、
アメリカの場合は、
戦争の絵ばっかり持って帰ったんですか。
成相
はい、アメリカの場合は、
持ち帰ったのは、基本的に戦争の絵です。
戦利品という意味あい以外に、
戦意を高揚させる意図で描かれた作品が
残されていると、
また、何かの過ちが起きるかもしれない、
という判断もあったかもしれません。
──
なるほど‥‥。
成相
そういう事情もあって、
難しい立ち位置にある作品群なんですね。
考え方や個人的記憶、思い等によっては、
展示してほしいという人も、
展示してほしくないという人も、
両方いらっしゃるだろうと思いますから。
──
これは質問のしかたが難しいんですけど、
こういう「戦争画・戦争記録画」の
「美術品としてのよさ」って、
どういうところにあると、思われますか。
成相
一点一点、それぞれに、
その作品のよさはあるのかなと思います。
逆に言えば
戦争の絵をひとまとめにして語ることは、
戦争という観点でのみ見ることになるので、
どうしても
解釈が狭まってしまうと思います。
戦争という内容面を度外視して話すとすれば、
これは西洋における絵画の最高峰である、
歴史画と呼ばれるジャンルの絵だと
いうこともできます。
ダヴィッドの
《ナポレオンの戴冠式》みたいな‥‥
たとえばで言うと。
──
新古典主義のアングルのお師匠さんの、
壮大な作品。
成相
ルーブル美術館と言えばこれでしょう、
と言われる巨大な作品ですが、
静物画や風景画、
人物のポートレイトではなく、
国家の歴史の有名な場面を描くことが、
画家にとっては
長らく「最高の栄誉」だったんですよ。
──
ええ。
成相
つまり、日本人にとっては、
まったく描く機会のなかった歴史画を、
かたちこそ「戦争」ではありますが、
大きな画面で描くことができたんだと、
そう考える研究者もいます。
──
なるほど‥‥。
成相
これほどまでに大きな画面で、
劇的な場面を描くわけじゃないですか。
西洋の歴史画の日本版を、
当時の画家たちは描こうとした‥‥と、
言えると思います、少なくとも。
そういうところに、
美術史的な意義を見ることは可能です。
──
頼まれて描くもの以外に、
自分から描く作品もあったわけですか。
成相
はい、両方あります。
ただし絵の具は配給に頼っていたので、
自ら描こうと思っても、
大掛かりな絵は描けなかったでしょう。
ですから、大画面の戦争画は、
基本的には
従軍画家として依頼されて描いたもの。
こうした作品が
展覧会に出品され、ズラリと並べられ、
そのようすを国民が見に来て、
戦争ムードが盛り上がっていくという、
そういう構図だったわけです。
──
あ、《眼のある風景》。
靉光さんのこの絵も
戦争中に描かれた作品だったんですか。

靉光《眼のある風景》1938年 靉光《眼のある風景》1938年

成相
日本の美術史の「戦後」の項を開くと、
北脇昇の《クォ・ヴァディス》が
よく出てきますが、
戦中の日本の画家に言及するときには、
靉光の作品が参照されますね。
当時、靉光周辺の若い作家たちは、
時局に抵抗する意志を持って
芸術活動を続ける稀有な存在だったと、
そういった文脈で。
──
あ、そうなんですか。
成相
あちらの松本竣介もそうですけれど、
戦争をする日本に対して、
いい感情を抱いていなかった人たち。
──
靉光って、本名なんですか?
成相
いえ、本名は石村日郎さん、ですね。
──
いしむらにちろう、さん。
へええ‥‥。
不思議な名前だと思ってたんですが。
成相
靉光も松本竣介も、麻生三郎なども
池袋モンパルナスと呼ばれた
アトリエ村で活動していた若い作家たちの一群です。
戦中の一時期、「新人画会」をつくりました。
──
松本竣介さんの絵は好きです。
森村泰昌さんも、扮装していました。
成相
森村さん、たいてい扮装してるんで。
──
そうか。ふふふ(笑)。
成相
靉光は‥‥やってないかなあ。
やっていてもおかしくないですよね。
で、これにしても「いい竣介」です。

松本竣介《黒い花》1940年 松本竣介《黒い花》1940年

──
「いい竣介」いただきました(笑)。
成相
何度も言ってしまいますが‥‥
当館には、
作家の代表的な作品が入っています。
「藤田があるぞ」「靉光があるぞ」
だけじゃなくて、
「藤田のこの作品があるんです」
「靉光のこの作品があるんです」
というのが当館のすごいところです。
──
はい。そして、
成相さんの職場への「愛」もすごい。
聞いていて気持ちがいいほどです。
でも、どうしてそうなったんですか。
成相
国立の美術館なので、
ご寄贈先として選んでいただいたり。
もちろん、先輩方の先見性でもって、
購入した作品もたくさんあります。
東近美が持っているから‥‥
という理由で
教科書に載るということもあるはず。
──
すごいことです。
成相
こちらが、先ほどもお話に出た
北脇昇の《クォ・ヴァディス》です。
戦後を象徴する作品として、
教科書に載ってますよね、だいたい。

北脇昇《クォ・ヴァディス》1949年 北脇昇《クォ・ヴァディス》1949年

──
どうしてなんですかね。
成相
まず、足元の「道しるべ」ですよね。
画中の人物が、
焼け野原みたいに何もないところで
どちらへ歩み出そうとしているか‥‥
いかにも「戦後」を表していますね。
──
なるほど。
成相
また、大きな貝殻が転がってますが、
戦中・戦前・戦後を通して、
シュルレアリスムに
シンパシーを抱いた日本の画家って、
たくさんいたんです。
その影響下にあるといった意味でも、
美術史を語る上で決して外せない、
複数の文脈を持った作品なんですよ。
──
戦争という文脈と、
日本のシュルレアリスムの文脈とが、
交差してる。
成相
どれだけ文脈を持っているか‥‥は、
名作のひとつの条件でしょう。
靉光の作品もそうですが、
ひとつの絵を前にして語れることが、
たくさんあるんです。
──
教科書に載るのもわかる気がします。
いまみたいな説明を聞くと。
成相
ここからは少し毛色の違う‥‥
小特集的なゾーンになっていますね。
7室と8室では、
今回「純粋美術と宣伝美術」と題して、
絵画とポスターを中心に並べています。

──
純粋美術と、宣伝美術。
その問題意識って、
いつごろからあったんでしょうかね。
成相
純粋美術‥‥よりも、
ファインアートという言葉のほうが、
わかりやすいかもしれません。
いわゆる「美術館の中の美術品」と
「デザイン」とが、
現在はだいぶわかれていますが、
両者がまだ混ざりあっていた時代を、
ここでは取り上げています。
──
なるほど。
成相
こちらの山城隆一という人にしても
菅井汲という人にしても、
デザインの学校を卒業したあとに、
デザイナーをやりながら、
のちに画家になったり、
もしくは、その両方の道を歩んだり。
横尾忠則さんも、そうですよね。
ポスターなどのいわゆるデザインと、
ファインアートと、
その間を、行ったり来たりしている。
──
鏑木清方ですとか小村雪岱なんかも、
両方の分野で
評価されてるようなイメージですね。
成相
ただ「純粋美術」も「宣伝美術」も、
今ではあまり使われません。
50年代60年代にできた言葉です。
レトロニムというやつで、
もともと喫茶店というものがあって、
純粋でない喫茶が出てきたことで、
「純喫茶」という言葉がうまれたり。
──
つまりジャズをかける喫茶店の誕生で、
事後的に「純喫茶」ができた‥‥。
成相
おむつと言えば布がふつうだったのが、
紙おむつの登場によって、
布おむつと言わざるをえなくなったり。
──
ポスターの作品が美術として認められるには、
どこかに「境目」があるんですかね。
こうして美術館に飾られるポスターもあれば、
メルカリとかで高値がついてても、
美術館に入らないポスターも、ありますよね。
成相
そこは、難しいところですね。
──
描いた人によるとか?
成相
作家基準で、この人がつくったから、
ポスターでも美術と見做そうということは、
まずないと思います。
──
もともと宣伝のための表現だけど、
これは美術としても素晴らしいものだって、
どこかで誰かが選んでるのかなあ。
成相
ポスターとしての良し悪しだけじゃなくて、
どれくらい影響を与えただとか、
それまでとは違う、
まるっきり新しいことをやっているだとか、
さまざま価値判断の基準があるでしょう。
その意味では、明確な境目は言えないです。
──
あそこのポスターなんか、
もろに「野村の投資信託」っていう文言が
書いてありますし‥‥。
成相
ただ、「何を美術と認定するか否か‥‥」
という考え方の枠組みじたい、
危ういものを含んでいるんだと思います。
そこには「美術のほうが上だ」といった
暗黙のヒエラルキー構造のようなものが、
透けて見えているわけで。
そのことじたいを、
問うていかなければならないところです。
──
なるほど。
成相
これは芸術なんでしょうか、
それとも芸術じゃないんでしょうか‥‥
という問いに対しては、
「そのまえに、あなたはどういうものを
芸術だと思ってるんですか」
と聞き返さなければならないでしょうし。
──
たしかに。
成相
今回の展示の趣旨としては、
たとえば、琵琶湖のかわいいポスターと、
その右隣の赤い絵、
両方とも同じく
菅井汲が描いたものなんですね。

──
へえ‥‥。
成相
純粋美術と宣伝美術、
分野を横断するような作家を見せながら、
美術とデザイン、
明確な線引きは難しいし、
線引きじたいにつねに政治性が絡むよね、
という話を
展示担当はしようとしているのだと思います。
──
事情はつねに流動的っていうか、
時代時代によって、
両者の線引きも変わっていくんでしょうし。
成相
そもそも「純粋美術」という言葉だって、
「純粋でない美術」の登場に対して
「こっちこそ純粋美術だ」
という意図の線引きだったとも、
「純粋でない美術もあるよね」みたいな、
多様性を認めるための線引きだったとも、
どっちとも捉えられるわけで。
──
なるほど、なるほど。
成相
でありながら、たぶん、線は引かれます。
純粋美術と宣伝美術と名付けている以上、
ある概念を
線でくくって区分けしてるわけですから。
──
その「線」の「引かれる場所」だとか、
「引かれる理由」とかを、
成相さんをはじめ、
みなさん考え続けていくんでしょうね。
成相
そうだと思います。

(つづきます)

2022-01-05-WED

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  • 令和3年度 第2回 所蔵作品展 「MOMATコレクション」は 2022年2月13日(日)まで開催。

    今回のインタビューのなかで
    成相さんが解説してくださっている
    所蔵作品展は、
    2月13日(日)まで開催中です。
    (一部の展示は変更になっています)
    日本初の国立の美術館が収蔵する
    きらめきのコレクションが
    「500円」で味わえてしまいます。
    年間パスなら、1200円‥‥。
    いつ行っても、圧倒的な作品の数々。
    言わずもがなではありますが
    これは、「見たほうがいい」です!
    くわしくは美術館の公式サイトで。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館